その7<ここで撮らせてください>
(画像はイメージです)
その7<ここで撮らせてください>
雑誌の撮影では、いろんなところに出向いて行き、そこで編集担当者やデザイナーの要望に応えながら、自分のアイデアも織り込んで撮影した。
今のようにデジタルカメラではないので、雑誌媒体はポジフィルムを使用するのだが、これが実に露出がシビアでいつも出来上がるまで不安だった。それゆえに思った通りに仕上がるとたまらなく嬉しかった。
音楽雑誌では「貴水博之」や「THE MODS」、「SHAKALABBITS」、「3B LAB」、「TOKU」など。特に貴水博之氏は雑誌で特集があり、そのほとんどを僕が撮影していた。
ちょうど中判カメラなども使い始め、撮影がますます楽しくなったが、けしてギャラが良いとは言えなかった。フィルムなどの感材費などは別途請求できたが、大体、1カットの使用で8000円くらいがギャラだった。感材費は余分も含めて用意し、撮影後は現像代もあるので、最終的に持ち出しは無いにしても、前もって出て行く費用がかかった。しかし、それでもプロラボというプロ専門の現像所に持ち込んで自分の撮った写真があがってくるのは楽しかった。まして、それが雑誌になり全国で販売されて自分の名前も載るのだから嬉しくないわけがなかった。
また、風俗情報誌の撮影も面白かった。というか怪しかった。都内某所のマンションの一室が簡易スタジオになっていて、そこに時間差で女の子がやって来てグラビアのような撮影をした。この風俗情報誌の編集担当もなぜか女性で、すこし俗世間と隔離されたような不思議な雰囲気を醸し出していた。例えるならヒッピーのような、SM女王のようなそんな感じだった。何かを話す時の物腰はとても柔和だったが、素性を聞けるような隙は全く見せなかった。
また、別の撮影ではデリ系の風俗嬢とホテルに行って撮影して来てくれという指令もあった。なんなら、女の子と好きにプレイして来てもいいからと、強面のお兄さんがニヤけて僕に言った。しかし、さすがの僕もそれは断った。まあ、単純に好みではなかったのだが、それ以上にヤク中なみにげっそりと痩せこけて見るからに不健康そうに見えたのだ。
「ライティング一式を持って来るので、どこでも撮れますから、ここで撮影させてもらってもいいですか?」
「ここで?」
「はい、ソファーとか少し動かしますけど」
「構わんけど、まあ、じゃあ、好きにやってや」
「ありがとうございます」
「ホテルで撮影すんだら、女の子と遊んで来てもいいのに…」
「いや、まあそれはありがたいんですけど…」
と、なんとかピンチを切り抜け撮影を開始することができた。しかし、ことあることに奥から「カメラマンのにいさん、好きにヤっちゃっていいからなー」と言ってくる。ほんとに勘弁して欲しかった。
不思議なもので、ファインダーをのぞいて撮影していると、どんなにエロくても美人でも可愛くても、そのファインダーの中だけで終結してしまって、例えば、その女性をなんとかしてやろうなんていうのが起きなくなってくるのだ。実際、撮影中はある種のトランス状態になって、息も心拍数も荒く、その状態で構図やライティングも考え、表情を追ってるとヘトヘトになった。あるグラビアカメラマンは雄叫びあげながら撮影するというが、僕にはその気持ちがよくわかった。
またこの手の撮影に関しては、スタイルの崩れた女の子たちも多く、そんな子たちをいかに良く撮るかというノウハウを学ぶことができた。
僕はとにかく手当たり次第に仕事をもらって来た。今思えば怖いもの知らずで世間知らずというか、それゆえに、ものすごい行動力だったことは間違いない。そんな自分を突き動かしていたエネルギーは経験値とかではなく、ただ根拠のない自信だけだった。
しかし、そんな撮影はまとまってくる時もあれば、月に数本あるかどうかの時もあって、けして生活に余裕ができるわけではなかった。また、それ以上に機材費や感材費が必要だった。
僕は仕方なく、持っていたヴィンテージのレスポールや録音機材などを売り飛ばしてお金に変えて機材を足し、雑誌での仕事を実績にして友人のカメラマンの紹介を得て、Canonのプロサービス(プロサービスに登録するには最低限の機材数と実績が必要)にプロカメラマンとして登録した。そして、比較的安定して仕事がありそうなブライダル写真もやってみようと思った。僕はまだ30代前半だった頃だった。
その8につづく
2019年2月14日(木)
新宿・歌舞伎町 music BAR CIRCLE
オープン18時30分、スタート19時
ミュージックチャージ 3000円
メンバー
岩本義雄[sax&cho]
青木ゆき[Key&cho]
善明響一朗[g&cho]
渡辺 学[Vo]
今回は全て渡辺学のオリジナル曲をお届けします。

