4曲目の「Die Hard」はこのアルバム中でも割と安心して聴ける曲だと思う。ビートもメロディアスだし。
 

 

ラップしてるのは「Mortal Man」と同じく、ファンに向けて「本当の自分をさらけ出しても俺を愛してくれるだろうか」という不安な気持ちだ。

また、アウトローでBlxst「(ローレン)ロンドンのために祈りたい気持ちになる」と歌ってることから、もしかしたらケンドリックのパートナーでアルバムのキーパーソンの一人でもあるWhitney Alfordに向けた愛と、自身の不貞ゆえの葛藤という意味も含まれてるのかもしれない。(Lauren Londonは故Nipsey Hussleのパートナー)

確かに「君のためになら死んでもいい」と言いつつ「俺を批判しないでくれ、愛だけを俺にくれ」と言うような複雑な感情は、恋愛に例える事ができるかもしれない。…なんかBTSっぽいな(単細胞でごめんなさい)。

 

 

「Father Time」については以前他の事と絡めて書いたのでそちらを参照してください。

 

 

「Rich(Interlude)」Kodak Blackの語り。

 

コダックといえば、それこそケンドリックとは真逆のイメージのラッパーかもしれない。というのも、彼についてのニュースがあればほぼネガティブな事ばかり。それこそ彼が服役中だったところをトランプ大統領による恩赦でシャバに出てきたのは有名な話だろう。そんなコダックがアルバムのキーパーソンの一人となっている事に、発表後はかなり批判があったらしい。

 

とはいえ、ヒップホップライターの池城美菜子さんが言っていたのは、確かにコダックはめっちゃ逮捕されているが、普通は捕まるはずもない軽い罪で逮捕されまくっているので「ヒップホップ・ポリスは必ずいる」という事だ。ヒップホップ・ポリスとは、ギャングスタなアピールをするラッパーを監視し、チャンスがあれば難癖をつけて捕まえる警察のこと。

 

 

そういえばコダックはフロリダ州のラッパーである。フロリダといえば、アメリカ政治に疎い自分でも知っているアメリカで最も保守的な州で、もちろん共和党の勢力下にある。現在フロリダ州知事を務めていて次期共和党大統領候補と言われているRon DeSantis氏は「トランプよりヤバい」と言う人もいるくらいだ。フロリダが特別黒人差別がひどいかどうかはわからないが、少なくともトランプさんやそれよりヤバいデサンティスさんの支持者には、差別的な思想を持ってる極右団体もいるはずなので少し気がかりではある。

 

自分はそんな話や曲を聴いた後、厳しい環境の中で自分なりに必死に生きてきて成功を掴み、名声を得た今もフッドを大切にする「ビッグ・ステッパー」なコダックのイメージも新たに抱いた。確かに、悪行を積み重ねてきたとしても、決して根が悪人というだけでなく、自分を信じ、フッドへの愛も忘れない、というのは今作で語られる「本当のケンドリック」と重なる部分があるかもしれない。そして、以前の自分のようにコダックについて一方的な情報しか知らず悪い印象しか持ってない人が多いことを知って、リスナーを試すために意図的に客演に招いたのかな?と思ったりした。

 

実は他にも二人には共通点があって、Black Hebrew Israelitesの思想を信仰している事だ。

 

 

最近だとNBAスター選手のKyrie Irvingが問題を起こした件で自分も本格的に知った思想で、要は「黒人(やその他有色人種)は古代イスラエル人の末裔、神に選ばれし民族である」という思想だ。その中には反ユダヤ主義的思想も含まれるが、とりあえずケンドリックやコダックはそこまで深入りしているわけではなさそう。

ケンドリックがこの思想を取り入れた作品が「Damn」で、「Fear」のアウトローではケンドリックの従弟がBlack Hebrew Israelitesについて語っているので、ぜひお聴きくださいませ。

 

 

そう考えると、コダックの客演というのはむしろ当然というか、ピッタリだと思える気もする。俺たちが無知であっただけなのかも。だとしたら俺も罪深いか。

 

 

続く「Rich Spirit」は、静かなトーンながらもバウンジーな浮遊感のある曲。

 

 

浮遊感、というのは歌詞にも表れてる気がして、なんというか、目を閉じて思考を巡らせているような曲だ。曲名の通り心の豊かさについて歌っている…んだけど、どっちかといえば心の豊かさにについて考察しているような曲、かなぁ?

