10月29日推定16時

息子が旅立ったであろう日です。


その日、主人にとって第2の人生が決まるか決まらないかの大事な1日を過ごしてました。

50代後半、定年を目前に兼ねてから主人の夢でもあった職業への道筋ができ、数ヶ月前から転職の準備をしておりました。


そして、29日が最終試験の日でした。

その合否は翌日の30日に知らせを受け、無事採用が決まりました。これで4月から主人は新しい環境で第二のライフワークが始まるのです。


前の記事に書いた通り、その日の夕方息子の友達から連絡を受けたのです。




息子は直前にハードワークが原因で,鬱病を発症してたので、主人が転職を進めているという話は、まだ知らせてませんでした。

私は息子の事が気がかりで仕方なかったので上京しようと提案したのですが、主人が転職の準備で連日忙しくしてたので、試験が終わってから計画するつもりでした。


今にしてみれば思います。

息子の命の灯火が消える頃、

主人は試験の真っ最中。

息子は昔から周りの空気を読んで行動する子でしたから、あの子のことだから主人の邪魔をしないように配慮したんじゃないかと・・


そして、翌日主人の採用が決まった事を見届けて「お父さん、もういいよね・・僕を迎えに来て」って知らせてきたんじゃないかと・・


もう少し早く連絡が来ていたとしたら、

おそらく主人の転職の話は流れていた事でしょう。

そう思うと、息子らしい優しさを感じたと同時に、一生忘れる事のできない皮肉な出来事となってしまいました。


息子の死を受けて、主人も今回のことはなかった事にするか迷いましたが、息子だったらきっと、父親の第二の人生を喜び、応援していただろうと思い、背中を押して逝ってしまったんだと思う事で、4月からは転職先で再スタートする事としました。


もし、この前後で一度でも息子に会いに行ってたら、息子が死ぬ事にはならなかったでしょうか。

ただ上京しなかった事で、主人を責めるのは違うのかもしれません。

主人は4月に向かって前向きに前向きに進んでいる気がします。

私には・・目標がありません。

日に日にどんどん堕ちるばかりです。