続編☆白金総司
第10話:恨みの枷②
「深夜に突然お邪魔して、申し訳ありません」
「気にしなくていいぞ」
「それよりも、急を要するようだな、話してくれるかのう」
「はい、……総司さんが、誘拐されました」
「首謀者は…常務です」
「……なるほど」
「飼い犬に手を噛まれるというのは、こういうことか……」
お祖父様は自嘲するように一笑し、次の言葉を促すように顎を引いた
「今は…警察にも連絡して、次の電話を待っている状態です」
私はそう言ってから両手をつき、額をたたみにつけて土下座した
「ごめんなさい」
「……ん、どうしたんだい?」
「私……総司さんと……離婚します、お許し下さい」
「それは、突然だね、仲違いでもあったのかな?」
「いいえ」
「……今回の、総司さんの解放条件は……私と総司さんが離婚すること、なんですっ」
私は額をピッタリと畳につけたまま、話を続けた
「……私は、総司さんのことが大好きです、誰よりも愛しています、だから……」
「仲違いなど、有り得ません……」
「だけど、相手がどう出るか分からない以上は、最悪……」
「二人が離婚をすれば、わしがどう思うか……それを狙ってのことだったんじゃろう」
「はい、ですから先にお話を通そうと……」
「なるほど」
「……お願いがあります、私と総司さんが離婚をしても、総司さんから会長の座を奪わないで下さい」
この場に総司さんはいないのに、彼がそっと息を呑む気配がした
「総司さんは、普段から自分の体調をおしてでも、仕事を優先する人です、彼が会長の座についてから、業績も上がっていて、その……」
だんだん、何が言いたいのかが分からなくなってくる
お祖父様にうまく話そうとすればするほど、言葉がでてこない
「……顔を上げなさい」
手をついたまま顔を上げると、私をジッと見つめるお祖父さまと目が合った
「……降ろすつもりはない」
「本当、ですか……っ!?」
(よかった……)
その一言にホッとして、思わず涙が零れそうになった
けれどグッと堪えて、上唇を噛んで口を横に引き結ぶ
「……あいつの目的は、なんだか分かるかい?」
「白金総司の失脚と言っていました……が……」
「そうか、ただの建前か」
「たて、まえ……?」
「わしが離婚をしたぐらいで、あいつを会長の座から引きずりおろすとは、思ってなみたいだ」
「では、どうして……?」
「それはさすがに、分からんね」
お祖父様は嘆息すると、視線を窓の外に差し向けた
「……わしなんぞ、誰に恨まれていてもおかしくはない」
「誰にも恨まれない人間なんぞ、きっとどこにも居るまいに……」
× × × ×
「……ん」
カビの臭いで、目を覚ます
視界に広がるのは、薄暗くほこりっぽい、寂れた一室だった
「なんだ、ここは……」
「俺は、どうして……」
(どうして、こんなところに…?)
身体を動かそうとして、そこでやっと自分の身体が拘束されていることに気づいた
「お目覚めかい?」
タイミングを見計らったように、常務が部屋の中に入ってきた
「……常務」
「本当、総司くん、君は賢い子だよ……気づいていたんだろう? 私が真澄くんに協力していたことを」
俺は一瞬、答えるかどうか思案してから、首を縦に振る
すると常務は、それにさして大きな反応を見せることなく、唇に乗せた笑みを深めた
「私は……君を恨んでいるわけじゃないんだよ、総司くん」
「……祖父を恨んでいるというのですか」
「ああ、本当に君は賢い」
「賢くて……あの男に似ていて……嫌気がさす!」
彼は最後吐き捨てるように言うと、くるっと背を向けた
埃っぽいこの部屋の窓際にある、大きな机の横を通り抜け、窓から外を覗き込むように立った
「ここがいったいどこか、わかるかい?」
「……社長室、ではなくても、役職者の執務室――だったように、思えます」
である、とは言えなかった
それくらい、この部屋は荒廃していた
「このビルはね、今はこんな姿をしているが……昔は、とある会社が入っていたんだよ」
「この部屋は、その会社を大学時代に立ち上げ、守ってきた社長が使っていた部屋だ」
「それは…」
「…そうだよ、私が使っていた、部屋だ」
≪つづく≫
「イケない契約結婚」
白金総司(続編)
(C)Arithmetic