発達ゆっくりめルーくん
1歳0ヶ月にしておすわり習得しました![]()
先日のイオン事変から2日後、
段差なしでおすわりできるようになりました!
盛大にお祝い〜✨
1人目の時はいつの間にか座ってたけど
2人目は喜びもひとしおですね![]()
つかまり立ちも、グッラグラしながらも挑戦するように。
お風呂はやりやすいのか湯船をよじ登って出ようとする![]()
我が子を信じなきゃ信じなきゃと言い聞かせながらも、まさかおすわりしたり立ったりできる日が来るなんて
想像できていませんでした![]()
だって数日前まで腰から下ぺしゃんこで床にくっついてたのに。
「子供を信じる」といえば。
お医者さんや看護師さん、助産師さん、保健師さん、
本を書いてくれた人
色んな人の有り難いアドバイスを極力素直に聞いて
心配しすぎない!
検索魔にならない!
子供を試すようなことしない!
子供のことを信じる!
など
必死に努めてきたけれど、
先ほど気づいたことがありました。
私の「子供のことを信じる」の方向性が大間違いだったと。
私は不安になると、
「この子は大丈夫。信じる。」
と必死に繰り返し言い聞かせてました。
(先ほどもインスタで同じ頃に生まれた子が歩いているのを見て動悸息切れがしまして、、、、
)
「この子は大丈夫。信じる。大丈夫。信じる。」
でも言う度になぜか苦しくなる。
もやもやする。胸がぎゅっとなる。
全然気持ちが楽にならない。
なぜうまくいかないのか考えてみたところ
「この子は大丈夫(普通の子だ)。(発達障害じゃないって)信じる。」
というニュアンスで唱えていたような気がします。
そこに自分がすかさず
「何を根拠に言い切れる?」
「発達が遅れてるのは事実なのに?」
とツッコミを入れるかんじで。
結果的に自分が否定しちゃってるから、言う度に苦しいのかなと思います。
根拠がないものを信じられるほど信心深くもないし。
運まかせのギャンブルって感じがするんです。
何かが違う。
どうしたらいいのか?
そこで思い至ったのがこれです↓
「この子は(何があっても)大丈夫。(この子の生きる力を)信じる。」
別に
発達が他の子より遅れてるとか
多くの人が歩くレールに乗ることが難しそうとか
診断されるとか
なんでもよくて![]()
この子がなにか困難に出会っても、
できないことにぶつかっても、
嫌な目にあっても、
絶対大丈夫。
ちゃんと乗り越えられる力がある。
根拠は、この子は一生懸命生きてる、毎日成長しようとしてるから。
だから、何があってもこの子は大丈夫!
と信じることなんじゃないか?
これならちゃんと根拠もあるし、信じられる。
毎日可愛く笑ってたくさん動いて元気いっぱい生きてる、、、こんな子絶対幸せになれる‼️(親バカ?)
「子供のことを信じる」
って表面だけ取り入れて本質はちっともわかってなかった。
母は最近反省することが多いです。
なんだか気分が軽くなるから、今後はこっちのニュアンスで唱えてみます〜![]()