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金曜日+お仕事の宣伝っす、NHK「東京カワイイ★TV」

久しぶりの上京。最近めっきり電車にも乗らないので、多摩川の向こうに行ったときには「お江戸はどうだったい」とまで言っている私とAさん…。2ヶ月前まで渋谷で仕事していたというのにこの変わりよう。


電車も1ヶ月ぶりじゃ。相変わらず混んでるのー。と、ふと隣を見たらピンクのタオルを頭に巻いて、ズボンに大きなカッターナイフをぶら下げているヒゲの男がいた。単純に怖いので、次の駅で降りてスタコラ2両移動する。いやほんと、せちがらい世の中っすよ。そもそもナイフ持って歩かないで!このご時世に。


さて、最近、ありがたいことにイラストのお仕事いただきました。イヤッホー。


NHKの新番組「東京カワイイ★TV」(4月2日スタート/総合24:10-24:39)のケータイサイトのオリジナルコンテンツ「カワイイ★診断 あなたのガーリー度チェック」で、アバターと1コマイラストを描いてます。ゴスロリっ子の絵です。まさやんとゴスロリ…遠すぎとか言わずに、頑張って描きましたので是非見てください。診断の最後にはイラストもダウンロードできるそうです。よ、よろしかったらあなたの携帯をゴスロリっ子で彩らせてください。あ、もちろん無料のサイトです。まだまだ色々な○○度診断が展開する予定なので、新作が出たらまたここでお知らせいたします。ちなみに私のガーリー度は30%でShyガールだヨ~ン☆(やけっぱち)


http://www.nhk.or.jp/kawaii/mobile/index.html

ここで、そのコンテンツの一部が見られます。


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月曜日

シーザーとの絆が結ばれつつある…!


今までお母さんの家では毎晩鳴いて寝床にうんこをしまくって(普通犬は自分の寝床を汚すのは嫌がるのに)迷惑をかけていたシーザー。獣医さんに相談したところ、「それは、鳴いたらお母さんが来てくれる、うんちをしたら

お母さんが電気をつけて片付けてくれる、それを見られる、って甘えているんです。だから、一切無視するのが一番です。鳴いても何もないってことを分からせないと」とアドバイスをもらった。そうだよな、と思い、最初の二日間は心を鬼にして鳴いても暴れても一切顔を見に行かなかった。


そうしたら、シーザーも「夜は呼んでも来ないんだ」「むしろクレート(小さい小屋)は安心して眠れる場所なんだ」と理解したらしく、今では自分が寝たいときには自らクレートに入って「閉めてよ。おいら寝るよ」という顔をするようになった。おお…シーザー、大人の階段を一歩のぼったね(感涙)。もう朝も5時半に起きることもなく、私がまちまちな時間に起こしても文句も言わなくなった。絶対いつかは出してもらえる、ご飯をもらえるから待ってよう、って思えるようになったんだな、きっと。


で、さきほど、シーザー自ら「もう寝るでよ」とクレートに入ってから1時間、きゅーきゅーと鳴きはじめた。おかしい。もうクレートがイヤなはずはない。これは私が試されてるんじゃなくて、何か困ったことがあるから…?そうでなきゃもう鳴くはずがない、と思い、うちに来てからはじめてシーザーのSOSでクレートの扉を開けてみた。そしてトイレに連れていって、「おしっこしな」と言ったら、素直にジョーとした。そうなんだね…!トイレに行きたかったのね…寝床を汚したくなかったのね!分かったよ、あんたの困った声が分かったよ、あたい!そして犬の本能がちゃんと機能してきたね!良かったね!スッキリしたシーザーは今度は静かにクレートの中ですうすうと寝ています。


私がシーザーに教え込もうと思っているのは「私は絶対そばにいるから、あんたは自由にしてなさい」という気持ち。シーザーは極端に孤独や変化を怖がった。ちょっと異常なくらい。7ヶ月もペットショップに居たけど、もしかして一度誰かに飼われていたけど捨てられたのかなあ、という過去を感じるくらい、人間不信なところがあった。


