夏休みに入り、小池は暇を持て余していた。

小林と理佐は部活漬けの毎日で遊んでくれないし、土生はカフェの手伝いで忙しいらしい。

自分だけ何も頑張ってないこの状況に、焦りを感じていた。

そんな小池に、土生が声をかけた。

「夏休みの間、うちでバイトしない?」

と。

土生曰く、元々いたバイトが夏休み中は旅行で休んでるらしく、今だけ人手が足りないそうだ。

小池は即答した。

「やる。やらせて。」


____


「ご注文繰り返します。…えーっと…アイスコーヒー2つ、アイスティー1つ……」

小池が注文を確認すると、客は微妙な反応をする。

「いや、コーヒーじゃなくてココアなんですが…。」

「失礼しました…!えーと…」

ハンディ機に打った注文を訂正しようとするが、慣れない操作に小池は戸惑い、焦る。

そして焦れば焦るほど、さらにテンパっていく。

「すみません…少々__ 」

お待ちください、そう言って他のスタッフに聞きに行こうとした時、タイミングよく土生が現れた。

「…みいちゃん大丈夫?」

「あ、これ間違えて…。」

小池が説明すると、土生は慣れた手つきで操作し、注文を取り直した。

おかげでその場はおさまり、土生と小池は厨房側に回る。

「ありがとう、土生くん。助かった。ダメダメでごめんね…。」

「ううん。まだバイト始めたばっかりだから仕方ないよ。」

土生はそう言って優しく微笑む。
その笑顔に、小池の胸はギュッと苦しくなる。

「みいちゃん今日はもう上がっていいよ。客足落ち着いてきたし。あ、あと、まかないあるから、食べなよ。」

「うん。ありがとう。土生くんは?」

「俺はもうちょっとやることあるから。」

「…そっか。じゃあさ、ちょっと待っててもいい?夏休み入ってあんま話せてへんから、話したいなぁ、なんて。」

土生ともっと一緒にいたくて、思い切って提案してみる。耳まで熱くなるほどに緊張して、心臓が飛び出そうだ。

一方の土生は一瞬驚いた様子を見せて、

「うん、良いよ。」

と優しく微笑む。そして土生は

「じゃあ、急いで終わらせてくる。」

と言って客席の方に出ていった。

手際良く仕事をこなし、適度に客とのコミュニケーションもとる土生。

バイトをし始めて、土生の仕事っぷりを見る場面が増えて…

そんな新たな一面を知れば知るほど、尊敬の念を抱き、もっと好きになっていく。

でも土生くんはきっと、私のことなんて何とも思っていないんだろうな。

そんなことを考えて、また切なくなる。


休憩室に入ると、ふいに、パートのおばちゃん達の話し声が小池の耳に入った。

『聞いた?瑞穂くんね、最近女の子達全員と関係を断ち切ったらしいのよ。』

驚きの事実に、小池は口に手を当てた。

ロッカーの陰に隠れ、聞き耳を立てる。

『え、ほんと?急にどうしたんだろ?』

『色んな噂があるんだけどね…ついに本気の恋、始めたんじゃないかって。』

『あら、瑞穂くんも色々複雑らしいものね。』

『そうそう。詳しくは知らないけど、家庭も色々複雑みたいだし。』

『大変ねぇ。…あ、それよりさ、うちの隣の佐藤さんがね___』

パートのおばちゃん達は、他人の噂話をつまみに話しながら、休憩室を出て行く。

小池は唖然としたまま、その場に突っ立つ。

ついこの間まで、本気の恋はしないと言っていたのに。

何があったのだろう。

もし仮に、本気で好きな人が出来たとしたのなら、誰なんだろう。
それが自分であればいいのに。

そう願うけど、それはきっと自分ではない。

考えれば考えるほどどうしようもなく苦しくて、

もういっそ、諦めた方が楽なのだろうか。
なんて考えが浮かび上がる。

でも、そんなに簡単に諦められるなら、こんなに苦しんでいない。



「…みいちゃん?どした?」

気付けば土生は仕事を終わらせ、休憩室に戻ってきていた。
どれだけの時間、ここに立っていたのだろうか。
頭の中は、ずっと土生一色だった。

「…あ、ううん、何でもない。考え事してただけ。」

「そっか。あ、まかない食べてないじゃん。ほら、一緒に食べようよ。」

土生は小池を誘導し、椅子に座らせる。

小池はされるがままに座り、まかないを口に運ぶ。

「美味しい…。」

「でしょ?今日は俺が作ったんだ。」

「土生くん、ほんまに料理上手いな。」

「照れちゃうな〜。」

土生はそう言って、子どものように笑う。

その笑顔に、また胸が苦しい。

小池は堪えきれず、蚊の鳴くような小さな声で呟いた。

「…やっぱ好きだなぁ。」

