CDDPと癌と私
私の医師としての40年間を簡単に記しました。長いですが読んでいただければ光栄です。【緒言】私が大学を卒業した1983年、CDDPが日本で認可、発売された。CDDPは1969年アメリカ合唱国のバーネット・ローゼンバーグらが白金化合物の大腸菌に対する細菌分裂阻止作用を応用して癌細胞の分裂抑止作用を応用して癌細胞の分裂抑制に対する研究が行われ、その結果シスプラチンが動物腫瘍において比較的広い抗腫瘍スペクトルを要する化合物であることが判明した。1972年にはアメリカ国立がん研究所(NCI)の指導で臨床試験が開始され、投与時に大量の水分負荷と、利尿剤を使用することにより腎障害を軽減することが可能となり、1978年にカナダ、アメリカ等で承認され、1983年に日本で承認された。【〇〇大学医学部付属病院時代】私が入局した1983年の婦人科は、この新規抗腫瘍剤の使用許可により、△△先生を初めある活気に満ちていた。△△教授の推進する卵巣癌の多剤併用療法FCAP療法を立ち上げ、従来のFAMT療法に変えて、積極的にスタディを推進した。 当時の大学病院はあの「白い巨塔」よろしく、大名行列のような教授回診をはじめとして、それは私のような新卒者にとっては夢のような日々であった。FCAP療法のスケジュールを示す(表2)。ポイントは利尿を図ることであろう。前日に2000ml輸液し、当日は前輸液を1000ml行ったのちマンニトール、ラシックス等の利尿剤を使い、CDDPは3時間で落とし、その後も2000mlの輸液を行う。D2~D5には1500ml/mlの輸液を追加した。8:30~22:30に渡る超長い輸液スケジュールである。初めて当たるこの卵巣がんスケジュール、患者さんには相当強いものと思われる。まず点滴時にみられる副作用、嘔気・嘔吐は想像を絶するもので、プリンペランやミヤBM製剤では薬を飲むことすら困難な状況では難しいと言わざるを得ない。しかし、このニューレジメン、着実に症例数を増やし、約80%の奏効率をあげるまでとなった。私の手元にあるNGOGの成績を見ると(表3)、卵巣癌の5年生存率はⅠ期90%、Ⅱ期80%、Ⅲ期30%、Ⅳ期10%である。【関連病院研修時代~医学部付属病院時代】研修期間3年を終え、大学に戻った1986年4月私は婦人科病棟に配属された。腎機能障害を軽くしたCDDPの誘導体カルボプラチン(パラプラチン)が登場するのが1990年5月であるから、私が帰ったころの婦人科はCDDPの誘導体の話でもちきりであった。ブリストルマイヤーズ・スクイブのパラプラチン、日本化薬のNK-121,中外製薬のDWA-2114R、塩野義製薬の254-S等の全国フェーズ試験を時間差はあれ当科で扱っていた。FCAP療法もCDDPの代わりにCBDCAを、5-Fuは抜き、C‘AP療法としてスタディを推進していた。〇〇県は〇〇大学を頂点とするピラミッド型であったから、婦人科教室も例外ではなく、〇〇県のほぼ全域でこのFCAP療法が行われた。しかし、副作用に対応できないとか、人的要因で無理な場合には近隣の総合病院に紹介して行うことになる。私のいた××病院では、1コース大学で行って副作用の観察を行ってから転院する場合が多く、医師以外のスタッフは大変であったと推測される。この誘導体の登場により、有効率は落とさず、利尿剤もほとんど使わずにシスプラチンを使えるようになり、患者にとっては莫大な恩恵を被った。そうこうしているうちに、副作用の消化器症状すなわち嘔気・嘔吐の緩和も話題になり始め、アルプラゾラムの臨床試験の結果を日本癌治療学会で発表したのもこの頃である。また、スミスクライン・ビーチャム社のカイトリル、ブリストルマイヤーズのオンダンセトロン、山之内製薬のナゼア、日本たばこ産業のY-25130等の5HT3 receptor antagonistのフェーズ試験を当科で取り扱うことになった。時を同じくして、G-CSFによる白血球増多因子も開発され、世の中は抗がん療法の緩和ケアに主体が移っているかのように映った。そうした慌ただしい中、医局に一通の手紙が。「6月にベルギーはブルジュで行われるMASCCで発表していただきたい。」