「蒸し返すようで…なんだけど。さっきのあの人の言葉、あれで心底、やっぱりこの人のこと嫌いって思った」
ランチ中、Kちゃんが言いにくそうに、それでいて私の目を見ながら言った。
私の反応を窺っているようだった。
「ゆるりさんは、いつもと変わらずにこにこしていたし、気にしてなさそうだけど…」
私は一瞬、「なんだっけ?」と思ったけど、ああ、アレかぁ…と思い出した。
Kちゃんとは、ちょっとした趣味の繋がりで知り合った。
私より年上の人達が多いその中で、5歳年下のKちゃんは比較的年齢が近かったのもあって、何度か食事に行くことがあった。
Kちゃんのいう「アレ」とは。
趣味の集まりがあり、私とKちゃんが雑談をしていた。
Kちゃんと話していた内容は、確か「料理をたくさん作っても食べてくれる人が夫しかいないから食べすぎちゃう」とか、そんなことだ。
私は夫と二人暮らしだし、Kちゃんは独身で実家暮らしだけど、家族はそんなに食べるほうではない、そういう話をしながら「もったいないと思って食べるから太っちゃうよねー」って、笑っていたのだ。
そこに、向かい側に座っていたXさんが私に話しかけてきた。
「ねえねえ、子供さん、いないの?」って。
Xさんはお孫さんもいる年齢の方だけど、みんなとお話をしていても、あまり人の話を聞かずに、会話の語尾まで聞くことなく「自分は」発言していることが多くて、思ったことをすぐに口にする人だな、と以前から感じていた。
私は「はい、いないんですぅー」と笑って返事をした。
すると間髪入れずに「えー!さみしいでしょ?」と言われた。その時のKさんの口元が右側だけ上がってニヤニヤしていたので、この後の流れが予想できて、ちょっと嫌な気分になった。
だから、色々と詮索されたらめんどくさいなぁーと思ったので「はいー。そうですねー」と、特に淋しくもないけど相槌を打った。
普段の会話からの印象だけど、Xさんは優位に立ちたい欲求が顕著な人だなと感じていたし、そういうタイプの人に「いやいや私はとても幸せです♡」なんて返したら、さらに追及されそうで、私はそれ以上話を長引かせたくなかったのだ。
まぁ、どのように返してもXさんの反応は変わらないかもしれないけど。
すると、さらに「あらぁ~!かわいそう~にねぇ~」と言ってきた。ニヤニヤ顔で。
想像通りの言葉と言い方に、あまりにも可笑しくなって噴き出すところだったのを抑えた。
「病気なので。あはは」
わざと「病気なので」のあとに「。」を付けて、間をあけて、そして笑った。
これ以上、言いたいことはないんだよ、という気持ちを込めて、目を逸らさずに。
こう言ったら、さすがのXさんも返しようがないだろうな、と想像しながら返答した。その確率は50%と低いものかもしれないけど。
私は病気のことはカミングアウトしてなかったし、もしも、この会話のあと更に詮索されたら適当にごまかすつもりで、敢えてこう言ったのだ。
Xさんは、声には出さずに「あらぁ!」とか「まぁ!」とでもいうかのような笑い顔で話を続けたそうな様子だった。
私の隣にいるKちゃんをチラリと見て、アイコンタクトしながら「ねぇ?」と言い、会話を続ける糸口を求めているように見えた。
あくまで、私の目にそう見えただけかもしれないけど、なんだか可笑しくて、滑稽で、そしてちょっとだけ申し訳なく感じた。
そんなに聞き出したいなら、思う存分、質問してもらえばよかったかしら。
Kちゃんは何も言わなかったし、どんな表情をしていたかも解らない。
ただ、Kちゃんにだけは、軽く病気のことを話してあったから、気を遣わせたら嫌だなぁーと思って、私は話題を変えた。
「Xさん、このお菓子、お孫さんに持っていったら喜ばれるんじゃないですか?私の分もよかったらお孫さんにどうぞ」とテーブルにあったお菓子を勧めた。
いつも残ったお菓子はみんなで分け合うから。
「あらぁ、そお?これは旦那は苦手で食べないけど、娘や孫は喜ぶわぁ~。私の作ったものもおいしいおいしいって食べるの~。それでねぇ~」
