ギター音楽研究会-N-GUITAR ROOM(高槻・京都)のブログ

ギター音楽研究会-N-GUITAR ROOM(高槻・京都)のブログ

クラシック・ギターを講ずる過程で、音楽から得られたこと、感ずることがらを書いていきます。

音楽の喜びとは何か。

「喜び」というからには個人の違いがあることは

前提しておかなければ間違いを起こすかもしれません。

 

共同で社会・現実を築いているにしても、

それぞれの個人の違いを認めることが

音楽の重要な要素であるのです。

そうでなければ、ベートーヴェンやモーツアルトの

演奏が年々に渡り、様々な演奏家が次々と現れているのかが

説明しきれないことでしょう。

 

「模範」一つあればいいということなら

「最高の演奏」ひとつで、事足るのです。

 

日々の過程で感じるのは

「優等生」なみの精神が多いということです。

その名のとおり「優等」は「模範」につながります。

「模範演奏」CDを添付したレッスン本が

非常に多いのを感じ、同じ精神構造を感じてしますのです。

 

「模範」と自分との距離

(何が違うのか、どういう位置に自がいるのか)

を測ることが

必要である

と感じる今日この頃です。

 

個人としての「あなた」は誰か

「美しい音楽」と聞いて
何を思い浮かべるでしょうか。
人によって
(様々な候補が挙がることでしょう。)
そもそも
「美しい」という言葉で思い浮かべることは
人ごとの、異なる価値感の表明であり、
多様な結果を生み出すのです。

マントヴァーニ管弦楽団は
弦の透き通るような多重の効果で
多くの人に
「美しい」と想わせる響きを生み出しました。

ベートーヴェンは
現実との葛藤から
苦悩を感じさせる人間の姿を
連想させ、
「人間の生きる上での姿ー美学」を感じさせ
「美しい」人の連想を思い浮かべる人も
多い。

多数の画像でも伺われるように
神々しい姿の「神」こそが最高に美しいという
人も少なくない。

人が表現するものは
現実に対する葛藤と要請を
求めるものであると考え、
中世に支配的であった最高価値としての「宗教ー神」に対し、
人間の内にあるはずの意識ー観念を探求し、
人に価値を取り戻そうとした流れが
カントやヘーゲルやマルクスの「疎外」の根底にあった「観念」
であり、
ついに後年にいたってフロイトの
「精神分析」という人への視座を拓いていった

価値観を単一に,まとめ上げようとする政治力は
「独裁・ファシズム」と呼ばれる。
「国家・法」が、我々が実際に生活を営んでいる「市民社会」
と対峙した別構造としてあり、
社会での家族・個人は(国家より)大きい存在で、
基本決定もそこに在る(人権)、としたのがマルクスの根本思想だった。
音楽や文学、絵画などは
それを明らかにする個人の表明だ。

絵画や音楽、文学等々、
個の発するものは、
人の美、肯定した姿の発言だ。


社会での個々人が違うことを当たり前と考えるなら、
賛同ばかりでなく、反発・顰蹙をかうのは
当たり前ではないか。
それが人の関係だ。
神になるのでなければ

その音楽は美しいですか。

フォイエルバッハは、
宗教の「神様」は人間が思い浮かべることのできる最上のモノ、
もっとも美しいもので、永遠に存続するものを想定して
外に(手の届かないところ=彼岸)に設定したもの、
と考えていました。

古代に自然崇拝(恐怖)があった段階では
「神」は自然神であり、
家に住む段階になると
住む家を最上のものにしようとした願望が
神の住むものとしての神殿を生み出した、
としています。
自分の考えられる最上の美しいもの、とは。

百人いれば百人とも違う
その(ド)は
どれくらい美しい?

チョン・キョンファ (Vl.)

「演奏家は、どうしても楽譜を深く読むことより、
先に楽器を手にして弾き始めてしまう。
でも、譜面をじっくり読み、

頭のなかで音楽を鳴らすこと、
想像すること、考えることはとても大切なこと。
楽器が弾けない時期に、私はこの精神を学んだ」

「昔は一音でも間違えると落ち込んだものです。
できない自分を許せなかった。
もはや技術的に完璧な演奏は出来ません。
肉体的な限界を感じます。

今の私が求めるのは、心に残る音が響く
特別な時を聴衆と分かち合うことです。
人間の一生は束縛との闘いです。

それは受胎の瞬間から始まります。
誕生し、お乳をもらうために泣き叫ぶ。
最初の一歩、大人は感激しますが、
赤ん坊には試練です。

いろいろな経験をしながら一生を終える。
たった一度の人生をどう生きるか。
人生の途中で何を発見し、
そこに深い意味を見出せるのは
自分次第。
自問自答を続けることが何より大切で
それなしには演奏できません。
一音一音を自らに問いかけ、生み出す。

それが私の音楽です。」

 