それは、Y-25130という5HT3 receptor antagonistの全国治験で〇〇大学医学部産婦人科教室が最も貢献力が高かったということらしい。私は、ある意味幸福感に浸りながら成田空港の搭乗口に立っていた。【〇〇〇時代】 平成5年10月1日、〇〇市にある××病院の院長室に院長と二人。院長の手には点滴が繋がれていた。人伝に聞いてはいたが、点滴しながらの院長職、産婦人科医長職をこなされる△△先生に圧倒されながら、少し緊張の面持ちで仕事に就いたことを憶えているが、それから1か月後院長は帰らぬ人となったが、何と過酷な職業かと赴任早々感じたものだった。院長と産婦人科医長職・・・!!私とシスプラチンとのつながりは〇〇に行ってからも続いた。あれは忘れもしない卵巣癌Ⅲc期症例。術者はおそらく術前には、傍大動脈までの転移を疑ってはいなかったと思われる。完全摘出後には型のごとくCAP療法を5コース行い、UFTを2年間内服し外来通院となった。それから8年後近くのショッピングセンターでたまたま彼女の元気な姿を見かけ、びっくりやら嬉しさやらでとても有意義な一日を過ごしたことを憶えている。その後約25年の長きにわたって婦人科癌特に卵巣癌の治療にかかわることができた。手術療法、化学療法、維持療法、そして緩和療法を含んだ集学的治療により長期生存に至っている印象に残る2例を提示したい「症例1」66歳、2001.8.15性器出血を訴え、前医を受診。卵巣癌の診断で8.24同院で手術。両側の卵巣腫瘍で、骨盤内はfrozen pelvisの状態。傍大動脈節腫大も認め、試験開腹に終わる。臨床進行期Ⅲc期、病理診断:poorly differentiated adenocarcinoma(図1)であった。9.12化学療法目的に当科初診。同日入院。PS1、CA-125 3400U/ml2001.9.19~11.14 TC療法3コース(TXL180mg/m2,CBDCA:AUC5mg/ml/min)2コース後効果判定:PR,CA-125 28U/ml2002.12 2回目の手術(TAH+BSO+POM+App)、手術完遂度:GroupB2(>2cm,直腸浸潤部)。病理診断:Adenocarcinoma,endometrioid type),tumorの70~80%はnecrosisになっており、組織学効果判定:Grade22002.1.16~2003.3.13 TXL 135mg/m2,q.4wks,12コース2011.6 臨床的にNED(PFS:126ヶ月)この方はその後の予後はわかっていない。しかし、初回治療の2001年から数えて10年間は生存されていることは間違いない。それもNEDで・・・「症例2」46歳、2004.12.20~腹部膨満感出現し、近医を経て2005.1.4 燕労災病院内科入院。卵巣腫瘍を疑われ、1.6当科に転院した。PS.2,CA-125 1030U/ml1.13 腹水穿刺し2300mlの腹水を吸引、CBDCA 300mg腹腔内投与した。1.24 手術(癌性腹膜炎、腹水約3000ml)、両側卵巣腫瘍でomental cakeの状態で試験開腹に終わる)、卵巣癌Ⅲc期、病理診断:endometrioid+serous papillary adenocarcinoma(図2)2005.2.15~4.14 TC療法3コース(TXL 180㎎/m2,CBDCA:AUC=5mg/ml/min)3コース後効果判定:PR,CA-125 192005.5.10 2回目の手術(TAH,BSO,POM)、手術完遂度:microscopic residual disease)病理診断:serous adenocarcinoma,組織学的効果判定:GradeⅠ-b2005.6.8~8.3 TC療法3コース(計6コース)2005.9.5~2006.8 consolidation chemotherapyとしてTXL 135mg/m2,q,4wks,12コース終了。その後NEDであったが、2011.5~腫瘍マーカーの再上昇あり、化学療法施行中。この方は、その後抗癌剤に抵抗性となり、亡くなられたと聞いている。