「恩返しのサンマをお届けします」。東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県気仙沼市の市民有志が、今秋も十八日に東京都目黒区で開かれる「目黒のさんま祭」に参加し、サンマ五千匹を炭火焼きにして、無償で振る舞う。祭りの仲間が犠牲になり、道具の大半も流失したが、「震災後の支援にお礼を言いたい」と駆け付ける。目黒区民有志も「さんま基金」を設立して、気仙沼の仲間を支える。
「気仙沼でも今秋はサンマが少なく、私もまだ食べてない。こんなことは初めて」
今年で十六回目を迎える市民イベント「目黒のさんま祭」の発案者で、気仙沼側の実行委員会会長を務める松井敏郎さん(64)=気仙沼市=が「サンマの街」の現状を語る。それでも例年通り五千匹を確保し、祭り会場に届ける予定だ。「私も今は、今秋初のサンマは目黒の皆さんと一緒に食べたいと思っています」
全国二位のサンマの水揚げ量を誇る気仙沼港だが、震災で壊滅的被害に見舞われた。八月二十四日に待望の初水揚げが行われたが、今も水産工場など受け入れ態勢が整わず、「水揚げ量は例年の数分の一。本格復旧にはほど遠い」(気仙沼漁協)。
松井さんらは五月、今年もさんま祭を開くことを決めたが、実現は容易ではなかった。津波で仲間二人が死亡し、無事だった仲間も近親者や自宅、会社など、大切なものを失った。地元のさんま祭は開催のめどがたっていない。それでも市や気仙沼漁協の後押しがあった。ただし、市からの補助金は恚サに充ててもらうため辞退した。焼き網などの道具は、自分たちの積立金でそろえた。当日は例年よりやや多い約九十人で目黒を訪れる予定だ。
「漁協の倉庫に預けていた道具の大半は流失したのに、会場を飾る大漁旗は無事だった。クリーニングから戻ったままのポリ袋に入っていたので、海に浮いていたらしい。これも『祭りをやれ』という意味なのかと思いました」と松井さん。
目黒側は資金援助のため「さんま基金」を設立し、会場に募金箱を置くことにした。
小泉一・目黒区実行委事務局長(61)は「気仙沼の復興には時間がかかる。来年以降も祭りが続けられるよう、区民の協力をお願いしたい」と話している。
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