やっと感想が終わります。
でも、振り返りながら記事にする、
というのは、ただ聞きっぱなしより
よく考えるし頭に入るので
いいですね!

読んでくださっている方、
長々とお付き合い
ありがとうございます

2日目の午後は、講演ではなく
みんなで輪になって座り、
質問タイムのあと、
一人一人2日間の感想を
言っていきました。

こちらも色々勉強になりました

質問を事前に紙に書いて
提出しており、
それについて伊藤伸二先生や
他の参加者が
答えてくださりました。

私の質問、前にも書きましたが、
今まで、環境調整しながら

子供の言いなりになるのは

やっぱりちょっとおかしいし、

でも子供の気持ちに寄り添いたい

自己主張は妨げたくない

そのバランスが難しいと

感じていたのですが、




それを伊藤伸二さんに

質問したのですが、

それは子供とは対等である考えると

そんなに悩む問題ではない、

と言われました。



上から下の支配する関係ではなく、

子供とは対等の存在である。



親として叱る必要がある時に

叱らないのは子供にとって

失礼である。



でも、叱る必要はなく、

ちゃんと説明すればいい、

対等の存在として

説明してお願いすればいい

と言われました。



今、アドラー心理学の本も

読んでいるのですが、

子どもとの関係は、

上から下に支配するのではなく

やはり対等なんですね。



自分が言われて嫌なことは

子どもも嫌なんです。

褒めるのでもなく叱るのでもなく

勇気づけ、というみたいですが、

ありがとう、助かった、というように

他の人の役に立っている、と

感じられるような声かけが良いようです。



アドラー心理学については

なかなか面白いのでまた別記事で。



あと、同じ保護者からの質問で、

子どもが吃音でなかなか言葉が出ず

諦めてしまったりする時、

途中でこれかな?という言葉を言って

助けた方がいいのか、

そのまま様子を見ていた方がいいのか

という質問がありました。


これ、一度は悩む人は

多いのではないでしょうか?



それについては、

お母さんの対応は良かったのか、

どうしてほしいかを

子どもに聞けばいい

と言っていました。



なるほど!と思いました。

この子どもに聞く、

という視点が抜けている人は

私も含め案外多いのでは、

と思います。



人生の主役も、

人生の責任を負うのも子どもなのに

ついつい親が決めて

やっていくことって多いように思います。



大事なことは子どもに聞く、

子どもと相談して決めていく、

というのは大事だと思います。



幼児はまだ色んな決断は

難しいかもですが

話を聞いていると、小学生になれば

吃音をみんなにどう紹介するか

困った時どうするか、などは

一緒に考えてくれる人がいれば

自分で判断して決められます。

幼児でも意思があります。



私も抜けていた視点でした。



そして、これは私は

前から思っていましたが、

対等の存在なので、

親も失敗してもいい、

間違ったら子どもに謝ればいい

とも言っていました。



以前、友達に子どもに謝るよ、

という話をしたら

へえ~子どもに謝るんだ、

とびっくりされた事がありました。



意外に、親も完璧じゃないし

悪いと思ったら子どもにも謝る

というのは当たり前ではないのかな?



私自身、親からの押し付けが

強いと感じていて

だから今の私がいるし

感謝している部分も多いのですが、

親も完璧じゃないんだ、

と気付くまでに時間がかかりました。



そう気づいてから色んな事を

許せるようになりました。

もし親が絶対ではない、という事が

もっと早くわかっていてら、

謝ってくれていたら

色んな話を出来る関係であれば

もっと早く理解出来たかもしれません。



だから、間違ったら謝る

親も完璧でも絶対でもない

同じように悩みながら生きている

存在なんだと子どもにも

思ってもらいたいと思っています。


その他、子どもが吃音に気付いた時、

親は動揺しますよね。

気づかないふりがいい

と言われてきた人など

どうしよう?と思いますよね。


でも、そういう時がチャンスだ!

