仕事とはあまり関係のない(けどあるかもしれない)日常の「好奇心」を収容するためにブログはありますね。
雑念を吐き出して,脳みそのワーキングスペースを増やす,ジャーナリングというやつです。
今日は通勤中にフィルターバブルについて妄想を繰り広げておりましたので,ここに吐き出しておきます。
フィルターバブル(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%96%E3%83%AB)とは,キュレーションサイトやショッピングサイト,またはSNSで用いられるユーザー最適化システムが人間にもたらす認知上の問題ですね。
簡単に言うと,インターネットから「見たいものしか見れない」状態になるということです。
たとえば,Netflixの強みのひとつにマスデータを基にユーザーの視聴傾向を分析し,「ユーザーが観たい映画がいつでもレコメンドにある」と状態を作り出すことに成功しているということがあります。たしかに,これが便利なのはわかります。
いまのユーザーが楽できるシステムは,「すでに価値観体系として個人に存在する」ものを効率的に追求できることにはたしかに一役買っているけれども,「新しい価値観との出会い」は難しくなっているのではなかろうかと邪推。
まあ現代人はそんなに暇じゃないからイイのかな。
問題の本質はこれからで,何も価値観体系を持っていない人(レコメンド~で育った人)が,これらの効率性向上ツールをどう使うか,ですよね。
https://www.huffingtonpost.jp/kazuhiro-taira/filter-bubble_b_14713992.html