理佐がハイジャンに復帰して数週間後の

カラッと晴れた、初夏のある日


櫻坂高校の体育祭が行われた。


体育祭は順調に進み、棒引き、玉入れ、騎馬戦などの王道競技が繰り広げられていく。

そんな中、一際注目を集めていた人物がいた。

土生と理佐である。


「やばい!土生先輩超カッコいい!!」

「渡邉先輩もクールで好き。」

そんな女子達の声があちこちから聞こえてくる。


一方の小林は応援席から、2人の活躍とそれに黄色い歓声を送る女子達を眺めていた。
ちなみに、となりにいる小池は黄色い歓声を送っている1人だ。

「なぁ、土生くんって何してもカッコいいねんな。」

とろけた目を小林に向ける小池。

小林は「そうだね。」なんて言いながら、再び理佐と土生に目を向ける。

決してオシャレとは言えない体操服をカッコよく着こなす2人。
土生は鉢巻を首に巻いてネクタイのようにしていて、理佐はそもそも巻いてすらいない。

こういうところにも性格って出るんだな、なんて冷静に分析する小林。
とくに顕著なのは、黄色い歓声に対する反応だった。

「土生せんぱーい!」
「土生くーん!」

と叫ぶ女子達に手を振りかえす土生。

その度に「キャーー!!」と悲鳴があがる。
まるでアイドルのライブだ。

一方の理佐は歓声に目もくれず、気怠そうに立っているだけだ。

そんな理佐だが、意外と負けず嫌いなのか、競技が始まれば真剣な顔を見せる。

特に騎馬戦は活躍していて、女子達の歓声が凄かった。
小林も思わず感心してしまうほどに。


そんな2人が競技を終えて応援席に帰ってきた。

「お疲れ。相変わらずモテモテだねぇ。」

小林が弄ると、土生は

「いやぁ、俺ってモテちゃうんだよね。」

なんて言っておちゃらける。

普通の人がそれを言ったらイラッとしそうなものだが、土生には不思議と何とも思わなかった。

それが土生のすごいところなのかもしれない、なんて小林は考える。

「土生くんも理佐も大活躍やったな。」

小池が2人を褒めると、土生は

「へへへ。」

と分かりやすく照れた。

一方の理佐は、無言で鼻をこすった。
多分照れてるんだろうな、と分かってしまって思わず愛しさが込み上げる。

理佐はハイジャン復帰以来少し明るくなったが、相変わらずクールだった。
土生曰く、本来の理佐はふざけることが好きでよく笑うらしいが、まだ人見知りを発揮しているのだろうか。


