むん子の『うちの三姉妹の場合』起立性調節障害と色々と、、、 -17ページ目

むん子の『うちの三姉妹の場合』起立性調節障害と色々と、、、

三姉妹のずぼら母 むん子 日々迷走&奮闘中!!
起立性調節障害にかかってしまった娘たちに振り回されながらもあんまり頑張らずマイペースにやっております。



次女は現在通信制高校の一年生。

中一から起立性調節障害と付き合っています





次女は今、高校の文化祭に向けて

準備をすすめています。

そして家に帰ってくるたびに消耗しています。



規模的には大きくない通信制高校。

一年生は2クラス。

クラス内で3つのグループに分かれて、射的とかクジとかそれぞれやりたい事をやるらしいです。


グループ分けは自由。

仲良し女子グループの子たちは早々に固まり、

楽しく準備を進めているそうです。


次女は流れで男女寄せ集めなグループに

所属することに。

学校には色んなタイプの子がいますが、

通信制高校という学校の特性上

コミュニケーションが苦手な子の割合は多いです。



メンバーが集まったものの、

次女のグループは、話が進まず

場は水を打ったように

静かだったといいます。



次女はリーダータイプではありません。

どちらかと言えば、サポートする方が得意。

しかし、このグループに場を回すような

メンバーはいません。


何も話が進まないまま

ただただ時間だけが過ぎていきます。

そんな状況に

この上なくイライラしてしまう次女。


しびれを切らした次女は不本意ながら、

グループの舵取りをするのでした。


みんなの意見を聞こうと話し掛けてみても、

おとなしめ女子からの反応は返って来ない。

仲良し男子2人組は別のことで話し込んでいて

話し合いに加わる気配すらない。

場面緘黙症と思しき男子には無理はさせられない。他にもメンバーはいますが、

完全に次女に依存なのです。


半ば強引だったかもしれませんが、

このままでは埒が開かないと思った次女は

自ら大枠を提案し、それに沿って

準備を進めることにしました。


内容と役割を決めるのも次女。

分担をメンバーに割り振るのも次女。

進んで協力してくれる人も

意見を出してくれる人も

このグループにはいません。

次女が指示を出さなければ、

誰1人として動かないのです。



最年少の若い担任は忙しく、

ずっと教室にはいません。

次女のグループの状況を

把握してはいないでしょう。



翌週の文化祭の準備の日、

次女は体調不良で欠席をしました。

ガチの風邪でした。




そして1週間。

病み上がり久々の登校。




案の定、準備は思ったように

進んでいませんでした悲しい




先週休んだ次女に、周りは

『次はどうしたら良いか』

『何をしたら良いか』と聞いてきます。


準備の遅れに気付いた担任も

手伝おうとしますが、

他のメンバーと同じように次女に

指示を求めるのでした。



私にばかり聞かないでよ!!

先週いなかったんだし!

私だってわからないよ!!

前回いたメンバーで相談して

進めている事はないのかよ???おーっ!



休んだ手前、そう言いたい気持ちを抑え、

言葉を飲み込んだ次女。




相変わらず男子2人組は

準備を間に合わせる気がなさそうです。

担任がそれを注意することもありません。



次女のピリついた空気感に気付いたのか、

『あの男子たちホントに何もしないねむかっ

次女にベッタリ依存のもう1人の女子が

そう言いました。


は?


今まで

何の提案をすることもせず、

自分に指示だけを求める

オマエも同罪な!



これも口に出す事なく次女は飲み込んだのでした。

次女はメンバーに資材の買い出しや装飾作りの

指示を出し、

自分はYouTubeを参考に

ブースで使う、とある装置の制作に取り組みました。


やらなきゃいけないことは共有している

はずなのに、

なんでみんな自分で考えて動いてくれないのだ?

準備をしたくないわけじゃない。

みんなで意見を出し合って、協力しながらやりたいだけなのに。

このメンバーにそれを期待するのは

間違ってるのだろうか?


指示を出す言い方がキツくなってきてるのも

自覚している。

もはやみんなに見えていた次女のイメージとは

別人になっているかもしれない。

でも本番は近づいていて、

とてもいつもの穏やかではいられないのです。








ふと、次女が小学校の頃を思い出しました。


クラス内には毎年、活動の度にサポートが必要な子が1〜2人いました。

席替えをしても、次女は何故か

よくその子の席の近くになりました。

準備に手間取っていたら手伝ってあげるし、

授業についていけなそうだったら声を掛けたり、今やっているページを教えてあげる。

教室の外であっても、困っている子がいたら

手伝うのが当たり前だと思ってやっていました。


けど、気づけばなんとなく

みんなの中でその役は次女のもの。

次女がやる仕事。

次女がやってくれるから、

自分達はやらなくていいや。

そんな雰囲気が広がっていました。


次女自身も無意識に

その空気を背負うようになっていった

と思います。

やりたくてやっているわけではないけれど、

やりたくないわけでもない。

近くにいるのがたまたま自分だから

やらなくてはいけない気持ちになっていたのです。



次女は段々消耗していきました。



当時の担任は

『次女さんは、困っているお友達がいると

率先してお世話をしてくれて、本当に助かっています。とても優しいお子さんです。いつもありがとうございます。』と褒めてくれました。



そうなるように

先生自身が助かるように

仕向けているくせに???

素直に受け取れず、

少し穿った見方をしてしまう私。



次女の優しさや善意が

搾取されている。


そんな気持ちだったのです。






次女から文化祭準備の話を聞いて、

昔のそんな出来事を思い出してしまいました。

何かその当時と同じような気持ちが

蘇ってきたのでした。




なんで、誰も

もっと主体性を持ってやろうとしないんだ?


なんで自分がグループを引っ張らないと

いけないんだ?


なんで協力してくれないんだ?


そもそもグループの決め方からして

おかしいんじゃないか?



学校から帰宅する度に

次女から漏れ出る不満。



これも次女にとって成長過程に必要な試練だと

思いつつも、

このままでは良くないなとも思うわけです。



せめて担任の先生には、

次女が消耗している現状を知ってもらいたい。



モンペと思われたら嫌だけれど、

次女を都合よく使われるのはもっと嫌。



担任に話をしようかどうか

迷う私がいます。