もちろん、土生には届いてない。

「……ん?今何か言った?」

まかないを頬張りながら不思議そうな表情を浮かべる土生。
小池は咄嗟に嘘をつく。

「ううん。まかないが美味しいなっていう独り言。」  

「めちゃくちゃ褒めてくれるね。嬉しい。」

「ふふ。」

たわいのない会話。
ただそれだけが、こんなにも幸せで、ずっと続けばいいのにって。

そんな小池の願いを叶えるかのように、土生が1つの提案を持ちかける。

「あ、そうだ。ねぇ、今度花火大会行かない?」

「花火?」

その単語に、小池の胸は躍る。
それを、土生から持ちかけてくるのもまた嬉しかった。

「そう、俺と理佐、昔から毎年のように行ってんだけどさ、今年はゆいぽんとみいちゃんも誘ってみんなで行きたいなって。」

「うん、行きたい。」

小池は即答し、土生と当日の打ち合わせをする。

その時間が楽しくて、いっそこのままでも良いか、なんて思いが芽生える。

土生に振り向いてもらえないなら、いっそこのままの関係で。

小池は聞こうと思っていた、土生の恋愛話を聞くの止めた。


その日の夜

小池は小林に電話した。

夏休みで会えていなかった分、話題は途切れることがない。

最近どう?なんて近況報告の流れで、土生の話になる。

「実はさ…土生くん彼女と全員別れたっぽいねん。」

『えっっ?マジ?みいちゃんチャンスじゃない?』

「チャンスじゃないねん。土生くんが別れたのは、多分本気で好きな人が出来たから。」

『誰なの?』

「分からへん。…でも、私じゃないのは確か。この間まで本気で恋をするつもりはないって言ってたんやけど、何があったんやろ…。」

『うーん…。そういえば、この間帰り際に言ってたな。"色々向き合って頑張ってみる"って。恋愛のことだったのかな。』

「そんなこと言ってたんや…。…はぁ、どうしたらいいんやろ…。」

小池はポツリと漏らす。

小林は答えに迷ったのか、少し間を開けて答えた。

『…みいちゃんが後悔しない選択をしなよ。頑張りたいならもちろん応援するし、友達のままがいいならそれはそれで尊重する。』

「…ありがと。正直、さっき土生くんと話してる時楽しくて…いっそこのままの関係の方がいいのかなって思っちゃった。…でも、好きな気持ちが変わることはなくて…。」

我ながら、ハッキリしろよ、と思う。
でも、どうしたらいいかを決めきれないくらいには、土生のことを想っているのだ。


『とりあえず、今度の花火大会でグッと距離近づけちゃおう。もし仮に、土生くんが今はみいちゃんのことを想ってないとしても、何かきっかけがあれば変わるかもしれないし。』

小林は優しい声色でそう言った。

「由依ちゃん…ありがと。なんか、勇気出てきた。」

『ううん。応援してる。…よし、作戦立てよう。』

電話越しでも意気込んでいるのが伝わる小林に、感謝が止まらなかった。

当日の作戦を一通り2人で話してから、話題は小林の恋愛に移り変わる。


「ってか、由依ちゃんはどうなん。」

『どうって、何が。』

「恋愛だよ。好きな人出来た?」

『…いやぁ……今そんな余裕無いし。』

少し歯切れが悪そうに答える小林に、小池は鋭く切り込む。

「今はいいって言ってるけど、由依ちゃん昔からずっとそう言ってるやん。これじゃ一生恋人出来ひんで?」

『だってさ、そもそも恋ってどういう感情か分かんないし。好きって何なの?』

小林の質問に、小池はすぐに土生を思い浮かべる。

そして止めどなく湧き出てくる想い。

「気付いたら好きな人のこと考えててな。その度に胸がギュッと苦しくて、何でか切なくなって…でもな、その人の笑顔見てたら私の世界が明るくなんねん。それでな…、」

気付いたら土生の魅力を一方的に語ってしまっていて、またやってしまった、と言葉を止める。

「あ、ごめん。また一方的に喋っちゃった。」

『ううん。好きって深いね。』

小林はどこか達観したように言う。

「由依ちゃんは恋、せえへんの?」

『いいの。私はただ、音楽が出来たらそれで。』

「もぉ…こんなに可愛いのにもったいない。」

小池は呆れてため息をこぼす。

『…今は、コンクールが1番。あと、みいちゃんの恋ね。』

「そやね。今度のコンクール頑張ってな。んで、それ終わったら花火大会思いっきり楽しも。」

『うん。みいちゃんも頑張って。バイトも、土生くんとのことも。』

「じゃ、またね。」

そう言って2人は電話を切る。

小池はベッドに横になり、顔を埋める。

ちょっとだけ、頑張ってみよう。

そう決意したのだった。