森田は開いた口が塞がらなかった。
目の前にある家があまりにも豪邸だったからだ。
「さ、入って入って。」
菅井に導かれるままに、玄関に入る。
そこには、白を基調とした高級そうな靴箱に、たくさんの靴が並んでいた。
さらに廊下を進み正面の扉を開けると、だだっ広いダイニングとキッチン。
テーブルに並べられた2つの鍋とたくさんの食材。
そして、数人の女の子たち。
「友香遅いよ〜。って、その子は誰?10人目の住人見つかったの?」
緩くウェーブのかかった茶髪ロングのお姉さんが、森田に近づく。
"10人目の住人"ってどういうことか、考える暇も与えない。
「え〜可愛い!私、4年の守屋茜。よろしくね」
グイグイと距離を縮めようとする守屋に、森田は後退りする。
見かねた菅井が、その間に割って入った。
「ちょっと茜!困ってるから…。」
「あ、ごめんごめん。可愛くてつい…。えっと…お名前は?」
守屋に問われたので森田が答えようとした時、菅井が「皆聞いて〜!」と手を叩いて合図する。
すると、賑やかだった部屋はすぐに静まり返った。
「えっと、この子は森田ひかるちゃん。春からうちの大学に入学するんだって。」
「も、森田です。よろしくお願いします」
軽く会釈をして、改めて全体を見渡す。
全員の視線が森田に刺さっていた。
森田はすぐに目線を下に逸らし、前髪で目を隠した。
「ま、各自の自己紹介は追々ね。とりあえず食べよ!もーお腹空いて倒れそうだから」
菅井はこの中ではリーダー的な役割なのだろう。菅井がパンパンっと手を叩くと、また皆が動き始めた。
鍋に食材を入れる者、手際よくコップに飲み物を注ぐ者、ぼーっとその作業を見ている者、様々だ。
「森田さん…って呼ぶのは堅苦しいよね。うーん、ひかるちゃん…ひかるん……るんちゃんって呼ぶね。私は一応年上だけど、そんなに気遣わなくていいからね。」
菅井の態度に森田は驚いていた。高校までは上下関係がガチガチに厳しい環境に居たから、この緩さに慣れなかった。そんな森田を差し置き、菅井は説明を続ける。
「ここはね、「欅ハウス」っていって、欅学園大学の学生数人がシェアハウスしてる家なの。今ここに居るのはここに住んでる人達。定員は10人で、今9人住んでるからあと1人ね。るんちゃんどう?ここに住まない?家賃は3万円、光熱費込み。しかも食事付き。部屋は1人1部屋あるからプライベートもある。魅力的じゃない?」
まるでセールスマンかのようにプレゼンしてくる菅井。
確かに魅力的だが、こんな上手い話がある訳がない。森田はすぐに悟った。
都心からやや離れているとはいえ、ここは東京だ。そして、こんな豪邸。いくらシェアハウスでも家賃3万は安すぎる。絶対に裏があると。
事故物件か何かなのだろうか?それとも…
考えていると、見かねた菅井が説明する。
「大丈夫。事故物件でもないし、建築不良とかも無いよ。うちの財閥が昔使ってたんだけど、用済みだからって売ろうとしてたの。だから私に使わせてくれってお父様に頼んで、今に至るの。一応、大家は私に仕えてくれてる"じぃや"ってことになってるけど、ここの運営とか仕切ってるのは全部私。」
情報量の多さについていけないが、菅井がとんでもなくお金持ちのお嬢様だということは分かった。
「ご覧の通り、皆楽しく暮らしてる。」
そう言われて、森田は改めて全体を見回した。
確かに皆笑っていて楽しそうだし、仲は良さそうだ。
しかしふいに、去年起きたあの事件が頭の中を過ぎる。その瞬間、心臓が激しく脈をうち、呼吸が苦しくなる。
途端に、さっきまで笑顔だった人達が嘲笑うかのように冷たい言葉を浴びせてくる映像が脳内を支配した。
全身に酸素が回らず、足から崩れ落ちる森田。
「るんちゃん!?大丈夫?」
すぐに菅井が森田を支えて、身体を揺らす。
菅井の声が森田を現実に戻す。
森田の目からは涙が溢れていた。
「…ごめんなさい。」
そう一言だけ放ち、菅井から体を離す。
「るんちゃん、とりあえず美味しいもの食べよう。そうすれば元気が出るから。」
菅井は何も聞かなかった。
でも、まるで全てを悟っているかのように、森田に優しい眼差しで言葉を投げかけた。
森田は涙を拭って小さく頷いた。
「準備出来たよー!さ、森田ちゃんも食べよう!」
住人の1人が、森田の手を掴んでテーブルの方に引っ張る。されるがままに、椅子に座った。
「あ、私は齋藤冬優花。春から3年。ふーちゃんって呼んでね」
私の手を引っ張った人が明るく言った。
「んで、この人が渡邉理佐。2年。人見知りだしクールっぽく見えるけど、ツンデレなだけ。慣れたらデレてくるから安心して。」
齋藤が、森田の隣に座ったセミロングくらいのボブの美人を紹介する。
「どうも。」
理佐はぶっきらぼうにそう言い放ち、鍋の具材を皿によそいはじめた。
「嫌いなものとかある?」
理佐は相変わらずぶっきらぼうな口調で、森田に訊ねる。
「あ、特に無いです。」
「ん。はい。」
森田へ皿を差し出す理佐。
森田はそこで初めて、自分の分をよそってくれていたのだと気づいた。
ありがとうございます、と伝えると、はーいっと返事だけして、別の人の皿に具材をよそい始めた。
全員の皿に具材が入ったのを確認して、菅井が立ち上がる。
「じゃあ、始めようか。せーのっ」
「「いただきまーす!」」
鍋パーティーが始まった。