お母さんは沢山歩くのは難儀なのでどうしても散歩がおろそかになる。そうすると子犬のシーザーはストレスが爆発して夜騒ぐ。お母さんは犬を今まで飼ったことがないので、どうしても心配で鳴けば様子を見ることが愛情だと思ってしまっていた。一人にするとギャン鳴きするので、お母さんは買い物にも出られなくなってしまった。Aさんと私から、放っておくほうがお母さんのためだし、シーザーのためなんだよ、と言ってもどうしても実行にうつせない。


で、お母さんに甘えきったシーザー。もっと言うと、お母さんをなめてしまった。シーザーは人間にちゃんと厳しく律してもらっていないし、犬らしく生活を楽しめなくなってしまった。シーザーと一緒に来た木製サークルには二箇所のかじり跡がある。見るたびにストレスでかじっちゃったんだなあこれ、と可哀想に思う。


で、さすがに眠れない、出かけられない、のお母さんからギブアップの声があがって、うちで引き取ることになったのです。まあ、シーザーをプレゼントした時点から何かあったらすぐに私たちが面倒みる、とは決めていたから全然いいんだけど。


シーザー、変わりつつある。

私がちょくちょく家から出ていっても、ちゃんと「戻ってくるもんね」と信用して黙って待っていてくれるし、

いけないことをした時に厳しく怒られたらすぐにやめるようになった。シーザーを私のコマンド通りに従う犬にしたいんじゃなくて、私とAさんを信じて、「自分は絶対的に愛されてる」と思って不安な気持ちにならずに好きに過ごしてほしい。


実家では今までに3匹が死んだので、犬の寿命も最期がどんな風になるかも知っている。あれは本当に辛いけど、いつかシーザーを看取らなきゃいけない(いやまだ1歳だけど)。それを思うと今から猛烈に悲しくなるが、それまでずっとシーザーにはうんと楽しい生活だなあ、信用できる人間といてよかったなあと思ってほしい。


ちょっと話は違うけど、「ゲロの話をブログに書いたよ」とAさんに言ったら「まさやんは僕がもしうんこもらしたら

キレイにしてくれる?」と言うので、「シーザーのうんこ拾ってお尻についてたらふくのと同じだもん。ちゃんとキレイにしてあげるよ」と答えたら「シーザーと同じかい!」と不服そうだった。


同じだよ、君らは。

ぐっと安心して、好きなことをしててくだされよ。



作次郎とシーザー近影。さ、さく、首がなくなってる、おでぶっちになってる…!むっちりちゃん、やばいです。シーザーも片手あがってて落ち着きのなさが良く分かります。




流産記

2月29日の金曜日、妊娠9週目で2週間ぶりに検診に行った。花粉症もそろそろ症状が出てきたけど、今年は薬が飲めないなあ、とマスクとめがねの完全防備でバスに揺られて出かける。検診前に看護士さんに「9週目ですね。母子手帳もらいました?まだ?じゃあ今度の検診までに役所でもらっておいてください」と言われる。おお…、母子手帳。やっと妊娠の実感が。ただでさえつわりがないから、そういうのをもらえると自他ともに妊婦っぽくなるな~なんて思いつつ、待合室にあった「産後のレンタル」雑誌をぱらぱら見る。こんなに色々必要?要らないよな~、家も狭いから最小限にしたいよな~と思ったところで、やっと名前を呼ばれる。まずは問診。「何か気になることありますか?」と聞かれる。「特に。あ、花粉症なので、飲める薬が欲しいです。それと、なんか最近茶色のおりものが出るんですが、腹痛はないです」と告げる。続いて内診。2週間ぶりにおなかの子の様子が見られるな~と楽しみにしていたところ、先生が黙っている。何度もプロープの位置を動かす。「…心臓、動いてないですね」。すぐに「流産です」と言われる。え、ちょっとそんな早く決めちゃうの?えー、えー!?と慌てる。「動いてないんですか?ダメなんですか?」と聞く。2週間前に心拍を確認したばかりだったのに。「写真、いりますか?」と聞かれる。

自分がもう死んでしまった胎児の写真が欲しいのかどうかなんて今判断できない、でも、とりあえず、ないよりは、あって、いらなかったら自分で捨てればいいんだ、と思い、「ください」と言う。もらってどうするんだろう。また呼びますから服を着て、外で待っていてくださいと言われる。カーテンを閉められたら、涙があふれてきた。あふれつつも、下半身まっぱ、靴下のみ、という間抜けな状況を鑑み、人生ってキレイにはいかないなと思った。

