今まで、ほんとに強運だったと思う。
こんなクズ人間なのに、人からほんの少しでも愛されていたんだからね。
だか らやりたい事をやれたし、今もやらせてもらえてる。幸せだよね。
私はいつ死んでもいいと思ってて、でもそれは「太く短く生きたい」ってことではなくて十分幸せだったから。
もちろんこれから先もっともっとたくさんの幸せと不幸に出会うと思うし、特に幸せはとっても楽しみだけど、もし今死んだからといって未練は無いかな。
殺された場合だけ復讐したいけどwあぁあと、幽霊になって遊んでみたいっていうのはあるけどww
とにかく、「死」ぬこと自体は何も怖くない。怖いのは、病気とか事故の苦痛だけ。
「死」そのものはむしろ安楽でしかないと私は思ってる。何故ならそれは一つの大きな束縛からの解放だから。
私は惰性や慢性を何より怖がるから、余計そう感じるのかも知れない。
じゃあ何故、神様は「死」と「苦痛」を隣り合わせに置いたのか。結局それは解放という名の救いへの試練なんじゃないかなって思う。
神様が規定したのかどうかは分かんないけど、「楽」の前には「苦」が存在する。それは大なり小なり程度はあれど、ほんの短い人生の中ですら証明された事実なのだ。
ただし私の定義するそれは「苦痛」からの解放ではなくて「恐怖」からの解放になる。
続くかな?
こんなクズ人間なのに、人からほんの少しでも愛されていたんだからね。
だか らやりたい事をやれたし、今もやらせてもらえてる。幸せだよね。
私はいつ死んでもいいと思ってて、でもそれは「太く短く生きたい」ってことではなくて十分幸せだったから。
もちろんこれから先もっともっとたくさんの幸せと不幸に出会うと思うし、特に幸せはとっても楽しみだけど、もし今死んだからといって未練は無いかな。
殺された場合だけ復讐したいけどwあぁあと、幽霊になって遊んでみたいっていうのはあるけどww
とにかく、「死」ぬこと自体は何も怖くない。怖いのは、病気とか事故の苦痛だけ。
「死」そのものはむしろ安楽でしかないと私は思ってる。何故ならそれは一つの大きな束縛からの解放だから。
私は惰性や慢性を何より怖がるから、余計そう感じるのかも知れない。
じゃあ何故、神様は「死」と「苦痛」を隣り合わせに置いたのか。結局それは解放という名の救いへの試練なんじゃないかなって思う。
神様が規定したのかどうかは分かんないけど、「楽」の前には「苦」が存在する。それは大なり小なり程度はあれど、ほんの短い人生の中ですら証明された事実なのだ。
ただし私の定義するそれは「苦痛」からの解放ではなくて「恐怖」からの解放になる。
続くかな?