話題はXさんの家族のことに移った。
私は心の中でため息をついた。
そんな出来事があったのだった。
Kちゃんは、「子供がいないって聞いたら、ふつうは何か理由があるんだろうなと思うものじゃない?以前から、ん?って思っていたけど決定的だった」と言った。
私は、Kちゃんがそう思っていたことが意外だった。
ふだんのKちゃんは、どちらかというと飄々とした不思議ちゃんで、Xさんとは違うタイプながらも、自分の聞きたいことは躊躇せずすぐに聞く、誰にでも話しかける人見知りしない人柄で、ときどきある失言も客観的にハラハラする場面があるのだけど、それもまたかわいらしいなぁーと許せてしまう、そんな感じだったから。
でもね、Kちゃん。仕方ないんだよ。
Xさんにとっては、結婚して子供や孫がいて、それが当たり前の幸せで。
そういう世界で60年以上も生きてきた人で、きっとそれが普通なのだから。
今更、変わらないと思うしね。
それに、世間一般ではやっぱり「かわいそう」って思う人は必ずいるものだし。
優越感を得ることで満たされる人はいるんだから。
こういうこともあると思うんだ。
色んなひとがいるよね。
Xさんだって、いつも自慢話しているけど、実際はそうじゃなくて満たされていなかったりして、誰かに自分の満たされている部分を話すことによって「自分は幸せなんだ」って思おうとしてるのかもしれないし。
それが無自覚で無意識だとしてもね。
私もね、ちょっときつかったと思うよ。会話を強制終了させようとしたしね。
大人げなかったよ、私。
私もじゅうぶん腹黒いよね。ぷぷぷ。
だからいいんだよ。
ありがとう。
つらつらと、Kちゃんにそんなことを話しながら、改めて思った。
自分は「かわいそう」なのかなー。
なんか、むかつくな(笑)。
私は四十路半ばだから、健康であっても年齢的に出産の可能性は医学的にも果てしなく低い。無いと言ってもいいくらいだ。
だからまぁ、そんなことを言われても仕方ないというか、まあいい気がするけど(よくもないか)、20代30代の出産適齢期の同病の仲間たちが言われたら、かなりキツイだろうなぁと思う。
やっぱ、むかつくな(笑)。
おそらく、Xさんの場合は自分の言動を深く考えることもなく、まるでテレビドラマを見るように面白がって「かわいそう」と言ったのだろう。
そこには、その言葉の真の意味を持つ同情的な色合いはない。
言うなれば、単なる興味と優越感からの「かわいそう」であったと思う。
それに対し、多少なりとも反応してしまった自分もどうかと思うけど。
しかし、もし仮に心から同情されての「かわいそう」だったのなら、私はどう感じるだろうか。
そうだとしても、それは上から見下ろされているかのように思うかもしれない。
どっちも、むかつくな(笑)。
ああ、でも。あの手術の日、麻酔から覚めた私を見た伯母が「かわいそうに…」と言って涙を流していたときは、とても心が安らいだ。
その言葉には、私の心に寄り添う優しさがこめられていたからだ。
がんになって、治療して、しばらくの間は内に籠った暮らしをしていたけど、少しずつ社会復帰して、私の病気なんか知らない人と関わる機会も増えていって、
色んな視点があるなーと実感する。
いいこともわるいことも。
でも、こんな風にいやな思いをすることもあるけど、いいこともある。
この日は「かわいそう」発言に不快になったけど、Kちゃんの意外な一面を知ったし、結果、プラマイゼロだ。
この日はランチがおいしかったし、そうしたらプラマイゼロどころかプラスだったんだな。
趣味の集まりに出かけられるくらい元気になっているのだから上々。
私は、全然かわいそうじゃない。
たまに、自分を鑑みて、やれやれ…と空しくなるなる日もあるし悲しくなったりもする。
だから、私を「かわいそう」と思っていいのは私だけ。
かわいそうと思うのは自分だけで十分なのだ。
晴れたり曇ったり、まるで空のよう。