その後、妊婦さんばかりの待合室に戻ったのがつらかった。妊婦さんを動揺させたくないから、泣きたくないんだけど、目の上に涙が表面張力でびったし曇る。もう産後のレンタル雑誌なんて見ても意味がない。そうすると他に読む雑誌がない。気を紛らわせたいけど何もない。考えるのは流産の二文字だけだけど、思考停止してしまってそこから考えられない。Aさんに電話したい。でもいつ呼ばれるか分からない。たかだか10分ほど待ったのかもしれないけど永遠に感じた。先生と相談。その日は金曜日だったので、翌月曜日に手術を提案されたけれど、その日はNTTのネット接続の業者が来る日。すでに2週間も待たされていたので、またスケジュール変更するとこの先2週間仕事が出来ないし…と火曜日に手術をお願いした。子どもの手術は1日で済むけど、そのあとの仕事が2週間出来ないのはな、と冷静に考える自分に気づいて、まだ大丈夫、と思った。先生はそんな理由で火曜日かよ?とちょっと納得できなさそう。いや、今自分冷静な判断できないっす。あれ?冷静なのか動揺しているのか分からない。今考えるとバカだったねえ、2週間仕事が延びるくらいどうでもよかった。体のことを一番に考えるべきだった。手術までに腹痛か出血があったら電話をしてくださいと言われた。「10人に1人はあることですよ。たまたま個体が弱かっただけだから」と言われる。そうなんだろうな。「私自身とか、相手に何かあった、ってわけじゃないんですね…でもおなかも何も痛くなかったんです。茶色いおりものは気になりましたけど…」「それも正常な妊娠でもよくあることなので、それが流産と関係があるのかは分かりません」と言われる。「あの。今、心臓が止まってるけど、もう一回見たら動いてる、なんてこと…ないですよね、ハハ」と自分でもアホなことを聞くなあと思いながらも聞く。死んでるものが生き返るわけないのに、聞きたかったんだ、どうしても。「…手術の前に、もう一度ちゃんと見ますよ」「そこでダメなら、100%ダメってことですか?」無言の先生。そうか、この時点で100%ダメなんだな、と悟る。診察室を出て、Aさんに電話。すぐに出てくれたけど、声が出ない。やっとの思いで「…流産になっちゃった」と言う。驚くAさん。そのときちょうど近くにいた電話の向こうの私の母に代わる。2人ともびっくりして、とりあえずこちらに車で来てくれることになった。手術のための血液・レントゲン・心電図検査を受けた。ちょうどお昼どきだったので私から「2人ともまだ何も食べてないでしょう。ご飯に行こう」と言い、そのままデニーズへ。デニーズで2人にさっきもらった写真を見せた。「これねえ、写ってるんだけどねえ、動いてなかったよ」と教える。母と別れてAさんと2人で自宅に入った途端、号泣して止まらなかった。

月曜日の夕方、出血と腹痛がひどくなってきた。耐えられない程度ではないが不安になって、母に電話して夜間救急へ連れていってもらう。しかし、妊娠初期からずっと思っていたんだけど、安静とか痛み、ってどこまで耐えればよいのか分からない。ちょっとお腹が痛かったり、少しでも茶色いおりものが出たときに、すぐにでも病院に行っておけば良かったんだろうか。今考えてもしょうがないけど。総合病院の夜間の待合室にはちらほら人がいる。妻が交通事故にあったおじいさん、自転車で階段を降りて(ばか…)怪我をして運ばれた男の子に付き添っている学校の先生など。人生色々。

名前を呼ばれて診察室へ。このときの内診が痛くて大声で騒いでしまった。進行流産で胎のうが降りてきていて、子宮口も開いているのですぐに手術したほうが良いと言われる。子宮がもう出そうとしてるのか。なんかすごいな。じゃあこれも陣痛の弱い版みたいなもんなんだろうか。自分が座ったあとの椅子を見たら血がべったり。すすすみません。

