続き
ホテルで待機中に、まず葬儀社を探し、
ある程度これから起きる事への対応を相談した。
息子は監察医務院へ搬送し、
行政解剖されることになった。
終わって、
九州に遺体を運べば、地元でたくさんの知り合いに見送って貰える。でも運ぶとなると
また日数も費用もかかる。
この日で既に死後2日を過ぎていたから、
息子の身体は更に傷みが進んでいた。
これ以上、息子が息子でなくなっていくのは
耐えきれなかった。
解剖結果を待つ間に葬儀社と打ち合わせ、
東京で火葬する事に決めた。
解剖結果が出たが、結局死因は不詳の突然死と言われ、さらに細かく調査するのに数ヶ月かかると言われた。
そして、ようやく警察と医務院から
息子が私達に引き渡された。
通夜と告別式は都内で家族葬として
ひっそりとおこなうことにした。
第一通報に立ち会ってくれた5人の友達は、
後日会う事にした。
息子の職場関係者が来ると言ってくれたが、
私達も、もう体力と気力が限界過ぎて、
混乱を避ける為にもこの時は遠慮してもらった。
葬儀の中身も相場も、西と東じゃ
随分違うんですね。
頭が追いつかないまま、
さらにカルチャーショックだった。