2019(平成31)年2月17日(日)
今月の7日のブログで取り上げた
白米城(阿坂城)の狼煙の白米城に行ってきました
白米城は伊勢国一志郡阿坂(現在の松阪市大阿坂町)にかつて存在した城で
南北朝時代(1336~39)から
国司北畠氏(居城は一志郡多芸城(霧山城)の重要な拠点でした
登山口は数か所ありますが
一番整備されている浄眼寺(じょうげん)口登山道から挑戦です
無料ⓟ 10台ほど トイレもあります
北畠氏の菩提寺浄眼寺の境内脇に登山口があります 10:38分
白米城(枡形山、標高312m)には片道2km
通常40分初級者向きと言われていますが…
確かに登山道は綺麗に整備されています 一町(109m)
急な上りが続きますが意気軒高です
一町を過ぎると舗装道ではなくなりますが
道は整理されています
要所に道標もあり整備されています
小野口からの登山道と合流します 10:45分
ここらで四町(436m) 約五分の一です 10:47分
徐々にペースダウン
この時期ですがタオルが必要です 五町(545m) 10:49分
残り1,4km (四分の三) あと30分の標識
七町(763m) 10:54分
手軽な山登りであるのか
スイスイと軽やかな足取りで上る人に出会います
日頃の不健康な生活で足腰がガクガク、呼吸もゼーゼーです
九町(981m) 11:03分
白米城まであと1,1km 20分の標識
降りてくる人に出会います 11:05分
ちょうど中間地点で通常20分のところを30分費やしています
無理をせず休憩します
道標に大杉とありますがこの木でしょうか
しばらく休み再スタート
10町(1090m) 11:10分
11町(1199m) 11:14分
阿坂 豊池 地区の街づくり協議会の方々が樹木の名を記されています
十二町(1308m) 11:18分
十三町(1417m) 11:20分 前方が明るくなってきました
白米城跡まであと600m 15分の標識です
ここで薬王寺コースと合流です 11:21分
もう少しですが上りがきついです
十四町(1526m) 11:29分
白米城まであと10分 残り四分の一です 11:29分
通常30分のところ50分要しています
前方にこんもりした小山が目に入ります
椎之木(しいのき)城跡と記されています
白米城(阿坂城)は南郭と北郭からなり
南郭は東西24m南北30mの台状地で北郭は70m四方の台状地で
二つの郭は250mほど離れています
南郭を白米城と言い、北郭を椎之木城といい
椎之木城の方が規模も大きく新しくこちらが主郭であったと思われます
左の小山に入ります
絶景かな
伊勢湾と津市方面が望めます
小山から細長く続く台地上に足を延ばします
その先には山々が
左には南郭の白米城の碑も眼の前に
少し目の保養をしました 先に進みます
何の芽か 保護されています
十七町(1853m) 11:47分
視界も広がってきました
枡形山山頂まであと少しです
十八町(1962m) 11:49分
この左の小山の上が頂上です
最後の坂段を上ります
坂の途中に十九町(2071m)の標識がありました
今まで見上げていた白米城の碑に初登頂しました 11:53分
90分(人の倍)かかりました
ここで馬の背にコメを流したのでしょうか
360度のパノラマです
眼下に昔、狼煙をあげたところ その先が伊勢湾左が津港 右が松坂港
晴れた日には富士山も眺望できます
北側の嬉野方面の山々は
太陽光パネルがひしめき合っています
いつも眺めていた白米城の目印の碑です
汗をかき苦労した甲斐がありました
この前の狼煙はこの広場で挙げられました
下山しましょう 12:08分
帰りは阿坂ルート(阿射加神社)をとろうと思いましたが
道幅も狭く動物(猪、猿)に出会う恐れもあり
急遽引き返し再度浄眼寺コースを下ります
行き道に見た椎之木城の土塁です 12:28分
ここは四分の三地点
帰りは行きに較べれば楽です 12:34分
白米城登山は手軽なのか頂上で2名
行き帰り 合わすと20名ほどの人と出合いました
皆さん健脚であいさつの言葉も生き生きされています
十三町地点 12:40分
中間地点の大杉の辺りで12:50分 ひと休み
生命力のたくましさを感じます
ここから先は砂利道となります 12:54分
杖を持っていけばよかったです
しんどかった四分の一地点 13:02分
砂利道です 13:08分
二町を過ぎると舗装された道に変わります 13:15分
ここらの岩肌は粘土質が多いです
登山道口に戻りました 13:19分 帰りも70分を要しました
略図です
阿坂城(白米城)史です
疲れました