多くの雑誌や新聞、テレビが欅学園大学を取り上げた。おかげで大学の後援会や町の人達、周りの家族や友人はより一層応援してくれた。
…ありがたいことなのだが、森田は気が気で無かった。
自身が1年前に起こした暴力事件が再び表に出てしまわないか、不安で堪らなかったのだ。
だからなるべく取材では目立たないようにしたし、カメラを避け続けた。
それでも、エースの森田が注目されることは避けられなかった。
そして、恐れていたことは起きた。
いつものように近くの競技場を借りて練習をしていた日のこと。
「欅大の森田ひかるさんですよね?週刊文潮の者です。少しお話いいですか?」
ボイスレコーダーを持った男が、ストレッチ中の森田を直撃した。
森田は恐怖のあまり、体を硬直させた。心臓が飛び出そうな程に激しく脈打つ。
しかし、記者は容赦なく話を続ける。
「森田さんは、昨年まで福岡の高校にいましたよね?ですが5月頃に、あなたは居なくなっている。それと同時期に陸上部が無期限の活動休止を余儀なくされているんです。事件を表沙汰にしたくない学校は選手の不祥事としか発表してませんが…森田さん、あなたに何か関係があるんですか?」
「…………。」
森田は無言を貫いた。というよりか、言葉が出せなかった。
そんな森田を、記者はさらに追い込む。
「実は少し調べさせて頂きました。当時の監督もチームメイトも、あなたをあまり良く思っていないようでしたが_____ 」
「_____何が言いたいんですか?取材なら広報を通してもらわないと。」
菅井が強い口調で、記者と森田の間に割って入る。
「あなたは、欅大の主将の菅井さんですね?森田さんの不祥事のことは知っていたんですか?」
記者が訊ねると、菅井は
「知ってましたよ、最初から。」
と答えた。
森田は驚いた。夏合宿ですべてを打ち明ける前から、菅井さんは知っていたんだ…。
知っていて尚、私を見捨てなかったんだ…と。
「不祥事を起こした森田さんのことをどう思いますか?」
記者は淡々と質問を続ける。
菅井は鋭い目つきで記者を見据え、答えた。
「…森田にも非はあるかもしれませんが、私は監督の指導方法にも問題があったと思いますが。未来のある選手を潰しかねない狭苦しい環境と結果主義にはあまり賛同できませんね。」
「ほう…それで?」
菅井は臆せず、さらに続ける。
「それに、森田はうちの大切な部員であり、仲間です。過去に何があろうと私たちには関係ありません。私たちは森田のことを選手としても、人としても信頼していますから。」
菅井がハッキリとそう言い切ると、異変に気付いた他のメンバーも近寄ってくる。
「私たちは皆、森田のことを大切に思っている、それだけ知っていただければ十分かと思いますが。」
小林が冷めた目で記者を見ながら言った。
「あ、あと、うちの主将これ以上怒らせない方がいいと思います。ね?」
守屋がそう言って菅井の方を向くと、菅井は強く頷いた。
「な、なるほど…。」
皆の勢いに、記者はさすがに怯んだようだ。
「お話しすることは以上です。練習もありますので、お帰りください。」
菅井は記者を出口へと誘導するように無理やり歩かせ、深くお辞儀をする。
記者は罰が悪そうにその場から立ち去っていった。
「るんちゃん、練習出来そう?」
菅井の言葉に、森田は泣きながら小さく頷いた。焦燥にかられていたが、練習しないという選択肢は無かった。
立ち上がり、皆に言葉をかける。
「すみません、また迷惑かけちゃって…。あの記事が出たら、私ここに居れなくなるんじゃ…。」
森田は恐れていた。
あんな記事が世間に出回ったら、今まで応援していた人は掌返して自分を蔑んだ目で見てくるに決まっている。
そうすれば欅大だって…。
「確かにるんちゃんは過ちを犯した。でもそれはもう過去のことだし、ちゃんと向き合って謝ってる。」
「そうですけど…」
「世間がるんちゃんを目の敵にしても私たちは味方だし、絶対守ってあげる。だから気にすることないよ。」
菅井はそう言って、森田の背中を軽くさすった。菅井の手が少し震えていることに気付く。
本当は菅井さんも怖かったはずなのに堂々と戦ってくれたんだ。
他の皆も、一緒になって戦ってくれた。
「ありがとうございます、皆さん。」
「ううん。一緒に乗り越えよう。」
菅井の言葉に森田は頷く。
"一緒に"の言葉が何より嬉しかった。もう、独りじゃないんだ。仲間がいる。
すごく心強かった。
数日後、記事は出た。
「箱根駅伝にも出場するMさんが暴力事件!?」などと書かれ、当時の監督やチームメイトのインタビューも載せられていた。
幸い詳細は伏せられていたが、見る人が見れば森田とすぐに分かるし、明らかに世間の心象を悪くするような記事だった。
菅井や監督の矢崎は後援会や関係者、町の人たちに説明をし、謝罪して回った。その人達は普段の頑張りを見てくれていたから、説明するとすぐに納得してくれたようだ。
「ご迷惑をおかけしてすみません。」
森田が矢崎に謝ると、「私は監督ですから。」と矢崎は胸を張った。森田を責めるようなことは何も言わなかった。
チームメイトも、何も変わらずに接してくれた。それが何より、森田の心の支えになった。
もう迷いはない。この思いに応えるために、私が箱根でいい走りをして恩返しをする。
森田はより一層気合を入れて、走り込みを続けた。