重松清のトワイライトとという本を読み終った。39歳の大人たちが小学校の同窓会を開いてそこで昔埋めたタイムカプセルを掘りおこすところから物語が始まるのだがこう自分がもっと大人になった時に今の自分を振り替えることが容易く想像できないけど何故か懐郷的になる。そんな話だった。
自分がおじさんになるのなんて想像できない。
小学生の頃は中学生の自分が想像できた。中学生の頃は高校生の頃の自分が想像できた。そっから先は何だかぼやけるというか何というか。決して悪い意味ではないけど。船出というか。

昔のことを思い出して恥ずかしくなる。
小学生の文集に「もしもドラえもんがいたら何をお願いする?」みたいなコーナーがあってみんな「どこでもドアを出してもらう」とか「タイムマシンで未来に行く」とか書いているのに自分だけ「友達になってもらう」って書いてあって恥ずかしい。社交的か俺は。

さらに中学生の京都奈良への修学旅行の写真で「ONE OF THE MONSTERS」とか書いてある緑色のアホみたいなステッカーをお土産屋で買って自慢げになっているのを見つけてまた恥ずかしい。

高校の卒業アルバムははかせたろうみたいな髪型で恥ずかしい。この髪型は事件である。