当然、不支持
ブログネタ:今の政府を支持しますか?不支持ですか?
参加中私は支持しない 派!
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今の民主党政権のどこをみて支持するといえるのか。机上の政治ゲームをやっているようにしか見えない。首相以下、どのような日本にしたいかも見えないし、国を愛しているようにも見えない。
国を愛しているのであれば、出来る限り問題のあるところに飛んで行って、自分の目で見て、現地の人と話をして、必要な対策を真剣に検討するでしょう。
新燃岳が噴火している、現地の人はどんなに困っているだろう、どんな対策が必要だろうか。雪国では予算削減で除雪作業がままならない、何かいい方法はないのか、自分に何ができるのか。気にならないんですかねえ。やることは沢山あるでしょう。
それを完全週休2日制で土日は公邸でのんびりと平日の疲れをとる生活、いいご身分ですなあ。サラリーマン首相かって言いたい。平日疲れるのは、役人の作成した原稿、資料を必死で覚え、野党の質問に、できるだけ無難な応答をすることに神経をすり減らしているためでしょう。
一国を預かっているという責任感が感じられないですよ。この長引く不況の中、中小企業の社長だって、土日返上で金策に走ったり、顧客の不具合に対応したりしている。社員の生活がかかっているという責任感で必死だ。その必死さが、首相にも閣僚にも全然見えない。
鳩山元首相はあちこち飛び回って相変わらず余計なことをしゃべって、舌禍を撒き散らかしている。小沢一郎とその仲間達も、傍流に追いやられる危機感ばかりが先に立ち、国のことを考えるという本来の使命を忘れている。議員や閣僚になることが手段でなく、目的になっている人達の集まりとしかいいようがない。
一般の会社だったら、こんな経営陣がいたのでは、どこの取引先も相手にしないし、社員だってみんな辞めていくだろう。
かといって、自民党も変わったのだかどうだかわからないし・・・。民主党よりは少しはましと、次の選挙でまた与党に返り咲くかもしれないが、また首相の1年交代をされたのではかなわない。今の自民党の総裁もあまり頼りになりそうもないしなあ。サッカー日本代表みたいに、優秀な指導者を海外からスカウトしてトップに据えてみてはどうかと妄想してしまう。さらに政党によらず優秀な若手を登用して、政治家日本代表チームをつくったらどうなるかなあ。
今の民主党政権のどこをみて支持するといえるのか。机上の政治ゲームをやっているようにしか見えない。首相以下、どのような日本にしたいかも見えないし、国を愛しているようにも見えない。
国を愛しているのであれば、出来る限り問題のあるところに飛んで行って、自分の目で見て、現地の人と話をして、必要な対策を真剣に検討するでしょう。
新燃岳が噴火している、現地の人はどんなに困っているだろう、どんな対策が必要だろうか。雪国では予算削減で除雪作業がままならない、何かいい方法はないのか、自分に何ができるのか。気にならないんですかねえ。やることは沢山あるでしょう。
それを完全週休2日制で土日は公邸でのんびりと平日の疲れをとる生活、いいご身分ですなあ。サラリーマン首相かって言いたい。平日疲れるのは、役人の作成した原稿、資料を必死で覚え、野党の質問に、できるだけ無難な応答をすることに神経をすり減らしているためでしょう。
一国を預かっているという責任感が感じられないですよ。この長引く不況の中、中小企業の社長だって、土日返上で金策に走ったり、顧客の不具合に対応したりしている。社員の生活がかかっているという責任感で必死だ。その必死さが、首相にも閣僚にも全然見えない。
鳩山元首相はあちこち飛び回って相変わらず余計なことをしゃべって、舌禍を撒き散らかしている。小沢一郎とその仲間達も、傍流に追いやられる危機感ばかりが先に立ち、国のことを考えるという本来の使命を忘れている。議員や閣僚になることが手段でなく、目的になっている人達の集まりとしかいいようがない。
一般の会社だったら、こんな経営陣がいたのでは、どこの取引先も相手にしないし、社員だってみんな辞めていくだろう。
かといって、自民党も変わったのだかどうだかわからないし・・・。民主党よりは少しはましと、次の選挙でまた与党に返り咲くかもしれないが、また首相の1年交代をされたのではかなわない。今の自民党の総裁もあまり頼りになりそうもないしなあ。サッカー日本代表みたいに、優秀な指導者を海外からスカウトしてトップに据えてみてはどうかと妄想してしまう。さらに政党によらず優秀な若手を登用して、政治家日本代表チームをつくったらどうなるかなあ。