「あ、ってかこの後3人はリレーの予選あるんやんな?」

小池が問う。

小林は一気に憂鬱な気持ちになる。

50m走のタイムで決められた、クラス対抗リレーのメンバーの中に小林は入ってしまっていたのだ。

「私吹奏楽部だからそんな走れないんだけど。」

「でも由依ちゃん走るのめっちゃ速かったやん。」

「偶然だよ…まわりは運動部だらけなんだよ?勝てる気しない。」

小林は思わずため息を溢した。

「大丈夫。うちのクラスだって土生くんもおるし、アンカーは理佐。それに、他のメンバーだってサッカー部とかバスケ部とか揃ってんねんから。」

小池は小林の背中を摩って励ました。

すると隣で話を聞いていた土生が

「そうそう、俺と理佐がいるから余裕だよ。」

と自信満々で励ます。

「うん…まぁがんばるよ…。」

小林は仕方なく受け入れ、気持ちを切り替える。


そして、いよいよリレーの時間がやってきてしまった。


メンバーに選ばれた8人が、スタート場所へと向かう。

土生は1走、そして小林が7走、理佐がアンカーである。

「めちゃくちゃ緊張してんじゃん。」 

隣にいた理佐が、小林を弄る。

「そりゃするよ!全力で走ることなんて滅多に無いし…。」

「そうだよな…まぁ、俺が待ってるからこばは安心して走ってこいよ。」

そう言って理佐は優しく笑った。

その瞬間、小林の鼓動が高鳴った。
呼び方が"小林"から"こば"にさり気なく変わったこともそうだが、何より笑顔が…

いや、これはきっとリレーに対する緊張だ。

「…うん。頑張る。」

「おう。皆で1位になって決勝行こうな。」

理佐はニカッという擬音がついたような無邪気な笑顔を見せる。
こんな風に笑うんだってまた、胸が高鳴る。

さっきからなんだか様子がおかしい。


「では第一走者はスタート位置について!」

係の先生の掛け声が響き、1走の土生がスタート位置についた。

「よーい…!」

掛け声のすぐ後、パンッと大きな音を轟かせ、走者が一斉に走り出した。

土生は長い脚を生かした華麗な走りを見せる。
周りからは黄色い歓声が飛び交う。

接戦の末、土生が8チーム中3着で2走にバトンを渡すと、2走のバスケ部女子が好走、2着へと順位をあげた。

体を動かしつつレースの様子を見ていた小林の元に、走り終えた土生が戻ってくる。

「土生くん、ナイスファイト。」

「ありがと。ゆいぽんも頑張ってね。」

「うん。」

そんな短い会話を終え、再びレースに視線を戻す。
ちょうど、一際大きな歓声があがったタイミングだった。

うちのクラスの5走の選手が1位に躍り出ていた。

「すごっ。」

小林はぼそっと呟く。

その勢いのまま6走の選手にバトンが渡った。

小林は中継地点へとスタンバイする。

ヤバい。緊張する。

小林は大きく息を吸い、深呼吸した。

そして、バトンを受け取るために前傾姿勢をとり、手を後ろに向ける。

トップで向かってくる仲間に手を挙げた。
頃合いを見計らって少しずつ走り始める。

そして、1位でバトンを受け取った小林は、全力で走り出した。

「由依ちゃーーん!いけーー!」

「ゆいぽん!ファイト!」

様々な応援の声が耳に入り、走りにも力が入る。

後ろから聞こえてくる足音は徐々に大きくなっていく。

ああ、負けたく無い。

小林は腕を全力で振り、今にも絡まりそうな脚を必死に動かす。

やがて、アンカーの理佐の姿が見えた。

もうちょっとだ。
そう思った矢先、視界が突如反転した。

あ、転ける。
そう思った時にはもうすでに、地面が目の前にあった。
足首や膝、脇腹に衝撃が走る。

気付いた時には、後続のクラスに抜かれていた。

気持ちが昂って忘れていたが、昔から私はよく転けていた__

「__こば!」

名前を呼ばれてハッと気づく。
そうだ、立ち上がらなければ。

小林は痛む足や体など気にせず、一心不乱に理佐の元へ走った。

懸命に手を伸ばし、必死の想いで理佐へバトンを繋ぐ。

「ナイスラン!」

理佐はそう言って、走り出した。
あっという間に遠くなっていく理佐。

その俊足は前を走るクラスを抜き去り、8位から7位へと順位をあげた。

そのまま7位でゴールした理佐は、一目散に小林の元へ駆け付けた。
他のメンバーも同様に駆け付ける。

「こば、大丈夫か?」

理佐は心配そうな顔をして、小林を見た。

「うん、大丈夫。それよりごめん皆…私が転けたせいで1位逃しちゃった…。」

「ゆいぽんは悪くないって!」

土生がすかさずフォローする。
他のメンバーもそれに賛同するように頷いて、小林は救われる。

理佐も頷いて

「ばーか、気にすんな。」

とぶっきらぼうに言った。

「またバカって…。」

「それより、バトン繋いでくれてありがとな。」

理佐はそう言って、小林の頭に手を置いた。

ポンっと優しく撫で、微笑む理佐。

瞬間、小林の顔は紅潮していく。

何これ、走ったせいで熱くなってるのかな。

小林は思わず下を向いた。