自分の心がリッチであるとは言いつつも、稼いでまっせ的なボーストや、フックは「お前の事を(ディス)曲にする前に俺をからかうのをやめろ」という強烈な攻撃をしているし。あとラストヴァースで「誰かが死んだ時にお前が本当に祈る事を願っている。『ご愁傷様です』って(Twitterの)タイムラインで言った方が見栄えいいよな」という皮肉も強烈だ。

最近日本でも誰か死んだらR.I.P.(Rest In Peace)ってみんなつぶやいてトレンド入りするじゃないですか。個人的にそれ大嫌いですねん。海外の有名人の訃報に対して使うなら少ーしわかるけど、日本人ならお悔やみくらい日本語で言えよ、って思うのと、これも結局いいね!稼ぎでしょ?と思う。交流あった人同士ならわかるけど、わざわざお悔やみの気持ちつぶやかなくてよくない?茶番くさくて嫌いなのだ。このライン聴いてケンドリックも同じ事思ってるーと思ってなんか安心した。

話は戻って、そんなパッシグアグレッシブっぽい歌詞はまだセラピーセッションを受ける前ゆえで、リッチな心を目指して思考をめぐらせている途中だからなのかもしれない。

どころでこの曲ではところどころでEckhart Tolle用語が出てくる。うーん、今度読んでみようかなぁ。

 

 

そしてPVが素晴らしい。全て家の中で撮影されていて、豪華な家具やら置物やら衣装に包まれた空間で、まさしくタップダンスのように、行き場のないように家の中をドコドコ動き回る。線の切れている電話で会話したり、真っ暗な部屋の中で体育座りして一人でコーヒー飲んだり、鏡に何重にも映し出された自分に向かってラップしたり…。この曲及びアルバムを反映した素晴らしいPVだと思う。

確かに彼が身に着けている服飾品や家の中の美術品は高価で豪華かもしれないけど、なんとも寂しい気持ちになってしまうのはなんでだろう。

 

 

 

そして問題作「We Cry Together」。最初聴いたときは武藤遊戯のセリフを口に出してしまった。これは…曲…?

 

 

「怒ってる黒人にビートをつけたらヒップホップになった」って有名動画があるけど、まさにそれだ。

 

 

本当に生々しい(らしい)男女のケンカの後ろに流れるビートがThe Alchemistって豪華すぎん?Fuckだらけ、男女ともにBitchだらけ、Nワードだらけ。ちなみに客演はラッパーではなく俳優のTaylour Paige。彼女の事は存じ上げてなかったけど、ハスキーボイスが素敵…とこの曲で言っていいんだろうか。

 

この曲にコンプライアンスなどない。「お前生理かよ?カリカリしやがって」とか「偽フェミニスト野郎」とか「お前が男らしくないからビッチどもはオンナとヤるようになるんだ」とか、公の場で言ったら謝罪級の暴言ばかりが含まれている。しかし、もっと驚きなのがラストでは結局ムラムラしておセッセを始めてしまうところだ。直前まで「お前とはもう終わりだ!」とか言ってたのに、いきなり甘い声で「ねぇヤってよぉ///」とおねだりする女性と、ノリノリで応じる男性…。なんというか、男性に対しても女性に対しても、おいおい…という呆れというか苦い表情をしたくなる結末だ。

冒頭と最後のナレーションがキモになってて、冒頭では「今の世界はこんな感じ」というナレーションが入る。あー、確かに言われてみれば、表面的には愛と平和を望む世界なのかもしれないけど、それこそネットとか日常生活とかなら罵詈雑言だらけだよなーかつ筋違いな罵詈雑言自分の言いたい事だけまくし立てる感じもあるよなー特に男女ではこういう感じなのかもなーと思った。男女平等!と言いつつ、女性は男性に対して凝り固まった感情を持っているし、逆に男性も同様だ。