〇〇大学医学部付属病院時代、〇〇病院時代を通し、卵巣がんで死亡された患者さんを多く経験した。患者さんが亡くなって、落ち込むことも間々あった。その苦しみをこれからの患者さんのために役立てようともがき苦しんだ。卵巣癌はNGOGの予後曲線より明らかなように、Ⅲ期以上の進行例で受診することが多い。それ故、治療方針も多岐にわたり、また組織型が多いため使用する抗癌剤の選択が難しい。そこに緩和ケア(治療)という概念が発生し、再発時に治療目標の確認(治癒はないが、QOLを保ち、癌とのより良い共存を目指していくこと)を行うことが重要となった。来年で医師となり40年を迎える。私の40年はシスプラチンと共にあったと言っても過言ではない。卵巣癌の特徴は、進行とともに癌性腹膜炎となり播種病変を多数生じるところにある。40年経って今なお抗癌剤の第一選択となっているシスプラチン。色んな意味でその効果と副反応が明らかとなり、婦人科癌においてより使いやすい薬剤となっていくことを切に希望する。【卵巣癌について~私見~】卵巣癌は、40~60歳代の中年期の女性に好発し、その死亡者数は表4に示すように2000年以降上昇の一途をたどっている。年齢訂正死亡率は、1970年の2.5(人口10万対)から2015年には7.4と約3倍に上昇している。すなわち、欧米並みに乳がんに続いて多い女性癌死亡の原因になることは確実とみられている。治療が難しい卵巣癌であるが、その一番の原因は進行例で発見されることが多いということ、すなわちNGOGのデータによれば約半数がⅢ、Ⅳ期であること。しかも卵巣癌検診という概念が無いことによることが大きいと思われる。また、播種病変をきたしやすい疾患であるがゆえに手術、放射線療法の適応になりにくいということ。そうすると抗癌化学療法にかかる負担がより増すという事で、CDDPとその誘導体にかかる比重が大きくなるという事は明らかである。初回あるいは抗癌化学療法を2~3コース行いPR以上が得られた場合、標準治療指針にのっとり治療を行う。再発癌に対してはアバスチン等の分子標的治療が推薦される。早期発見のためには、子宮頸がん検診の際経腟エコーをオプションとして選択し、骨盤腔内をよく観察することが重要と考えられる。胞状奇胎の系列的管理が確立したことにより絨毛癌が消失し、HPVワクチンの普及により子宮頸がんが無くなっていく今日、卵巣癌の早期発見に全力を尽くそうと考えるのは私だけではないだろう。そして、卵巣癌の治療そのものが大学病院でしかできないような現実、いくら車社会とは言え大学とほぼ同じ治療を行いえる病院が近くにあること、これこそが地元密着型の病院と言えるのでないだろうか?【略語]FCAP: 5Fu,CDDP,Adriamycin,cyclophosphamide,FAMT:5FU,cyclophosphamide,MitomycinC, Toyomycin, NGOG: Niigata Gynecologic Oncology Group)、G-CSF: Granulocyte-Colony stimulating factor、MASCC: multi association of supportive care in cancer、TXL: taxol、CBDCA: Carboplatin、AUC: area under the curve、TAH: total abdominal hysterectomy、BSO: bilateral salpingo oophorectomy、POM: partial omentectomy、App: appendectomy、NED: no evidence of disease、PFS: progression free survival、MASCC: Multinational Association of Supportive Care in Cancer表1 表2 表3 表4 卵巣癌死亡者数 図1 図2 由紀乃結晶よりお借りしました。youtubeよりお借りしました。2023/05/23,萬代橋を通る観光船がまるで鴨川の月が照らす小舟のように映った長いブログ、読んでいただきありがとうございました。越後のみのちゃんより