南蛮人
先日読んだ「一度も植民地になったことがない日本」に、「南蛮人」についてのくだりがあり、全く同感だったので紹介したい。
著者のデュラン・れい子さんと同様、学生時代、歴史の時間に南蛮人という言葉を習ったとき、「南から来た野蛮な人」というイメージはなかった。戦国時代、スペインやポルトガルの宣教師達は、アフリカからインド、東南アジアをぐるっとまわって日本の南側からやってきたので、語感のいい南蛮人という言葉が単に使われていると思っていた。
その南蛮人は、日本人の清潔さに驚いたと言う。その頃のヨーロッパでは、貴族でも風呂に入る習慣はなく、体臭を隠すために香水が発達したと言われている。貴婦人の結った髪の中はシラミだらけ。トイレもおまるをつかい、アパートの窓から外へ汚物を投げ捨てていたという。ベルサイユ宮殿でも、主人がおまるで用を足した後、侍女が中身を庭園のすみに捨てに行っていたという。
まして長い航海中はろくに風呂には入れなかったであろう。そんな汚い臭い西洋人達は、当時の日本人にとって、まさに野蛮人に映ったに違いない。宣教師のリーダーは、日本人と会う前は必ず沐浴するようにと通達を出していたらしい。毎日風呂に入る清潔な日本人に、よほど引け目を感じていたのであろう。
日本人の綺麗好きは綿々と受け継がれ、現代の日本人も、海外に住む場合でも、玄関でくつを脱ぎ、土足で家の中を歩き回るようなことはしないようである。清潔好きがDNAからすりこまれているのだ。
れい子さんは、もしスウェーデン人のご主人が一般の欧米人と同様に、ベッドルームを土足で歩き回り、犬の糞を踏んだかもしれない靴を履いたまま、ベッドに横になるような人だったら、結婚生活を続けられなかっただろうと言っている。気持ちがよくわかる。どんな金髪美人と結婚できたとしても、家の中を土足で歩くような人とは一緒に生活できそうにない。
海外から、お客さんや研修生が頻繁に来日するが、異口同音に、日本の町は綺麗だ、ゴミが落ちていないと言って驚く。どこにでもあるような普通の通りなのに、外国人が綺麗だと言って感心するのである。
靴を玄関で履き替え、毎日のように風呂に入る日本人は、知らず知らずのうちに清潔という基準が高くなっているのであろう。
世界に誇れる文化ですね。
著者のデュラン・れい子さんと同様、学生時代、歴史の時間に南蛮人という言葉を習ったとき、「南から来た野蛮な人」というイメージはなかった。戦国時代、スペインやポルトガルの宣教師達は、アフリカからインド、東南アジアをぐるっとまわって日本の南側からやってきたので、語感のいい南蛮人という言葉が単に使われていると思っていた。
その南蛮人は、日本人の清潔さに驚いたと言う。その頃のヨーロッパでは、貴族でも風呂に入る習慣はなく、体臭を隠すために香水が発達したと言われている。貴婦人の結った髪の中はシラミだらけ。トイレもおまるをつかい、アパートの窓から外へ汚物を投げ捨てていたという。ベルサイユ宮殿でも、主人がおまるで用を足した後、侍女が中身を庭園のすみに捨てに行っていたという。
まして長い航海中はろくに風呂には入れなかったであろう。そんな汚い臭い西洋人達は、当時の日本人にとって、まさに野蛮人に映ったに違いない。宣教師のリーダーは、日本人と会う前は必ず沐浴するようにと通達を出していたらしい。毎日風呂に入る清潔な日本人に、よほど引け目を感じていたのであろう。
日本人の綺麗好きは綿々と受け継がれ、現代の日本人も、海外に住む場合でも、玄関でくつを脱ぎ、土足で家の中を歩き回るようなことはしないようである。清潔好きがDNAからすりこまれているのだ。
れい子さんは、もしスウェーデン人のご主人が一般の欧米人と同様に、ベッドルームを土足で歩き回り、犬の糞を踏んだかもしれない靴を履いたまま、ベッドに横になるような人だったら、結婚生活を続けられなかっただろうと言っている。気持ちがよくわかる。どんな金髪美人と結婚できたとしても、家の中を土足で歩くような人とは一緒に生活できそうにない。
海外から、お客さんや研修生が頻繁に来日するが、異口同音に、日本の町は綺麗だ、ゴミが落ちていないと言って驚く。どこにでもあるような普通の通りなのに、外国人が綺麗だと言って感心するのである。
靴を玄関で履き替え、毎日のように風呂に入る日本人は、知らず知らずのうちに清潔という基準が高くなっているのであろう。
世界に誇れる文化ですね。
