こんにちは!

 

娘の登校物語、連日です(笑)

 

今日は、また小さな一歩を踏み出すことがあり、

 

子どもの中には、

「前に前に進みたい」 と思う力、

「今より大きくなりたい」 と思う力が

子ども自身の中に確かにあるのだ

 

ということを改めて感じました、というお話です

 

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今日は朝、お気に入りの傘を忘れて、

 

くじけそうになりかけながらの登校。

 

途中、忘れたことから気持ちが切り替えられなくて、

 

崩れそうになる娘。

 

どうしようかな・・・

 

ここは、ちょっとスイッチできるように

 

『強制的に引っ張って上げた方がよい』

 

という判断がピコン。

 

何とか気持ちを切り替えて学校までいけました

 

(このあたりのかかわり方のメリハリについては、またどこかで。)

 

 

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そして学校終わり、学童にお迎えに行った帰り道

 

「ママ、こんどからずーっとひとりでいくよ」

 

どうして?

 

「きょうがっこうでおもったの」

 

なんでそう思ったの?

 

「もっとおねえさんになりたいっておもったの」

 

えーんえーんえーんえーんえーんえーん

 

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大人が何も言わなくても、

 

みんなのように一人で学校に行っていない自分、

 

みんなのようにお家でお母さんに行ってきますができていない自分、

 

みんなように強くなれない自分・・・

 

全部感じているみたい。

 

早ければ3歳過ぎるころから、

 

子供たちは言わずもがな、自分と仲間を比べていく

 

いわれなくても、うまくできない自分がわかっている

 

うまくできた方がいいと思っている

 

うまくできるようになりたいと思っている

 

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大事なのは、人と比べて劣っているから頑張ることや、

 

人と比べて足りていないから、それを補うことではない

 

自分自身が、こうありたいと思う自分に向かって、

 

自分なりに踏ん張ること。

 

自分なりに向き合って、自分の在り方を選択していくこと

 

そのために、私たち大人ができることはなんだろうか?

 

 

 

大人の注意が、行いのできるできないに向いていないこと

 

形だけ、周りに合わせるような方向を向いていないこと

 

なのかな、と思います

 

そして、人の価値観ではない、自分の価値観ができていく。

 

それが、自分らしい人生を生きていく力になる気がします。

 

誰かの価値観の中を生きるのは苦しいですもんね。

 

そうして、子供たちは自分の存在に満たされていくのかな、と思います

 

その子なりの歩き方を、感じてあげること

 

他と比べて変化を急がせないこと、

 

変化を押し付ける必要もないのかもしれませんね・・・

 

だって子供は、いわれなくともより大きくなりたいと、いつだって思っているから。

 

 

 

私がすべきことは、

 

「待つ」こと

つまり、選びとってる歩き方を「引き受ける」こと

 

それが、どんな子どもの中にもある、

 

自分を自分で高めたい力を

 

一番邪魔しないことなのかな、と改めて思った木曜日。

 

 

 

週末まで、あと1日!!

 

世の中の私と同じ働くお母さん、今日もご苦労様でした。

 

私もご苦労さま^^

 

長文失礼しました。

拙い文章なのに読んでくださってありがたいです、、、

 

 

ではまた!