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心穏先生のブログ

心が少し疲れた時…
誰かに何かを聞いて欲しい時…頭の中を整理したい時…答えもゴールも見えない、そんな時に寄り添えたら…そんな想いで始めました。

お久しぶりでございます。

何だか気持ちも実生活も
バタバタと目まぐるしく
中々、投稿出来ずに
過ごす日々でしたが…

皆様はポカポカ陽気と
散りゆく春を感じながら
お変わりありませんか?

さて、
心穏ですが。
昨夜、久しぶりに友人宅で
こじんまりと家飲み。

まだまだコロナ禍を
意識する世の中ですから
外に出かけたい気持ちを
抑えつつ…。

で、
いつもなら自分が
飲みたい種の銘柄を持参して
『いぇ〜い♪』となるのですが
少々お疲れ気味の日々だったので昨夜は1本の🍺と後はノンアルコールの品をチョイスして。

『ひゃ〜何なんそれ‼️』と
友人には驚かれましたが…

最近、めっぽうお酒に弱くなり
スグに調子に乗ってテンション⤴️⤴️⤴️となりお口が過ぎたり言わなくて良い事を口走る事が増えて来たので自粛。笑

二日酔いで翌日がしんどくなる
と言うよりは反省したり後悔する事を回避するためです。

帰宅は2:00頃。
寝不足ではあるものの
記憶はシッカリしており
肉体的にも負担はない。笑

そこで心穏は思ったのですょ。

要は…
何を飲むかじゃないな。

誰と時間を共有するかだ。

結局、最初の1本だけ普通の
🍺を頂きましたが、その後は
帰るまでずーっとノンアル。

延々ノンアル。笑

しかしながら
別にテンションが低いわけでもなく面白おかしく楽しく
アレやコレやと話題が尽きず
爆笑につぐ爆笑で…
とても有意義な時間でした。

当然、🍺1本だから酔っ払って
一言多くなる訳でもないし
不用意に相手を傷つける様な
言葉が勢いから飛び出す事もない。

精神的にもよろしい。笑笑


食事も出かける場所も
全てそうだけど…
どこへ行くか、何を食べるか、
何を飲むか…より

誰と行くか、誰と食べるか、
誰と飲むか、に意味がある。


前から嫌ってほど
解ってる(知ってる)事だけど
久しぶりに気付かせて貰いました。


お酒、好きだけど…
結局のところお酒ってより
楽しく語らい合う事が
好きなのね。笑笑
だからノンアルの喉越しで
十分、楽しめるんだゎ
アタシ…

そんなこんなを思いながら
ベランダから散りゆく桜を
見て投稿してます。笑


心穏はその昔…

そうねぇ。
10代20代?
いや何なら30代の頃でも
両親や職場の諸先輩
友達のパパやママ…

人生の先輩達がいうところの
『昔の歌は良かったなぁ』
ってフレーズをなぁ〜んとなく
『うへ!おばはんくさい』
とか
『おやぢだわぁ〜』
なんて
思ってました。


ところが…

ここ4.5年前から
無意識に出てくる
『昔の歌は良かったなぁ』
笑笑笑笑

何これ。

単純に歳くったの?

いーや、違うね。

ホントに良かったのよ。

例えば…
70年代80年代85年代あたり?
ヒット曲ってのは
推してるか推してないかじゃなく本当に国をあげて大ヒット。

有線放送なんかでもヘビロテ
TVの歌番組でも引っ張りだこ
レコード大賞も紅白も
皆が納得する歌手が選ばれて
年末はある意味お祭り騒ぎ

ファンじゃなくても
1フレーズは誰もが口ずさめたりしたものです。

子供でも『北の宿から』鼻歌で
歌ってたり。笑
なにもピンクレディーや
キャンディーズだけじゃない

5歳くらいの子が
ジュディオングの『魅せられて』のモノマネしたり…笑


今もたしかに素晴らしい歌や
曲はたっくさんあります。

けど、どう言うのか…
自分の好きなアーティストや
感性の合う作品だけを探して
ハマれる?時代じゃないですか。

ロック嫌いな人は
一切ロックに触れず
明るいラブソングが苦手な人は
失恋ソングだけを探す、的な


昔はホントにヒットしなけりゃ
誰にも口ずさんでもらえなかったのよね。
今は若い子同士でも『知らないわ』ってアーティストがたくさんいて。
そしてヒット(バズるって言うのか?笑)するのもどこから火がつくかわかんない様な。

いや、それがダメ!って話しじゃないのよ。

ただ、娘達が私の年齢になった頃にその時代の出来事や思い出ごとタイムスリップして一言一句間違えずに歌える歌って…

あるのかなぁ?