と言っていました。

大丈夫、

あなたはあなたのままでいいと

徹底的に教え込む、

と言っていました。


対等を考えるとちゃんと伝えるべき

納得するかどうかは相手の問題なので

納得は求めず、

親は誠実に答えようとしてくれている

その姿勢が大事と言っていました。


どもりながらでも

楽しいコミュニケーションができるんだ

という自信をもたせてあげるといい

どもるという事は

絶対悪いという事ではないよ、

と教えられたらいいなあと思います。


また、友達が吃音について

なんでこんな話し方なの?とか

聞いてきた時。

そんな時もドキっとしますよね。

動揺しますよね。


これもチャンスだそうです。

興味を持って聞いてきてくれた子は

味方になるチャンスだそうです!


なので、事前にどう答えるか、

いつ聞かれるかと準備が必要で

自分なりにこう説明しよう、と

覚悟をしておいて、

聞いてくれたら待ってました!

というくらいがいいようです。


この考えた方もしていませんでした。

ただ、態度や説明を相手によって

変えるのは問題で、

友達にも、ママ友にも、

子ども自身にも、子どもがえ?と

思わないように、説明はつねに

一定の方が良いようです。


大体は決めていますが、
詳細はこれからですね。

その他、面と向かって
吃音で困っている事はない?
というのではなく、

どもりの絵を書いたり
吃音の波のグラフを書いて
感情のグラフも書き足したり
どもりカルタを作ったり
自己紹介ポスターを作ったり
というほうが、

感情も表しやすく、
自分の中でも整理されたりするようで
ことばの教室ではそういう事を
されているところもあるようです。

あと、前にも書きましたが
吃音の当事者の話を聞けた事が
すごく良かったです。

親が自分の存在を受け入れて
くれない事が悲しかった、
吃音を一人でかかえていて
真実を教えてほしかった、
どもらなければいい子なのに、
と条件付けが嫌だった

そばにいる親が不安だと子どもも不安
どもる人がどういう生き方を
しているのか子どもは意識している
かわいそうと思わないで欲しい

治って欲しいなあと思うと
非言語メッセージとして
吃音は悪いものだと思ってしまう

など、心が痛むものばかりでした。
親のまなざし
親の吃音に対する考え方
影響力はやはり
大きいように思います。

親が正しく理解する事が必要
色んな情報があふれているけど、
子どもの幸せにつながるものを
選択して情報を収集して欲しい
吃音を周りがネガティブな事として
かわいそうと思わないで欲しい
と仰っていました。

私も参加するまでは
吃音の悪い面ばかり見ていました。

苦労するかもしれない
青春時代を楽しめないかもしれない
面接でも苦労するかもしれない
治って欲しい
と思っていましたが、

吃音でも豊かに生きている人が
こんなにたくさんいる、
みんな思慮深くちゃんと
目的をもって生きている、
実際その人たちの暖かい明るい
雰囲気に触れられた事は
本当に良かったです。

また、80人くらいの人の前で話すので
緊張して手が震えながらも
みんなの前で質問したり
感想を言ったりしたのですが、

吃音の若い方が、
自分の親もそうやってきっと
心配して悩んでいたんだなあと
わかったと、涙を流してくれました。

私たち保護者が参加した意味も
あったのかなあと、少し思いました。

結局色んな悩みがこれから
あるだろうけど、
吃音で悩まなかったとしても、
大切なのは子どもとは対等である事
子どもの事は子どもに聞くこと
お互い尊敬し合える関係を作る事
間違ったら謝る事
が大切なのかなあと思います。

吃音は今は時々の引き伸ばしくらいで
ほとんど気づかれないのですが
環境の変化の時はひどくなりそうです。

いつか聞かれた時
友達に指摘された時のために
しっかりとした考えを持ち
ブレない説明の仕方を
用意しておこうと思います。

今日も長々と読んで下さって
本当にありがとうございました

吃音のお子さんを持つ
親のためのぐるっぽを作りました。
もし良ければご参加下さいニコニコ