リア充という言葉を、たまに聞くことがあったが、
今日はじめてウィキペディアで調べて、その意味を知った。
リアル(現実)の生活が充実している人物、ということみたい。
こういう言葉ができる背景には、
ツイッターやブログで、他人の生活を次々と見れるからだと思う。
なにかの文章で、友人や知り合いのフェイスブックを見て、
自分の生活のつまらなさぶりに落胆するとともに、嫉妬して、
なんとか一日の中で素晴らしいイベントを作ろうとしてしまう傾向がある人が増えている、
というのを読んだ。
わたしは、このブログは書くとしても、素性は明かさないし、
ツイッターもフェイスブックも、その他のSNSにも参加していないので、
そうした焦燥感を掻き立てられる機会はない。
そもそも休日は、いつも、かなり必死にこなしている。
休日といっても、仕事柄、完全な休みにはならないので、
土日の時間は、平日を無事に生活できるための、
周りの環境の整理と自分の体調の調整につぎ込まれるのだ。
平日の夜、仕事を終えて家に帰った時、
家の中がざっとしていると、余計に疲れが進むような気がする。
ためこまれた洗濯物や、たまった食器を見るのも同じく。
あとは、お昼の弁当も含めて自炊をしていて、平日の帰宅は遅いので、
休日に一週間分の食料を買いこまなければならない。
それも、近所のスーパーではなく、
産直市場の、ぷりぷりした野菜でなくては、仕事をする上での体の支えにならない。
こんな日々を送っているので、
たまに、飲み会があったり、遊ぶ予定が入ると、
「まずい、風呂掃除、いつしよう」とか、
「帰りに道の駅によって野菜を買う時間あるかな」などと、なるのである。
みんなが当たり前にしている衣食住のこと、
それを充実(というかキープ)することが、
私にとってのリア充。
必死なリア充。