出会えたこと
僕が2017年の11月に霞ヶ浦を5日間かけて徒歩で一周したのをどのくらいの人が知っているのかわからないけれど、2020年になって、画像入りで再編しました。
https://note.com/bubusama/n/n5acdc7e60807?magazine_key=ma2ebaacae1dd
どうしていまなのか?
そうだなぁ。。。
本にして出版したらどうだろうかなんて
思うこともあったんだけれどね。
でもさ、あれから3年たったから
いいのかもしれないって思うんだよね。
そしたらさ、もう随分と買ってなかった
Basserっていう釣り雑誌にこんな記事が掲載されてるのを知って、久しぶりに買ってしまったよ。
水辺のゴミ拾いも、霞の徒歩一周も、この人がいなければやってなかったとおもうんだ。
僕はずっと歌ってきたし、幸二さんの歌詞に曲をつけたこともあったし、他にもいろんなことをしてきたけれど、良い時も悪い時もずっと変わらずに接してくれたんだよね。
いつだったか、茨城の(その時は茨城がそんなに広いって思ってもいなかった)多分、袋田の滝の近くだと思うんだけれど、造り酒屋の酒蔵でライブをやったときに奥さんの圭子さんと二人で見にきてくれたんだ。あのとき、本当に嬉しくてね。茨城だしって、安易に連絡してしまったのを後悔したくらい、そこそこ距離があるのをあとからしったんだよね。
その時、おもったんだよね、僕もこういう人になりたいって。
それから、ずっと追いかけてきたというか、付いていった(笑)。
そして、2017年、霞ヶ浦を歩くという暴挙に出たんだけれどね。
幸二さんいなかったらできなかったし、やってなかった。
それにね仲間もいるんだよ。すげーいい仲間。
霞ヶ浦を歩いていた時の、特に後半のあの至福の感覚。
間違いなく、自由で幸せだったんだよね。
そう思うと、いろいろなことに感謝しかないのです。
幸二さんの記事を見て、
悔しいけれど
僕の知らない喫茶店ルイ時代もあって、
それでもあるきっかけで
40代の幸二さんと出会って、
そして、その歳を僕が超え
いまだに関わることができて
幸せなんですよ。
そんな機会をくれた
当時Basserの編集部の
菅原さんも、また恩人のひとり。
よく、僕を釣りに連れ出してくれたし
菅原さんと知り合いになれなかったら幸二さんとも
あえなかったからね。
嬉しかったなぁ。
そう考えると、
やっぱり僕は恵まれてたし、幸せだったし、
いまも幸せなんだなぁと思うんだ。
もっと、関わった人たちに
ありがとうって言わなきゃね。
本当にそう思うよ。
いろんな偶然が重なって人は出会うし
奇跡なんだろうね。
近づけば、ぶつかったりして
離れてしまう人もいて
その時は、悲しかったり
どうしてって思ったりするけれど
人生の学びなんだよね。
そんなこと全てに対して
いまは、ありがとうって
心底思うよ。
僕は
まだ、歌いたいよ。
そう、歌っていたい。
最盛期の様に声が出なくて
歌たっていたい。
仕事とかそういう観念ではなく
生き様として。
そして、出会って関わった人たちの
人生のともしびみたいになれたら
素敵だろうなって、思うよ。
3/12日
ほぼ、KAMOMEの時の仲間と
一緒に歌います。
また、俺たち最高!
って言いながらね。

