2022.5.19 大学病院受診
組織診(おそらくコア生検)で病理の先生から迷っている様な所見が返ってきた私中間報告にて免疫染色追加しますと…エストロゲン陽性プロゲステロン陰性ハーツー陰性DCISの可能性否定出来ない。という結果でした。クリニックの先生から疑わしきは取ってしまった方が良い。私は自分の親族がこう言われたらそう言う。経過観察か、取るしかないそれなら検査の度にドキドキするより取った方が良いと思う。と言われ私もその決意を固めていました。最終決定は手術が出来る病院へ紹介するからそこの先生と決めましょうとなりました。私は開き直っていて否定できないではなくどうせ初期乳癌なんでしょはいはい取りますよって思っていました。入院も2週間くらいだろうしなんとか有給や傷病手当でどうにかなるかな…抗がん剤耐えれるかなぁ放射線なのかなぁ子供産めるのかなぁもやもやしながら初期乳癌という宣告を受ける覚悟で臨みました。初期乳癌と決めつけていたのでてっきりMRIをして広がりを見てどう部分切除になるのか見るんでしょ?全摘も覚悟のうちよ、と最初より随分受け入れているつもりでした。つもりでした。大きい病院の受診は疲れますね…病院自体ほぼかかった事が無いので大変と思いました。棟を移ってまた受付して下に下がって…次は上…まず胸部レントゲン次にマンモグラフィ前回マンモ時に左から茶色い分泌液が出たので一応それはお伝えしいざもちろん出ました。ドス黒い液体がその瞬間検査中にも関わらず涙が溢れてきました。ぽろぽろ涙を流していたら技師さんでしょうか?大丈夫、大丈夫だよと背中をさすって下さいました。大学病院はとても大きく検査に対応する職員の方はこちらがどんな経緯で検査しているのか知らないと思います。左胸に何かあると言われてきたの?と言われ、私は上手く答えられずうん、と小さく頷きました。するとそのとても明るくニコニコサバサバしている技師さんが「私も、乳癌だったんだよ!!」と驚きの言葉をかけてくださいました。もう7年前だけどね!今が1番辛いよね!!そうだよね。なんで私が?!!って思うよね。大丈夫大丈夫って背中を沢山さすってくれました。もう涙腺崩壊してして泣き顔でお礼を言い次のエコー検査へ。気の強そうな女性の方で嫌なこと言われないか不安でしたが私が泣いていたので優しく大丈夫ですか?と声をかけてくださいました。ご自分で見つけたんですか?セルフチェックされていたんですか?すごいですね、小さいと言われて来られたみたいですねと言われ検査開始やはり左胸の場所を診てもそんなに表情が変わらないんです。へぇ~位の感じで次に進む右は明らかにさらっと。左のリンパ…ううん。。何かすごい診るな。。やっぱり腫れているのかな何枚も写真を撮られているのが分かりました。最後に心電図をして先生の診察へ戻るとまだ時間がかかるので昼食へ行って来て下さいと言われ下の階のタリーズへ外に出てゆっくり空気を吸い持って来ていた白戸ミフルさんの「乳がんステージ4だった私が、それでも合コンに行きまくって救われた話」を読みながら過ごしました。とても奇跡的な回復をしている方は本当に前向きです。本当にすごい人たちだと思います。まだ私は全然前向きなんかにはなれません。全然診察のお知らせがないので待てず診察の所へもどって待つことに。診察までの間はドキドキして気が気では無くて落ち着きませんでした。ドアの前で待つ段階になり診察室にいる方の話がちょこちょこ聞こえそのちょっと聞こえるワードにドキドキしていました。いざ呼ばれ中へこんにちは。まめさんですね。ここから何を言われたか覚えていません。なぜか先生以外に女性が後から入ってきて今思えば私の乳癌はみんなには伝えられていてサポートチームが集まってきていたのかなと思います。私は話の序盤で涙が流れていて「え?えぇ~!!」と女医の先生がティッシュをさっとくれて拭きましたが、足りないほど涙が溢れていました。