20時半から手術開始と言われてもう一度待合室へ戻る。「これから手術だってよ」と母に言う。「そうか…大変だね」「うん。あーいてー、いてーよー、でもしょうがないね、もうね、いてー」「そうだね、しょうがないね。まあ、ネタがいっこ増えたと思うしかないネ」と母。おい母。今言うことか。まあまんまとこうやって書いてるけどさ。生まれてはじめて点滴をうたれる(入院したことないんだもん!)。そのまま車椅子に乗せられ、病室に移動。うわああ急に大病人。歩けなくはないけど、でもまあこうしてもらったほうがラク。本当にガマンの限界点って分からない。歩こうと思えば歩けるんだけどさ…。遅れてAさん到着。私の点滴を見て「点滴してるんだ。そうか。元気でるよ、それ」と言う。なんのことかと思ったけど、自分が風邪をひいたときに内科でしてもらった点滴のことかな、違う違う、点滴って一種類じゃないから、と間抜けなAさんに突っ込むのも面倒くさい。その後も私のベッドのリクライニングを動かしたり、落ち着きがない。彼なりに手術前の私を和ませてくれようとしているのはものすごく分かるけど、そんなんで和むかい、とやさぐれる私。

看護士さんに「お待たせしました、準備できました」と呼ばれる。車椅子で手術室に移動。麻酔担当の先生らと挨拶。「お昼は何か食べましたか?」「…カレーを…おかわりしました」ああ恥ずかしい。流産当日にカレーおかわりすんな私。「そうですかー、じゃあ、もう7時間以上経っているから、問題ないと思いますが、喉に戻ってくると危ないので、気をつけて様子みますね」と言われる。お手数かけてすみません。手術してくれた先生も看護士さんもみんな女性で若かった。私と同じくらい?なんか学園祭気分の手術…。これはこれで良し。みなさん雰囲気が良いし。

手術室に運ばれ、目の前に明るいライト。うわあ、ドラマみたい。でもコンタクトはずしてるから良く見えない。口に酸素のボンベを充てられる。点滴から麻酔薬を入れますね、ふわあっとしますよ、と言われ、そこから記憶なし。全身麻酔だったので手術自体は痛くなかった。苗字を呼ばれ、目を開けたらもう担架でガラガラと運ばれていた。先生に「先生、きれいになりました~…?」と意識がぼうっとしつつも聞く。「大丈夫です、ちゃんときれいになりましたよ」「そうですか…よかった…ありがとうございます~」と伝える。私を覗き込むAさんと母。そのあと麻酔から覚めながら、吐き気が。これだな、言われてた通り。でも体も起こせない、間に合わない、横に向いてげぇっとやったら、Aさんが受け止める容器を傾けてくれて全部キャッチしてくれ、顔も拭いてくれた。Aさんありがとう。ゲロまで面倒みてくれて本当にありがとう。と、一瞬感動しつつ、点滴で入ってくる子宮収縮の薬が本当に痛い。痛い痛い痛い~、赤ちゃん、赤ちゃん、赤ちゃん!と声を出して泣いてしまった。今まで、妊娠してから一度も、赤ちゃん、と呼んだことはなかったのに、そんな呼び名が出るとは自分でびっくりしながらも、麻酔から覚める時って、一切嘘がつけないんだって実感した。この前テレビで帝王切開が終わったあとに亡くなったお父さんとお母さんに会いたい!って叫ぶ女の子の話を見たけれど、ああそうか、これか、彼女も麻酔から覚めるときだったのかもしれない、痛みの中で、嘘がつけない状態のとき、一番に呼びたいのは失った人の名前だった。

「見た?」とAさんに聞いた。「うん、手術が終わったら、先生が見せてくれたけど、血だらけでよく分からなかった」。そうか、私も見たかったな。でも見せられたのは胎盤と胎のうだけだったみたい。子どもは小さくて分かりませんでした、だって。そうか。その前にもしかして流れちゃってたのかもな。

Aさんが「僕もここに泊まれるのかなあ」と言う。相部屋だしね、無理だと思うよ、と言って、消灯ギリギリまで居てくれた。一人っきりじゃ不安、とは思わなかったけど、その気持ちがありがたかった。

