雨の降り頻る外を、土生は窓際の席から頬杖をついて眺めていた。

授業はお経のように、耳をすり抜けていく。


「はぁ…。」

大きなため息をつき、空席になった理佐の席を見た。

そして、出会ったばかりの頃を思い出す。



理佐と出会ったのは2人が小4の時だった。

当時、土生は母親と2人暮らしだったが、ある日突然母親は家を出て行った。

その後すぐ、カフェを経営していた叔父さんの家に引き取られることになり、土生は理佐のいる小学校へと転校することになったのだが…

心に傷を負ってしまった土生は、クラスに馴染めないでいた。

昼休み、教室の片隅で1人、クラスメイト達が元気よくドッジボールをしているのをボーッと眺める土生。

『ねぇ、土生くんはドッジやんないの?』

ふいに誰かに声をかけられ、土生はその人の方を向いた。
それが理佐だった。

『…まだ皆とそんなに仲良くないし、入りづらい。』

土生は正直に答える。
すると理佐は

『そっか。』

と言って土生の前の席にこちら側を向いて座った。

『俺、渡邉理佐。これから仲良くなろーぜ。』

そう言って理佐は手を差し出した。

"仲良くなろう"
その言葉がやけに嬉しくて、土生は理佐の手を握り返す。

『うん…よろしく。』

この時の理佐の手がすごく温かったのを、今でもはっきりと覚えている。

そこから、2人が仲良くなるまでに時間はかからなかった。

毎日のように一緒に遊び、悪いことだってした。

2人で陸上教室に通って、2人で競い合った。


『土生!俺また新記録出しちゃったよ!』

理佐はそう言って嬉しそうに笑っていた。

理佐には才能があって、同じタイミングで始めたのに気付けば差をつけられていた。
それが悔しくて、嫉妬してしまった時期もあった。

でも、そんな気持ちも吹き飛ぶほどに、理佐は誰よりも努力していた。


『誰よりも高く跳びたい。それが夢かなぁ。』

2人で色んなことを語り合った夜、理佐は希望に満ち溢れた瞳でそう語っていた。


どうしてこうなってしまったんだろう。

理佐は確かに、走り高跳びという競技のことが誰よりも好きだったはずなのに。
跳ぶことが好きだったはずなのに。

今の理佐は、まるで何の希望も持っていないかのように、寂しそうな瞳で空を見つめる。

何かしてあげられないのだろうか。

何度も考えた。
昔から理佐に貰ってばかりで、何も返せていないのに。
いざ、理佐を目の前にすると何もしてあげられない。

そんな自分に対して、腹が立つ。

でも考えても考えても、答えは出なかった。



授業は気づけば、終わっていた。

でも土生は動くことなく、ボーッと外を眺める。
グラウンドの土には雨が打ちつけ、水たまりを揺らしていた。

そこに、制服姿の女の子が1人、傘をさしてトボトボと歩いているのが目に入った。

「…ゆいぽんだ。」

土生は立ち上がり、小池の元へ駆け寄った。

「みいちゃん、ゆいぽん帰ってきた!」

「ほんまに!?」

「行こう!」

2人で教室を飛び出した。
チャイムが鳴って生徒たちが教室へと入っていく中、人の波を逆走して昇降口へと走る。


「ゆいぽん!!」

「由依ちゃん!」

下駄箱の前で立ち尽くす小林を、小池が勢いよく抱きしめる。
そしてゆっくりと離れ、肩をさする。

「凄い濡れてるやん…。寒いやろ、保健室でタオル貰お。」

小池は小林の手を引くが、小林は動かなかった。

「由依ちゃん…?」

「私、理佐にね、1人で抱え込むなって言った。」

小林は静かに語り始める。

土生と小池は何も言わずに耳を傾けた。

「でも理佐は、気持ち分かんないでしょって言って、泣いてた。すごく辛そうだったのに私何も言えなくて。」

雨音だけが響く昇降口で、沈黙の間が流れる。

誰も何も言えない中、再び小林が口を開いた。

「……ごめんね。理佐のこと、救ってあげられなかった。理佐泣いてたのに、何も力になれなかった。悔しいよ…。」

小林は俯いたまま、震える声で弱々しく呟く。

土生の胸はギュッと詰まり、どうしようもなく悔しい感情が渦巻く。

「…いいんだよ。ゆいぽんは、十分すぎるくらい頑張ってくれたよ…。ありがとね、たくさん動いてくれて。ほんとは俺がどうにかしなきゃいけなかったのに。」

土生が言うと、小林は首を横に振った。

「土生くんだって、理佐のためにたくさん頑張ってるじゃん。」

「ゆいぽん…。」

「そうやで。土生くんは自分のこと責める必要無い。」

小池は土生の目を見て、力強く言った。

「みいちゃんも、ありがと…。」

2人の言葉に少しだけ心が軽くなる。

土生は内側から込み上げてくるものをグッと我慢して、唇をギュッと結んだ。


「その通りだぞ、土生。」

いつから居たのだろう。
担任の土田が3人の目の前に現れた。

「先生。いつから。」

「ごめん、立ち聞きした。」

「先生…俺…理佐と喧嘩した…。」

「…そうか。」

「俺…どうしたらいいか分かんない…。」

土生が弱々しく呟くと、土田は

「お前はよくやってるよ。土生がいなきゃ、理佐はもっと落ちるとこまで落ちてたと思うぞ。」

と言って土生の肩を優しく叩いた。

陸上部の顧問であり、担任でもある土田は、理佐の事情をよく知っていた。

「…理佐、ちゃんと戻って来れるかな…。」

土生は不安をポツリと漏らした。

土田は「うーん…。」と考え、そして言った。

「分からん。」

その答えに拍子抜けする3人。

「え??」

「…戻ってきて欲しいのはもちろんだが、あとはもう理佐次第だ。他人の俺らには、これ以上どうすることも出来ない。」

土田はあっけらかんと答えた。

思わず言葉を失う3人に、土田は続けて言葉をかけた。

「お前らはただ理佐を信じて、どんと構えとけばいい。俺は、理佐ならこの難局を乗り越えられるって、そう信じてる。」

土田の言葉に土生はグッと拳を握った。

「俺だってそうだよ。誰よりも理佐を信じてる。親友だから。」

土生が力強く言うと、小池と小林も強く頷く。

土田はそれを見て、涼やかに微笑んだ。

「きっとお前らの想いは理佐に伝わってるはずだ。大丈夫。信じて気長に待ってよう。」

「うん。」

「…ほら、分かったらお前ら授業始まってんだから、早く教室戻れよ。」

土田は突然、持っていた教科書で3人を煽り始めた。

「ええ〜先生急に冷たくなるじゃん。」

土生は笑いながら煽られるままに教室へと向かった。

心は少し軽くなっていた。