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桃沢もりこのブログ

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日付も変わったので、なんと今日からミュージカル薄桜鬼 黎明録が始まりますよ。まじか~
というわけで、いろいろ書き溜めてはいたけどちゃんとまとめられていなかった薄ミュ平助篇の感想を、なんとかまとめてアップします。ちなみに昨日はDVD発売日でしたがまだ買えてません(T . T)



見れば見るほど考えさせられた藤堂平助篇。
考察というほど大それたものではありませんが、いろいろと自分の考えたことを書きます。
またしても長くなるので以下略


■藤堂平助

今までは、明るくてちょっとお馬鹿な最年少幹部ってだけだった平助が、今回、主役だからもちろんなんだけど、ものすごく深いところまで掘り下げられていた。

北辰一刀流での話で、その場所から離れることを選んだ平助だけど、土方さんとか沖田とか新八とかだったら、きっと文句あるやつはかかって来なって言って、金の力で~なんて言ってるやつらを実力でねじ伏せる、納得させるようなことをやりそう。左之さんはどうだろう、でも新選組のメインの人たちはみんなそんな感じがする。斎藤さんなんてまさに、左構えに文句を言ったやつらは結局俺に勝てなかったみたいなこと言ってたし。
でも平助はそうしなかった。悔しいっていうか悲しくなった、それで自分から離れる道を選んだ。

沖田も斎藤さんも、みんな自分の生きる場所を新選組に見つけてたけど、平助は場所というより居場所を求めていた感じがした。隠し子として生きてきたからこそ、人との繋がりをすごく求めている感じ。愛したいし愛されたいけど、愛することに臆病。J-POPか。

そういう幼さみたいなものが、原作で平助ルートをプレイしたときになんとももどかしくて、平助ルートをあんまり好きになれなくて。どうしても、強さがあってはっきりと芯のある土方さん、沖田、斎藤さんの方が魅力的に見えてしまった。でもそれは、現代を生きている自分が千鶴の目線から見たからであって。
新選組と同じ時を過ごしている千鶴と共に歩んでいる平助は、その弱さや幼さも含めて、ものすごく魅力的だった。
平助ルートではなく、藤堂平助篇に昇華されていた。
それはきっと、池田純矢という役者があってこそであり、ミュージカルにする意味なんだなあ、と。
やっぱりほんとに、毛利さんは変態だなぁ。ありがとう。褒めてます。


■山南敬助

今回の藤堂平助篇は、ある意味で山南敬助篇だ。
羅刹となった2人が、全く違う、対照的な道をそれぞれ歩んでいくストーリー。山南さんが闇に落ちるほど、平助と千鶴が輝く。

いつだかのカーテンコールで、味方が山南さんを演じるのが嫌になるって言っていたけれど、それほど平助篇の山南敬助は深く重く辛く悲しい。歌の表情や声の一つ一つに、苦悩が滲みだしているなあ、と感じた。
原作の山南さんって、割と常にゆっくり落ち着いて話してて、笑顔の仮面を被って腹の中では何を考えてるんだ?って印象だったんだけど、ミュージカルの山南さんはすごく人間味があった。

初めて羅刹を斬ったあと、「俺や一くんが薬を飲むことになるかもしれないんだぜ、それでも平気なのかよ?!」と言う平助に、「平気なわけないでしょう!」と返す山南さんの苦しそうな声がすごく耳に残っている。
進むべき道のために使えるものはなんでも使うところが、山南さんは平助よりも土方さんとかに近いのかもなあ、とも思う。平助篇では平助と山南さんの対比が描かれているけれど、本当に紙一重だったのは、土方さんと山南さんだったりして。


■「ここでは誰も、家柄も経歴も気にしませんよ。」

M2の後の、平助と山南さんのシーンでの山南さんの台詞。
これが本当に平助篇の真実なんだよね・・・
新選組は、その人そのものを受け入れてくれる。でも、「理不尽な運命」に翻弄されて、それが見えなくなる。平助は、千鶴が側にいてくれることで、見失っていた真実を取り戻して、そして信じることができた。
山南さんは、この真実を見失ってしまった。新選組の人たちは、誰も気にしていなかったのに。見失ってしまったから、千鶴の心からの言葉も「あなたがかけた形だけの慰めの言葉」になってしまった。
本当に、この台詞はすごく、ものすごく深い。


■「それでさ、いい話持ってきたんだ!」

平助がやっとみつけた試衛館という居場所。それを守りたくて、合図藩の浪士隊の話を持ってきた、ってことでいいんだよね?
浪士隊の話を平助が持ってきたってことが、その後の展開の中でずっと平助に影響を与えてるんじゃないかなあ、と。
初めて羅刹を斬ったあと、羅刹の研究なんてやるべきじゃない!と言う平助に、山南さんが新選組のためには今は受け入れるしかない、と言うところでも、きっと、俺が浪士隊の話なんて持ってこなければ・・・という思いがあったと思う。


■「あんたは今まで通り総長だ」

新選組の屯所を西本願寺へ移す話のところ。

「新選組に新しい参謀が入って、いよいよ私はお払い箱ですか」と言う山南さんに、土方さんは「あんたは今まで通り総長だ」と答える。
「あの薬を使う時が来るかもしれませんね」と言う山南さんに、土方さんは「そんなことは絶対に許さねえ」、沖田は「本気で言ってるの?」と答える。
「仮に私が隊規を犯して切腹を命じられたとしても、薬を飲む道は選ばせてもらえないのでしょうか。あの時のように。」と言う山南さんに、沖田は「山南さんの好きにするといいよ、もし狂ったら、僕が首を跳ねてあげる。初めて羅刹を切った時のように。」と答える。

じわじわと精神的に追い詰められていく山南さんと、左腕が動かない山南さんでも、そのままの山南さんを必要としている新選組。

平助と山南さんの対比が描かれている平助篇、二人の違いは千鶴がいるかいないかだと思っていたけれど、本当はそうじゃないのかもしれない。平助を支えたのは千鶴だったけど、山南さんにも、土方さんをはじめとする新選組のみんながいたじゃないか。例え戦えなくても、羅刹になっても、山南さんを必要としてくれる存在が。
それを信じられなかったところが、平助と山南さんの運命を分けた決定的な違いなんだよなあ、と。
平助と千鶴は恋愛感情もあったから、信頼とか自分の存在意義とか、そういうのを信じやすかったのかなあ、とも思ったけど、でも試衛館時代から長年培ってきた新選組の絆って、恋愛なんぞに負けるようなものだったのかなーと少し寂しくなった。けど、土方ルートの山南さんは新選組を思って行動して、最後まで狂わなかったことを考えると、むしろ平助に千鶴がいたことによって山南さんはより追い詰められちゃったのかもしれない。自分とほぼ同時期に羅刹になって、同じような境遇のはずなのに、平助には千鶴がいる。でも自分には誰もいない。そんな思いが、より山南さんを狂わせてしまったのではないか。だから、お千ちゃんを嫁に、羅刹の姫にしようとしたのかと。
そう考えると、やっぱり二人の違いは千鶴がいるかいないか、なのかなあ。
こうなると、山南ルートを作って欲しくなる。山南さんにも幸せになって欲しい・・・。



多分明日にはDVD引き取りに行ける・・・と思うので、そしたらゆっくりDVD見ながらシーン毎の感想とかも書きたいなあ・・・
一応ちまちま書いてはあるけれど、ポンコツな記憶頼りなんで・・・

さて今日からの黎明録は初日と東京楽に行く予定ですです!楽しみだーーー!