「うわっ、ゆいぽん膝擦りむいてるよ!保健室行かなきゃ!」

土生の言葉で小林はすぐに現実へと引き戻される。

思い出したように痛み出す傷口。

全員の視線が小林の膝へと向く。

小林は必死に平静を装った。

「あー、そうだね。消毒しなきゃ…。悪いんだけど、誰か肩貸してくれないかな…?」

リレーメンバーの顔を見渡す。
正直、普通に歩ける状態じゃ無かった。

「俺肩貸すよ。」

土生が1番に名乗り出てくれて、小林は安堵する。

しかし、理佐がそれを遮った。

「土生、お前これから出番あるだろ?俺はこの後何もないから付き添うよ。」

「ありがとう、理佐。じゃあゆいぽんのことよろしくね。」

土生が言うと、「おう。」と頼もしく返事をする理佐。

その頼もしさと優しさが嬉しかった。


「ん、肩掴まって。」
 
理佐は肩を差し出す。

小林は恐る恐る理佐の肩に腕を回しゆっくり歩き始めた。

しかし…

「こば?そんなに痛いの?」

あまりに進むのが遅い小林を見兼ねて、理佐が訊ねた。

「あ、それがさ…。」

小林は気まずそうに言った。

「実は足首も捻挫しちゃって…。」

転けた原因は足首をグキッと捻挫してしまったからだった。

「マジか。……んー、じゃあ…。ん。」

理佐は肩に乗った小林の腕を解き、目の前で背中を見せてしゃがんだ。
手は腰の位置で、掌が上向きになっている。

「…ん?」

小林は考える。

そのポーズ、まさか…

「もしかして、おんぶ…してくれようとしてる?」

小林が問うと、理佐は「うん。」と何の疑問も持ってないような顔で頷いた。

「いやいやいや!重いし、恥ずかしいし、いいよ!肩貸してくれたら、どうにか歩けるし…。」

「そんな足じゃ保健室まで何時間かかるんだよ。大丈夫、ちょっとくらい重くても。俺鍛えてっから。」

ちょっと意地悪な口調でそう言って、「ほら、乗れよ。」と手で合図する理佐。

小林は少し迷った挙句、

「じゃあ、お言葉に甘えて…。」

と理佐の背中に乗った。

「おう。任せとけ。」

そう言って立ち上がって歩き始める理佐。

「いや、軽っ。ちゃんと食ってる?」

「食べてるよ!昨日なんて、明日体育祭だからってご飯2杯食べちゃったし…。」

「ふっ、そんなの誤差だよ。」

クスッと笑う理佐の肩を、小林は叩いた。

「ねぇー、これでも一応気をつけてるんだからね。JKは大変なの。」

「ばーか。そんなことしなくても、十分可愛いだろ。」

…え??

小林は思わず言葉を失った。

今可愛いって…言ったよね?

「……あ、いや、深い意味は無くて…えっとー…。」

慌てて釈明しようとする理佐。

そうやってオドオドしてると余計に恥ずかしいじゃん…

ほんと、理佐といると調子狂うな…

小林は温度の高くなる頬に手を当て冷やした。

理佐は黙ってしまって、気まずい空気が流れる。

理佐の背中に密着したままだからか、自分の胸の鼓動がやけにうるさいのが気になってしまう。

それに…

スタイルが良くて気づかなかったけど、理佐の背中は意外とガッシリ筋肉がついてて、男の子なんだ…なんて実感してしまう。

ほんと、何なのこの気持ち…


「ん、ついた。」

気付けば保健室の前に到着してて、理佐がドアをノックした。

しかし、反応は無い。

「失礼しまーす…。」

恐る恐るドアを開けるが、保健室には誰も居なかった。

理佐は小林を椅子に座らせてから、保健室を出て先生を探しに行く。

1人、取り残される小林。

頭の中を占拠するのは、理佐の顔ばかり。

取り払うように、小林は頭を振った。

初めての感情に、頭の理解は追いつかなかった。


数分後、理佐が戻ってきた。

「ちょっとしたら来てくれるって。それまで待ってろだってさ。」

理佐はそう言って、保健室のベッドに腰掛けた。

再び訪れる、沈黙。

先に破ったのは、理佐だった。

「俺、こばにちゃんとお礼言えて無かったんだけどさ…」

そう切り出した理佐は、小林の方に向き直る。

「ありがとな、励ましてくれて。」

「…何のこと?」
 
「だから、その…ちょっと前だけど、俺がしんどい時にメッセージくれただろ?大丈夫って。」

記憶を掘り返す。
多分、理佐が競技に復帰しようとしてた時のことを言っているのだと思い出し、

「私は別に、思ったことを言っただけだから。」

と答える。

「…そっか。でも、凄く励みになった。こばのおかげで壁超えれたっていうか…。」

そう言って理佐は、恥ずかしそうに下を向き、指で鼻をこすった。

小林の目は見ようとしなかった。

恥ずかしがってるのだろうか。
そんな理佐に再び愛しさが込み上げる。

「壁を超えられたのは理佐の力だよ。私は何も。」

小林は本心を伝えた。

理佐は「ありがとう…。」と言って、また鼻をこすった。

空気感がなんだかくすぐったくて、早く先生来て…と思わず願ってしまう。

結果的にほんの1分もしないうちに先生は来てくれて、気まずい2人の空間からは解放されたのだった。