…って事を心穏の母たちも
思ってたのかしら?

なんて事をふと考えた
金曜の夜なのでした。


最近、ソレ系の番組が多かったからねきっと。

私たちの青春時代の素晴らしい
曲を今の人がまたカバーして
再燃してたりもするもんね。


そんなこんなを考えたりするのもコロナのお陰でカラオケに行けなかったりしてるせぃもあるよね‼️

あー
朝まで早く歌いまくりたいわ‼️笑笑


心穏には娘がおります。

世に言うシングルです。
娘が1歳半の時に
諸々の事情で結婚生活は
破綻しました。

まぁ暗い話ではなく
それなりに面白おかしく
楽しく親子2人で
生きて参りました。

そりゃーね、落ち込んだり
した事もあります。
『親の身勝手で片親にしてしまったんではないか?』とか
『淋しい思いをさせる事になったんではないか?』とかね。

けれど、いつも

『ま、ギスギスした環境より笑って前見て一生懸命に生きてるアタシの背中を見せてたら問題ないか』に行き着いていた訳です。





昨日、チョット溜まり気味だった書類や年賀状やなにかを整理していて…

娘が中学の卒業式の朝に

くれた手紙が出て来まして…


もちろん、くれた時にも
何度も読み返し大切に
しまっておいた手紙です。

その時には暗記するほど
読み返していたお手紙でも
日々、忙しく暮らしていると
案外忘れちゃうんですよねー

で、

久々に読んでみました。



『お母さん、今日卒業します。
15年間ありがとう。


中略


お母さんはたまに『お父さんがいなくて淋しいと思った事ない?』と聞くけれど…◯◯は一度もお父さんがいれば、と思った事はないよ!
ただ…ウチにお父さんがいたらお母さんがもっと楽だったんじゃないかな?と思った事はあります。
それはお母さんがお父さん役も
してくれている女優だから。笑
でもね、◯◯はお母さんが元気で笑ってくれてたらそれが一番嬉しいです。

これからはもう女優しなくても大丈夫だからお父さん役はしなくても良いよ!

お母さんがお母さんでいてくれる事が◯◯は幸せ。

これからも宜しくね!
大好き、お母さん!






…絶句💦


こんな事を15歳の時に
書いてくれてたのね。

娘の私に対する思いやりと
言うか…リップサービスを
引き算しても嬉しかった。

貰った時も号泣した記憶は
あるんですけど…
久々に読み返すと8年前とは
また違った感性で受け止めてる
心穏がおりました。

『まだ子供』と思ってるのは
大人だけで子供は子供なりに
色んな視点で親を見て
世の中を捉えているのよね。


自分の人生の選択が
正解だったか不正解だったかなんて解らない事がほとんど。

自分の生き方が正しいかなんて事も解らない。

逝く時?に解るのかな?
逝く時ですら解らないままかも知れないです。

けれど節目、節目に
『あぁ私は間違ってなかったな』と思える毎日をこれからも
生きて行けたら良いなぁ〜

そんな事を思わせてくれた
娘からのお手紙でした。

『お父さんがいたらお母さんが楽だったんじゃないか』なんて
優しい気持ちを持って育ってくれた事に感謝しつつ15の小さい胸の中でそんな事を思わせてしまった反省もしつつ…

これからも娘の『キモチ』を
汲み取って寄り添って
仲良くやって行きます。


ま、このお手紙の後
怒涛の思春期から反抗期に
突入して激動の時間も
過ごしては来たんですけどね。

笑笑笑笑