右肩に痛み止めの注射をしてもらい(もうこれが全然痛いとは思わないほど、腹の方が激しく痛かった)、少し眠る。ヘンな夢みたいな、幻想みたいなのも見た。ディズニーランドよりもものすごく整然とした美しい街をがぁっと飛んでいた。俯瞰で。あの色彩、構造、あんなのが自分の頭のなかにあったなんて信じられない。人工的すぎるくらいのきれいな街だった。0時半過ぎに目が覚めたときはすごくおなかがすっきりしていた。そうだ、妊娠前っておなかはこういう感じだったんだ。約1ヶ月、お腹にずっと違和感があったからすごく新鮮な感じ。一時間ごとに目を覚ましながら(点滴のせいでトイレが近いのよ)、やっと朝。検診。「きれいになってますね」と言われる。そうかきれいかい。いなくなっちゃったな、ほんと。昨日のお昼のカレー以来何も食べていなかったので、朝ごはんは全部残さずいただきました…。ナースセンターの近くにある本貸し出しコーナーから漫画を2冊借りてきて、ぼうっと読みながら時間を過ごす。看護士さんに呼ばれて、相談室のようなところで今後の過ごし方など教えてもらう。この看護士さんには本当にお世話になったし、唯一、彼女だけが「こんなバタバタで、本当にごめんなさいね」と何度も言ってくれた。いや、バタバタなのは私が月曜日手術に設定しなかったからであって、むしろ夜間に飛び込んできてこっちこそごめんよ、って感じなのに、流産をした私をものすごく気遣ってくれているのが分かった。若いのに、なんて素敵な計らい。仕事とはいえ、偉いよアンタ…。

Aさんが迎えに来てくれて一緒に帰る。心身ともに疲れてしまった。家には母が「しばらくは動かないほうが良いから」と買ってきてくれた食べ物が冷蔵庫にいっぱい。これのおかげで1週間買い物に行かず、料理もせずにすみました。ありがとう母。


手術から15日くらいはお腹周りがヘンだったり、ちょっと出血が続いた。たびたび思い出しては昼でも夜でも泣けてしまった。その度にAさんは何も言わずに慰めてくれた。

今は手術から3週間。もうほぼ大丈夫。術後の検診でも子宮の中は問題なかった。3回は生理を見送ってからまたトライしてくださいね、と言われる。早く妊娠したいような、また流産だったらこわいな、と半々の気持ち。

仕事関係の人には早めに妊娠を告げていたので、その後の報告をいちいちしなきゃいけないのがイヤだった。いや私自身話すのはいいんだけどね、聞かされたほうが困っちゃうでしょ、こんなの。多くの人に気まずい思いをさせてしまいました。その中でも、この人やさしいな、と思ったのが、ある同年代の女性、「そうなんだ…私は、流産していないから分からないけど…」と言ってくれたこと。彼女は以前ガンで手術をしている。私よりもうんと大変で長い入院をしたはずだ。だからこそ、彼女からこういう素直な台詞が出てきたんだろう。体調を崩すことは、本当に千差万別で、たとえ同じ病気でも(まあ流産は病気じゃないけど)、簡単に「分かる~」とは言えないもの。それと、年下の男の子などは本当に困っちゃうみたいね、こういう話聞くと。まあそうだろうな。でもその中でも、ひとり、「お子さんのこと、大変残念です。僕も僕の前にそういうことがあったと母から聞かされました。小さいころはだからあんたはあの子の代わりだ、なのにこんなバカ息子、とよく言われました。早くお仕事復帰されてください」、とメールをくれた。彼のお母さんの気持ちもよーく分かるし、流産のあとの子の僕はこんなに元気ですよ、っていうのを教えてくれているのもありがたい。逆にね、言われて辛かったのが、「でもあなたが無事でよかった」っていう言葉。「いやいやいや、全然よくもなんともないよ、私は無事でも子どもはダメだったんだから」と卑屈に捉えてしまった。もちろん相手の気持ちはものすごく分かるし、自分もそう言うだろうけど、これが正直一番いやだったなあ、言われて。どうしようもないんだけど。

で、自分が流産しました、って言うと、本当に沢山の人が「自分も」「妻が」「母が」と、身近にあった流産のことを話してくれた。多いな、やっぱり多いんだな、流産。特別なことじゃないんだ。特別じゃないけど、こんなにしんどいもんなのね。知らなかったな、みんなこんな思いを家族のなかで抱えてたのか。

今回のことで思ったこと。子どもは作るもんじゃなくて授かるもんなんだ、どっかから授かるしか、人間は出来ないんだなあ、ってほんとしみじみ思ったよ。