マンモを見ると石灰化が横方向に広がっている。お胸のふくらみを残す事は難しいですね。エコーを見るとリンパ節が複数腫れています。全医ではDCIS(初期乳癌)の疑いと言われた様ですが私は矛盾があると思います。初期乳癌というのは非浸潤性乳癌と言って管の中に癌がとどまっている状態ですがこの場合、リンパには転移しません。しかしエコーでリンパが複数腫れていておそらくリンパ節転移があると考えます。リンパ節に転移していると他の場所にも転移している可能性が出てきます。前回と比べてもう少し太い針で検査させてもらってもいいですか?と言われやっぱり私死ぬんじゃんだったら早く殺して誰か。そう思いました。なんで?マンモでもエコーでも明らかですね!!って言われないのになんでよ。腫瘍マーカーも正常なのに??これ親になんて言えば?親が悲しむ。そんなの耐えられない。私は親が1番大切でいつでも親を優先にしてきました。子供が欲しいのも母みたいな親になりたいから。朝から母が何かあったら電話してねと連絡してきて彼からも終わったら電話してと言われていましたが、私たぶん転移しているよ死ぬんだよって言わなきゃなの?検査を承諾し診察室から出るときには私は普通ではなくパニック手前でした看護師さんが抱きしめてくれて落ち着くまで座っていようねと話してくれました。そこで今日は一人なのか親には話したのか彼はいるのか彼は何と言っているのかなど聞かれました。今年中に入籍予定で子供も考えていた彼は頑張ろうと言ってくれている母には話したくない兄弟はいないと伝えました。ここは大学病院だから卵子凍結とかできるから!!子供をあきらめる必要はないよ彼はすごく優しいねとゆっくり話を聞いて下さり落ち着いたので細胞を取りました。今更ながら触診させて!と先生が左胸を触ると「あぁ~なるほど。えっ!!よくこれで自分から受診しましたね」と驚かれました。でも先生…私何か月も放っていました。あと半年早く来ていれば…細胞を取り血が出るからと圧迫でサラシを巻かれ診察室へ…治る可能性はありますか?と聞くと勿論治す為に診察していますが、もし他の場所に転移していたら癌を抑えていく治療になっていきます。とハッキリ言われました。転移があっても無くても手術は全摘おそらく3週間後には抗がん剤を開始しますので今までのようなライフスタイルでは生活できません。髪も全て抜けます。まめさんの職場はでもそれも受け入れてくれるような所だから大丈夫ですよねと。私の働いている病院は緩和ケア病棟があります。だから先生はそう言ったのですが私は容姿などにはすごく気を使っていたのでそんな私が変わっていく姿を職場の人に見られるのは…辛いです。PET-CTとMRIを来月受ける予約をして同意書に記入して会計へ造影剤等で心停止する方もいてという説明を受け私はその日実際に検査中、心停止した方を見ていました。ドクターハートの館内放送とともに沢山のスタッフが走ってきて1分しない間に患者さんは運ばれて行きました。私は医療機関で働いていて普段、ドクターハートを館内放送する側で訓練でしか放送した事無いので実際にリアルなものを見たのは初めてでした。その出来事はより一層私を恐怖へ連れ込みます。卵子凍結も生理の期間と抗がん剤開始前にしないといけないので明日にでも相談を聞いてとせかされましたが正直私はあまりお金が無いのではい!!すぐに!!とは言えずいくらかかるんだろう…と固まってしまいいつでも電話してと番号を教えてもらい診察室を出ました。血圧を測られ勿論あがっていて少し看護師さんが話してくれて帰りました。同意書にサインがなかなか書けずすごい字でした。手が震えて書けなかったんです。その日のお会計は18,640円…痛い…そしてあとから電話があり計算を間違えたから追加で18,000円ほど頂きますと…PET-CTの日いくら払うんだろう…お金すぐ尽きそうだなぁ減額証もすぐに申請しろと言われ本格的に病人になるんだなぁと。