息子が亡くなって、100カ日を過ぎ・・
仏教の教えでは、故人を失った哀しみから卒業する為の大切な節目という説もあるらしい。
九州に戻ってからは、連日の弔問客が年明けまで続き、事務的な手続きもようやく落ち着き始めてから、遺影の側に座る時間が長くなって来た。
昼間は仕事に出てるので、昼間と夜のメンタルのギャップが半端ない。
息子と離れて暮らすようになって、
6年目だった。
大学生になって年に3回必ず帰省してたけど、
まもなくコロナ禍になり、
私達も入学時の引越しで、
上京したことを最後に、
息子のいる東京に出向く事はなかった。
社会人になってからは、
忙しそうだったけど、豆にちゃんと連絡をしてくる子だった。
いまだに、まだ東京に居るような・・
年末年始も、ただ帰省して来なかったんだって感覚となんら変わりない。
息子は私の作った茄子の煮浸しが
大好きだった。
一人暮らしで自炊ができる余裕があった頃は、
見様見真似で作った煮浸しをLINEで送ってくれた事もあった。
息子が返してくれる言葉は、いつも気が利いてて
私を泣かせてくれた
他人の陰口や不満を息子の口からは
聞いた事なかった。
いつも前向きで
弱音を吐かない、頑張り屋だった。
ほんとに・・
気さくで、穏やかで、
優しかった・・
一度は死を意識するとこまでいた私が
このまま生かしてもらえてるのに
なんで、息子がこんなに
簡単に死んじゃわなきゃいけなかったのだろう。
親より先に絶対に逝かないこと!って
書いたのに・・
ねえ・・
・・会いたいよ
会いたくて
会いたくて
胸が張り裂けそうだよ