ギター作品で有名なフェルナンド・ソル。
(歌劇や交響曲、他にも多数あり,機会あれば
聴かれることをお薦めします)

ソルは「教則本」で
「経験は偉大な教師であると人はいうだろう。
しかし、その既存の記憶のせいで、
手探りより悪い推測結果をもたらす」
と警告し、
「記憶の既存事実からのみ、
推測することは大きな逸脱をもたらす」
と書いています。

これは既成事実からの推測、思い込み、規制概念、
経験から得られたものの全て、
自分が疑うことなく持っていることへの
自己反省が求められているのです。

トーマス・クーンの現代科学の古典、「科学革命の構造」でも
観察しようとした時に、すでに「自己」(というフィルター)があることを指摘して
(ほんとうの)客観性への疑義を提出、
「観察の理論的負荷性」として知られています。

客観性の疑わしさは、すでにヘーゲルが気づいていて、
「観察と経験」を真理の源とする博物学に潜む無意識(「選択や評価、批判」)
を指摘して「無思想」と批判していた。

「自分」という危険、
自己への観察、反省が意識されなければ、
いつでも自己の井に、
こもり続けることになるのです。



多くの練習曲や ”モーツァルトの「魔笛」の主題による変奏曲” でも、よく知られるソル(Fernand Sor)は

ギターのレパートリーとして、
多くの人に弾かれていますが、
「教則本」で
出版社からは「音楽商人」として
「アホくさい作品を書く必要があります」という要望を求められた、と書いています。

当時、一般に普及しつつあったギターのために、
(弾くのに)容易な作品が求められたのです。
他にも数人のギター作曲家が、これに近い発言を述べ、
思う存分に程度の高い作品が書きにくかったことが

伝えられています。
ソルは「カルッリの教本を研究するかわりに、
一部を抜き出して
ページ数がかさばらない”簡明”なテキスト変造で、

出版しやすくしている」
と批判しています。


必ずしも音楽性の優れた作品ばかりが

並んでいるわけでもない

ギター作品の経済事情。(つづく)

フランスの作曲家オリヴィエ・メシアンは
オルガニスト、ピアニスト、鳥類学者としても知られており、
世界中の鳥の声を採譜し、それを自作中に、しばしば採り入れた。
(来日の際にも軽井沢で多くの鳥の声を採集。)

「音価と強弱のモード」(「4つのエチュード」第2曲)で導入された
作曲システムとしてのトータル・セリエリズムは
P.ブーレーズ、K.シュトックハウゼンなど始め、
後に続く作曲に多大の影響を与えた。

メシアンは自著『リズム、色彩、鳥類学による作曲法』で
 「私は音楽を聴く時、いつもそれに
対応する色彩が見える。また楽譜を
(頭の中で)読む時も、
それに対応する色彩が見える」
と、いつも音と色彩の連関について述べている。

メシアンにレッスンを受けた
ピアニスト木村かをりの話によると、
「そこの和音はもっと緑色に」とか、「紫色に弾いて」、
などの指摘を受けて非常に面食らった時もあった、
という話も伝わる。

「ドビュッシーの音楽には何千という色彩」
「麗しい色彩、導入部には黒ずんだ緑と陰鬱な紫色」(ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」について)
など色に関する発現も多数あり、
著作「作曲法」でも
7種の旋法48種の和音に固有の色彩の記述があります。

 



メシアンは「音色による眩しさ」や色の変化、
暗闇から明るさに晒されたり、
緑から赤、青から眩しいほどの金色へ、
まるで、それが自然を体験するような
神秘的ともいえる感動を与えるか
のように語っています。
色彩の落差は、それ自体が音楽のドラマを形作る
大きな要素でした。

音楽で「音色」という言葉が普通に流通していますが
自分の発する「色」を、どういうふうに、
どれだけ意識されているでしょうか。

オリヴィエ・メシアン:鳥のカタログ

 

 


メシアンとカラー

 

 

スティーヴ・ライヒ "Come Out"

ミニマル・ミュージックの作曲家として知られる
S.ライヒの磁気テープ上に作られた作品「Come Out」

黒人少年が白人警官に射殺されたことが
引き金に、1964年に起こった
ハーレム暴動に巻き込まれた逮捕者を救う
チャリティー活動の一環として作曲された。
19歳の少年ダニエル・ハムの証言
「I had to open the bruise up, 
and let some of the bruise blood come out to show them」
(わざと傷口をあけて、血を奴らにみせてやらなくちゃならなかった。)
を素材として作品化された。



この声のアクセント、リズム、抑揚を聞けば
生活の場での発話が、音楽に強力な影響を与えていることが
わかるのではないでしょうか。
ブルースを、あたかも、そのまま聞かされているように感じます。



Steve Reich "Come Out"

https://www.youtube.com/watch?v=g0WVh1D0N50