①はこちら…☆





期間限定☆有馬志信とバレンタイン 




                   







「じゃあ、あんまり甘くないチョコレートにしようか」

「はい、お願いします」


紙袋に入れてきたのは、バレンタイン特集の組まれた雑誌……
二人で雑誌のページをめくりながら相談を重ね、甘さを控えた大人向けのチョコレートを作ることに決定した

場所は調理器具の揃ったお店の厨房を借りることにした


「あとは、マリアさんが練習するだけだけど……」



「坂井ー! もう客入れてんのか?」

「しゃ、社長…!?」

「!!」


いろんなことがほぼ決まりかけた時、突然入口の方から志信さんの声が聞こえ、私と十真くんは思わず顔を見合わせて、同時に息をのんだ


「まだ開店時間前じゃ……」

私たちがいることに気づかないまま入ってきた志信さんは、私と目が合った瞬間、目を見張り動きを止めた……


「……お前ら、二人だけで何してんだよ…?」


店に二人でいた私と十真くんの顔を交互に見つめ、志信さんの眉がひそめられる


「え、えっと……」
(下手にごまかしても、きっと失敗する……)

「……なんだ?」


そっと十真くんに視線を投げかけると、十真くんは全て悟ったように、口元に小さく笑みを浮かべた



「志信さん、今日の約束忘れたの?」

「約束?」


咄嗟に卓上の雑誌を隠す
十真くんはその様子を背に庇うようにしながら、冷静な口調でいつもと変わらぬ笑みを向けた


「今度店に来たときに、新作のカクテルを飲ませてくれるって……」
「この前三人で飲んだ時に約束したでしょ?」

「そんな約束……」

「したんだよ……志信さんは酔ってて忘れちゃったのかもしれないけど……」


十真くんの言葉に首を傾げる志信さんを見て緊張していると、志信さんは困ったようにクシャリと髪をかきあげた


「……そうだったか? すっかり忘れてたな…悪い」

「気にしなくていいよ、どうせそんなことだろうと思ってたし……」

(……よかった)


十真くんのおかげで、志信さんは何の疑いもなくその話を信じてくれたようだった


「でも、なんだかお店も忙しいみたいだし、スタッフに迷惑かけてもいけないから……今日のところは帰ろうかって話してたんだよ」
「今、タクシー呼んでもらったところ……」

「それならちょうどよかった」
「マリア、お前はオレと一緒に帰るぞ」

「はい」


十真くんのフォローでなんとか怪しまれずに済んだことに安堵しながら、そっと雑誌を袋の中にしまいこんだ


「詳しいことはまた今度……」


私にだけ聞こえるように囁いた十真くんに頭を下げ、志信さんの後を追いかけた



×  ×  ×  ×



「どうしたんですか? 少し歩こう…だなんて」

「今日はそういう気分なんだ」

「そういう気分……ですか……」


店を出た後、志信さんは私の手を引いて駅に向かって歩き始めた
夜の公園を歩く志信さんの横顔を見上げると、その顔はどこか楽しげに緩められていた


「何かいいことでもあったんですか?」

「ん? ああ……まぁな……」


言葉を濁すようにして、志信さんの視線が泳ぐ


(……なんだろう、この感じ……)

「そういえば今日の約束……オレ、すっかり忘れてたみたいだな……」


話をそらすように切り出されたのは気になったけれど、志信さんの目を見たら嘘がばれてしまうのではないかと思い、慌てて視線を落とした……


「悪かったな、待たせちまって……」

「い、いえ……全然…!」


嘘をついたことを申し訳なく思いながら、雑誌の入った紙袋を胸にギュッと抱く


(このお詫びは…バレンタインに返しますから!)


心の中でそう呟いた私の隣りを歩く志信さんは駅までの道のりを、のんびり澄んだ星空を見上げながら終始ご機嫌な様子で歩いていた




×  ×  ×  ×




街はすっかりバレンタイン一色に染まっていた
どこを見ても、チョコレートの特設販売所ばかりで……


「見てるだけで甘い匂いがしてきそうだな…」

「可愛いお店ばっかりですね!」
「ちょっと見ていきませんか?」

「ああ、いいぜ」


意外にすんなり受け入れられたことにホッとしながら、志信さんの腕を引いて売り場に向かった


(……こういうところ……絶対に好きそうじゃないって思ってたけど……)
(…もしかして、バレンタイン……楽しみにしてくれてるのかな…?)


売り場の商品を手に取り志信さんの横顔を盗み見ると、何かを探すようにキョロキョロと視線をさまよわせていた


「志信さん?」

「あ?」

「…何か探してます?」

「いや……そういうわけじゃねぇけど……」



そう言いながら、志信さんは後ろ髪を無造作にかき混ぜた



「……こういう店には、男向けのものしか売ってないんだな…」

「それはそうですよ、女性が男性への贈り物を買いに来るところですから……」
「あっ、でも……」


先ほど見かけた、とあるものに手を伸ばした


「こういうものは、男女兼用じゃないですか?」


手にしたものは、真っ赤なバラやガーベラで作られたプリザードフラワーだった


「……そうだな…」
「ご親切に…熱烈な愛の花言葉を持つ花がてんこ盛りだな…」

「えっ…」
(……花言葉?)


思わず自分の手元に視線を落とすと、耳元に志信さんがそっと唇を寄せた


「この花を受け取ったら……オレはその場でお前をオレのもんにするから、覚悟しとけよ?」

「なっ……」
「や、やっぱりいりません!」
「……なんだか、嫌な予感がしますし……」

「…お前に拒否権はない」
「お前はオレに与えられるものを与えられるだけ受け取って、愛されるだけ愛されればいいんだよ」

「………っ」


意味深な笑みを浮かべられ戸惑っていると、明るい声が降りかかった



「……志信さんとマリアさんじゃない?」
「どーも、二人そろって仲よくお買い物ですか?」


現れたのは、両手に紙袋を抱えた冬太くんだった







≪③につづく≫





イケない契約結婚
(C)Arithmetic