第3回 『百鬼夜行・陰』と『魍魎の匣』 | ちょい悪爺LEONのブログ

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大阪フィルハーモニー交響楽団のファンで、その演奏会を中心に投稿します。写真撮影は公共交通機関を利用して行ける所を中心に復活しましたが、写真はインスタにpostしています。
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2008/11/07(金)
LEONです。

読書の秋です。京極夏彦『百鬼夜行・陰』を読みました。

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『第一夜 小袖の手』『魍魎の匣』のサイドストーリーです。

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映画にもなりました。

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『魍魎の匣』の最初の部分に登場する高校生加菜子が『小袖の手』に登場します。
隣家の杉浦にに関して話しかけます。

『おじさん』
鈴を転がすような声だ。
姉に善く似ている。
加菜子も泣いていた。
『ああ---』
『月は優しいね』
『ああ、そうかな』
『私、これから湖に行く
『悲しいのかな。泣いている』
『悲しくなんかない。笑っちゃう』
---そう、笑っちゃう。
加菜子の瞳に月が映っている。随分と泣いていたらしい。
---なにがあったのか。
杉浦は、凡そ1年降りに他人を思い遣ることが出来たのだった。渇いて皹裂た杉浦が
こんなに優しい気持ちになれたのは---加菜子が云う通りなら、矢張り月のお陰だった
のだろうか。
中略
加菜子が奇禍に遭ったと云うことを杉浦が知ったのは、それから半月ばかり後のことに
なる。

この奇禍というのが『魍魎の匣』の事件の発端となるのです。



このの光に関する会話が、魍魎の匣では加菜子と頼子の会話として
出てきます。

『月光には何か不思議な魔力でもあると云うの?』
『伽噺じゃあるまいし。月は太陽の光を反射しているだけさ。だからね、太陽の光は
動物や植物に命を与えてくれるけれども、月の光は一度死んだ光だから、生き物には
何も与えちゃあくれないのさ』
『それじゃあ無意味じゃない』
『意味があればいいってもんじゃない。生きるってことは衰えていくってことだろ。
つまり死体に近づくってことさ。だから太陽の光を浴びた動物は精一杯に幸せな顔をして、
力一杯に死んで行く速度を速めているんだ。だから私達は、月に反射した、死んだ光を
体中に浴びて、少しだけ生きるのを止めるのさ。月光の中でだけ、生き物は生命の
呪縛から逃れることが出来るんだ』
そうだ、加菜子は、だから矢っ張り自然に悖って(さからって)生きているんだ。
頼子はそう理解した。

『小袖の手』では加菜子は杉浦に『湖に行く』と言って去っていくのですが、
『魍魎の匣』では上記の会話のあと加菜子は頼子を『湖でも見に行かないか。
うんと遠くの』と誘い、話が繫がっていきます。

お見事です。
おそるべし、京極夏彦。