ただ、女性側が「お前が情けないからトランプが大統領になったし、Harvey Weinsteinがあんな奴なのもお前のせいだ」と男性的にギクっとするような事を言った反論で男性側が「R&Bビッチが互いにフィーチャリングしないのは何でだ?」など取り留めのない女性への攻撃をモゴモゴ喋るのは、なんでも男のせいにすんなよ!と思いつつもやっぱり俺たち男って正当な理由なく女性を低く見ようとしてるところがあるのかなぁ、なんて思った。

とはいえ女性側も最終的にムラっ気を起こしてしまうので、なんともやるせない。そして最後のナレーションは以前にも書いたけど「喋ってる最中にタップダンスするのはやめて」だ。文字通りドタバタ劇である。しかしそのドタバタ感こそまさしく今の世界、特に男女の世界の縮図がこの曲なのかもしれない。

 

ところで劇仕立てになっているPVも、「Rich Spirit」よろしく家の中をウロウロしながらケンカする様子が撮影されているんだけど、最後のシーンで実はその家はスタジオに作られたセットだった、というオチもこれまた曲のコンセプトを的確に表していてニンマリした。ちなみにPVにはオッパイバージョンもあるので興味のある方はご自身で見てください。

 

 

Big Steppersサイドラストは「Purple Hearts」。オールドスクールなトラックに、客演がなんとWuTang ClanGhostface Killah。とSummer Walker

 

前曲が反映されてて、基本的には女性に対する愛、もしくはもっと普遍的な愛についてラップしている。キーワードの一つがソーシャル・ディスタンスで、てっきり日本でしか使われてない言葉だと思ったらちゃんと英語圏でも使われてるのね、なんて思った。

 

ケンドリックは女性というかホイットニーへの愛情を酔っ払いながらラップする。反面、ラッパーや他の女性とは一定の距離を保って接しており「言われなくてもこれまでの人生ずっとソーシャル・ディスタンスだった」という、世界一のラッパーなのになんか物悲しくなるラインをラップしてる。そしてこの曲でも「奴らはダブル・タップの『いいね!』で人生を判断する。残念な奴らだ、そのうちオシマイさ」とInstagramのいいね!を用いて承認欲求/クラウト・チェイスの空虚さを批判している。

 

サマーウォーカーは女性視点で、男性に対して一定の距離を置いて接して欲しい、と歌っている…んだけど、これまだTDEにいるならなんでSZAにやってもらわなかったんだろ…?という疑問が。歌詞のテーマ的にSZAが歌ったらシックリ来そうだったんだけど…なんかTDEもすっかりきな臭いレーベルになってしまった感がある。個人的にSZAの最新作「SOS」「Ctrl」よりは全然ハマらなかったかなぁ。「Gone Girl」とかめっちゃ好きだけど。

 

 

 

そしてGFKは普遍的な愛をラップ。GFKをしばらく聴いてなかった人としては、彼ってもっと速射砲でラップする人じゃなかったっけ…?と思ってたけど、20年くらい前の話と今を比べちゃいかんよね。それにしても、ちょうどビートもブレイクダウンしてメロウになる場面で泣きのラップを披露されると心が揺さぶられる。ビルボードが選ぶ史上最高のラッパートップ10は伊達じゃないぜ。

 

 

これでBig Steppersサイドは終了。振り返ってみると、Mr.Moraleサイドからエックハルト・トールが登場して本格的なセラピーセッションが始まるんだけど、Big Steppersの方もセラピーっちゃセラピーな気がして(実際「Count me out」の冒頭では「セッション10」とアナウンスされるけど)、もっと身近なセラピーというか、家族会議みたいなもんかなぁ。罵りあいを経て最終的に女性/ホイットニーへの愛・感謝に気づくというのも、ケンドリックなりの複雑な事情はあれど、結構身近に感じる事ができるテーマだったように思える。それこそMr.Moraleサイドを聴いた後では。

 

ここで終わる話なら一般的だったかもしれないが、驚くのはこれがMr.Moraleサイドへの前フリ、伏線である事なんだよなぁ。ここからケンドリックが踏み入るのは、自身のかなーーりディープな精神世界。

個人的には驚きの連続だったMr.Moraleサイドが幕を開けるのでした。