調剤薬局へ抗生剤をもらいに。明らかに泣きはらした私の顔はどこに行ってもぎょっとされ気を遣われます。。ごめんなさい。処方の説明を下さった方も検査ですか?また聞きに来られるんですか?そうなんですね…と優しく声かけてくださいました。終わった時私は彼にすぐ電話をかけてどうしよう!!と泣きつきました。大声で泣きながら転移してると思う死ぬかもしれない全摘される抗がん剤すぐ始まるってママに言えないどうしようママが一人になっちゃうと叫びました。これを打ってる今も涙が溢れます。彼も私の話を聞いて仕事中なのに泣きだしていました。うん、うん、と聞いてくれてまめちゃん、癌になってね余命宣告されても元気になってる人沢山いるんだよティックトックとか見たらそういう人いてみんな明るくて前向きで普通に生活してるよ抗がん剤では髪が抜けちゃうだろうから可愛いカツラ買おう!全摘しても今はきれいにおっぱい作ってくれるから大丈夫再建しようね。だから大丈夫一緒に頑張ろうと泣きながら言ってくれました。まだ就業時間ではなかったのに俺、今から帰るよ早退するからまめちゃん賃貸にいて。と言ってくれました。私は乳癌の疑いがある日からずっと実家にいました。彼と同棲している家には帰らず母と実家で過ごしていました。だけど母に話せないという私の事を考え賃貸にいてと言ってくれました。私は泣きながら賃貸へ久しぶりに帰り母にはラインでリンパが腫れてるからリンパの細胞とったよ今度PET-CTとMRIをするよーと軽い感じで送り彼を待ちました。彼が帰宅さっきは泣きまくっていたのに彼はにこやかに帰って来てそっと私の側で話を聞いてくれました。私の前で泣かないと決めているのが分かりました。まめちゃん、頑張ろうとなんども励ましてくれました。卵子凍結の事など軽く話して彼にご飯を作る気力もなく牛丼を買いに外に出ました。私はゆっくり夜景が観たくなり山へ行って牛丼食べようと提案し行きました。夜景を見ながら彼は食事をしていて私は、子供産めないかもしれないよこのまま私といるの?と聞きました。やっと出てきた言葉がこれでした。私たちは入籍していないので彼は逃げてもいいんではないかと思ったんです。私が子供を産めないと相手の親にも関係してきます。孫の顔は誰でも見たいはずです。病院でも癌をきっかけに別れる人もいると言われた事を家で話していました。「俺は、別れないよ」彼はいきなりこう言いました。私たちは昔付き合っていた事があり1度別れています。「ずっと俺は好きだったのに別れないよ」と「それ今作ってるでしょ」と私は笑いましたが本当にうれしかったです。じゃあ私が死んだら再婚しなよと言ってもしないよと。1番心配で一緒にいたいの母ですが全てを母に背負わせなくてもいいんだと思うと気持ちが軽くなりました。費用だって俺が頑張って助けるよと言ってくれてこれから実際にどうなるかは分からないけどとっても嬉しかったです。帰りに私の実家を覗きにいくとまだ母は起きていて寝ていたら帰ろうと思いましたが賃貸へ再び戻り21:30頃少し寝ようと横になりました。23時ころ帰ろうと思いましたがきつすぎて立てずそのまま寝ることに私はすごく怖くて数分ごとに起きて彼の手を握り彼にくっついてそれでも不安で彼の体の中に入ってしまいたい位くっつきました。そのたびに彼はん?と目を覚まし私を撫でてくれました。何度も起こされきつかったと思います。次の日は仕事だったので朝から体調がマックス悪かったけどこれ以上有休を使えないので頑張って行きました。昼間あまりにもきつくて彼に昨日寝不足になったよねごめんとラインしたら大丈夫だよ全然きつくないよ起きるたびにまめちゃんが横にいてうれしかったよと返ってきてなんて人なんだろうと思いました。勿論良い事ばかりではありませんが今までの事はなんだかさっぱり吹き飛びました。こういう人だから私は彼を選んだんだ。そう再認識しました。私はこれから何年生きて楽しい時間をあとどれくらい生きれるのか