その後、姉と2人で遊ぶ時はいつも私は同じ質問ばかりしていました。あの時のおかぁちゃんはどんな服を着て、どんな靴履いててバックはどんなのだったのか?ってもう嫌になるくらい毎日毎日、毎回何度でも聞いていました。姉は何度も聞く私を嫌がる事なく、地面にひっ切れ棒でスーツはこんな形だったよ!とか、バックはこんなの、靴はこんなの!と、姉も幼いのに私に対しての贖罪かの様に優しく分かりやすく描いてくれていました。なんだか、カチっとしたスーツだった様で色は黒で、バックも靴も黒だった様でした。
自宅ではさすがに母親の話はタブー化していたので、2人で話すのはお外で遊んでる時だけでしたがその内私ら姉妹の間でも会話は皆無になりました。姉の当時の気持ちはわからないのですが、まだ答え合わせをしていないので!私はずっと会いたかったです。
田舎ですので、近所中の人がうちらの家庭の事情を知っていて嫁さんに逃げられた甲斐性なしの父親、その2人の幼児を育てる立派な祖父母の構図が出来上がっていました。お喋りな近所の奥さん達から当時良く質問されたのが、お母さんに会いたい?です。幼い私は会わせてくれるのだろうと期待して、うん会いたい!と答えるのでした。そしたらすかさずその主婦の方は祖母に私らのいる目の前で、おばさん(祖母の事です)私ちゃんは会いたいて言ってるよ!捨てられてもやっぱ会いたいんだろうね?と、世間話のネタにされていました。この会話は幾度となく繰り返され、とうとう私らはダンマリを決め込み無視をする様になりました。会わせてくれないのなら、会いたい?なんて、聞くなよ!と、当時は思っていたし悲しかったです。
自宅ではさすがに母親の話はタブー化していたので、2人で話すのはお外で遊んでる時だけでしたがその内私ら姉妹の間でも会話は皆無になりました。姉の当時の気持ちはわからないのですが、まだ答え合わせをしていないので!私はずっと会いたかったです。
田舎ですので、近所中の人がうちらの家庭の事情を知っていて嫁さんに逃げられた甲斐性なしの父親、その2人の幼児を育てる立派な祖父母の構図が出来上がっていました。お喋りな近所の奥さん達から当時良く質問されたのが、お母さんに会いたい?です。幼い私は会わせてくれるのだろうと期待して、うん会いたい!と答えるのでした。そしたらすかさずその主婦の方は祖母に私らのいる目の前で、おばさん(祖母の事です)私ちゃんは会いたいて言ってるよ!捨てられてもやっぱ会いたいんだろうね?と、世間話のネタにされていました。この会話は幾度となく繰り返され、とうとう私らはダンマリを決め込み無視をする様になりました。会わせてくれないのなら、会いたい?なんて、聞くなよ!と、当時は思っていたし悲しかったです。
