続編☆白金総司
第7話:差し伸べられる手①
「今回の事で、負い目や引け目を感じる必要はない」
「僕も外部に漏らすつもりはないし、こちらにも責任はある」
「……今回は、お前に借りを作る必要があるようだ」
はっきりと「無かった事にしろ」と言わない総司さんに、花代さんは一瞬ふっと双眸を細めて笑った
「なるほど?」
「……では、仰せのままに」
そして、長い足を解いてゆっくりと立ちあがると、まるで王子様のようなお辞儀をしながら目を伏せた
「……いちいち癇に障る事をするな」
「嫌だな~、君にしたわけじゃないよ」
苦々しい表情で総司さんが言うと、花代さんは私へ視線を飛ばして、パチンとウィンクをした
「僕ものんびりはしていられない」
彼は腕時計に視線を落とすと、ブリーフケースを手にとって、足早にドアに向かう
「じゃ、この件については安心してくれていいから」
「もし何かあったら連絡して…」
「…あ、なんなら、協力もしてあげるからさ」
開いたドアの向こうから顔を出して、どこか意地悪そうにニッと微笑むと、そのまま部屋を出て行った
「……はぁ」
バタン、とドアが閉じると総司さんは浅い溜息をついた
「…良かったですね……」
「……そうだな」
総司さんは花代さんと、あまり仲が良くないようだけど、今回ばかりは彼に、助けられてしまったようだ
× × × ×
「・・・・・・・・・」
駐車場に車を停め、総司さんの実家へ入る
何度か訪れてはいたけれど、相変わらず張り詰めたような空気が全身を包んだ
「……そう緊張するな」
「そうは言っても……」
総司さんは自分の家だから、私と違って何も思わないのかもしれない
そんな私の様子に微かに笑うと、手の甲を軽く私の手にぶつけた
「繋いでいいか?」
こんな事を聞かれたのは、初めてだった
きっと先日、総司さんが噂の彼女と一緒に居るのを見たときに、酷い言葉を浴びせたせいだ
「……はい」
小さな声でそう返事をすると、総司さんは私の手に優しく指を絡ませた
繋いだ手の温もりが、緊張を少しだけ緩めてくれたような気がした―――
× × × ×
息をする事さえ憚(はばか)られるような静寂で満たされている部屋の中で、私と総司さんは正座をしていた
間もなくして音もなく障子が開いて、総司さんのおじい様で前会長の、一貫さんが入ってきた
「ご無沙汰しています」
「ああ、久しぶりだね、マリアさん」
「総司、お前も随分と、顔つきが変わったもんだなぁ」
下げていた頭をそっと上げると、座布団に腰を下ろして、笑みを浮かべるおじい様と目が合った
「そっちこそ、随分と穏やかになったんじゃないか…」
「まだ手のかかる子たちが、たくさんいるようだがのう」
「会長をお前に託し、いざこうなってみると、随分と長い間重たい荷物を背負っていたような気分だ」
「……はは、それを今度はお前に背負わせたわけだが……」
「……そうですね」
初めて会った時は、とても厳しい人なのかと思ったけれど、なぜだか、私はおじい様に気に入られている
今もとても穏やかな表情をしていた
「さて、真澄のことだったな」
それまで和ませていた表情を一変させると、シワに埋もれた双眸を光らせ、眉間にシワを寄せると座り直した
「はい」
総司さんはおじい様に、PLATINUM の買収未遂計画の顛末を説明した
「なるほど、真澄もやってくれるものだな」
初めからわかりきっていたような様子で、溜息を零した
総司さんには逼迫した現状でない今は、その言葉に苦笑するだけの余裕があったみたいだ
「お前はどうするつもりなんだ?」
「会長はもう私ではないからな……処遇を決めるのはお前だぞ」
念を押すように、強い口調でおじい様は言った
白金グループの頂点に立っているのは総司さんだから……
「……会社を委ねるつもりはありません」
「降ろして、どうするんだ?」
「……本社の総務部に…」
「手元に置くつもりなのか?」
「そうでもしないと、手綱を握れないからな…」
「甘いやつだな、お前は……」
言いにくそうに告げる総司さんにそう言いながら、おじい様はどこか嬉しそうにみえた
≪つづく≫
「イケない契約結婚」
白金総司(続編)
(C)Arithmetic