ご訪問ありがとうございますおんぷ


前回の記事で書いた、


要求をすべてかなえる事は難しい

言う事をすべて聞いて子供に

服従するのでもない、

話をして分かってもらうのも違う、

受け入れるだけでいい、


という先生の言葉が、

私がずっとなんとなく感じてきた事で

ずっと迷っていたものが

吹っ切れたので

グルッポにも載せたのですが、


受け入れる、それが実際

どいういう事なのか、分からない、

という声も聞いたので、

私なりに色々考えてみました。


分かったようで、

実際どうしたらいいの、という感じで、

受け入れる、奥が深いですよね。


服従する、親が家来のようになるのは

私も違うような気がずっとしていました。


要求は尽きず親は疲れ悪循環で

子供も実は不安なのではと思うし、

以前記事で書いたように

秩序を保つ、という事は

必要と感じていました。


まだはっきりと答えは出ていませんが

服従するのではなくて、

親の気持ちの違いなのかな、

と思います。


服従するのでは

子ども主導で親は振り回され続け

ストレスが溜まります。

楽しめず、子どもにも伝わります。


話をして分かってもらうのでは、

子供意思表出を妨げかねません。


これも、仕方ない時も

ありますけどね。

私はこれは出来ないなって時は、

よく、子どもの意思を一旦受け入れ、

交渉して子どもの要求の一部は満たし、

一部譲ってもらったりしています。


服従と受け入れるの違いは、

親の気持ちに違いがあるのかなと

思います。


自己主張出来てるね、

怒ってるんだね、泣きたいんだね、

やりたいんだよね、楽しいよね、

まだ帰りたくないよね、

遊んでほしいよね、

ママに認めてもらいたいよね、

まだ寝たくないよね、


ただ単に服従して感情を抑えて

付き合うのではなく、


共感しつつ、まるごと受け入れつつ

親は軸をちゃんともっており

振り回されていない、というか。


子どもの気持ちを理解して

そうなんだね、と思う。


イヤイヤではなく、

子どもの立場に立ってみて、

子どもの頃こうして欲しかったよな、

これ楽しかったよね、

やってみたかったよね、

自分も親にしてもらいたかったよね、

とか思いながら、

出来る限りは付き合う。


これが受け入れる、

なのかな、と私は思います。


そして、要求は際限ないですよね。

私の場合は、

もうこれ以上は、と思う時は、

交渉したり、気をそらせたり、

怒らずに終わらせる方法を

使っています。


冒頭に書いた言葉も、

四六時中しないといけない、

という事でもないと思います。

何が何でも服従も言い聞かせるのも

ダメなんだ!と思うと、

実際は生活の中で、

時間に出ないといけない時もあるし、

じゃあどうしたらいいんだ、

と思ってしまいます。


すべてバランスが

必要だと思うので、

時には服従する時もあるし、

時にはちょっと分かってもらう時もある、

ただ基本的姿勢として、

受け入れる、という姿勢が

そういう親の気持ちが

大切なのではないかなと思っています。


子どもが自分は自分でいいんだ、

感じた気持ちを表現していいんだ、

泣いていいんだ、怒っていいんだ、

私は私でいいんだ、

どうしたらそう思ってもらえるか、

と考えると、


確かに、服従されて親がイヤイヤで

ストレスが溜まっているのを

子どもが感じていても違う、


説得されて気持ちを

抑え込むのも違う、


やはりこのままでいいんだ、

と受け入れてほしいんだと思います。


私は私でいいんだ、

これって本当に大切な気持ちですよね。


私がそう思えるようになるまで

25年もかかりました。

そう思えるようになってからは

いい子を演じる事もなく、

対人関係でストレスを感じる事も

なくなり、人前で話す事も、

自分の考えを話す事も、

苦ではなくなりました。


子供と四六時中一緒にいると、

つい悪いところが目につきます。

ついあれこれ口を出したくなります。


でも、いい所は実は

もっともっとありますよね。


そして、つい子どもがこう育ったら

私の責任だ、と思って、

それを子供に押し付けがちになります。


でも、子供は案外しっかりしている、

と、子どもが吃音になって、

親が育てなければ、という思いを

捨ててから思います。


子どもの人生は子どものもので、

子どもが自分で決めていく、

子どもが自分で経験する、

子どもが自分で失敗する、

子どもが自分で学ぶことに

意義があるんだと思います。


環境調整って、

躾など育児を放棄しているようで、

子どもの人生を子供に返した、というか

実はとっても大切な事を

しているのかもしれないと、

思っています。


私は母のおかげで医者になれましたが、

自分の意思で決めてきた事が

少なかったように思うし、

マニュアル通りにこなすのは

得意ではありましたが、

自分で決める、自分の考えを持つ、

自信を持つ、という事が苦手でした。


とはいえ、同じ環境でも

次女の姉はしっかり

地に足をつけて人生を歩んでいるので

しっかりしている子はもともと

しっかりしているのかもしれないですが、


第二子という事で、

適度に干渉されなかった事が

逆に良かったのでは、

という気がします。


長女の姉と三女である私は

干渉が多くて反発も多かったように

思います。


子供はまだ先の見通しまで

立てる事は難しいので

放任は良くないですが、


自分で考えて行動する機会、

自分でどうするのが良いかを考え、

自分で判断する機会、

言われた通りではなく、

色んな状況を見て自分で判断する機会を

奪ってはいけないのかなと思います。

親は環境を整える方が

大切なのかな、と思います。


まあこれからが大変な子育てなので

実際はどうなるかはわかりませんが…


話がそれましたが、

子どもがどうしたら

私は私でいいんだ、

感情を出していいんだ、

と思えるか、と思うと、


やはり、服従でもなく

説得するのでもなく、

受け入れる、という事なのかな、

と思います。


親は修行ですね。

でも、私も一緒に成長して

行っているなと思えます。


私が最初に長女の変化を感じたのは、

泣き止みなさい、ではなく、

泣きたいんだね、と受け入れた時。


せっかくだからみんなと

遊んでおいで、ではなく、

ママのそばにいたかったらいていいよ、

と受け入れた時でした。


今回のスランプも、

長女が毎日のようにすねて、

ママ嫌いと言っていた事も、

家庭でストレス発散できてるんだね、

幼稚園で嫌な事あったんだね、

嫌な感情を家庭で出せていい事だ、

と受け入れてから落ち着きました。


受け入れると、

泣いたり怒ったりも意外に

早くおさまるのですが、

私の中で、感情をおさめるために、

受け入れる、と最近

逆になっていたように思います。


前回書いたように、

子どもの感情は子どものものなので

感情をおさめるために、

受け入れるのではなく、

感情そのものも受け入れて

行きたいと思います。


今日も最後まで読んで頂き、
ありがとうございました音譜


吃音のお子さんを持つ
親のためのぐるっぽを作りました。