最近、なぜか子供の頃の

大したことではないけど

小さな幸せな記憶を

子育てを通じて

思い出す事が多いです。


例えば、小さいころ

母親に背中の届かないところを

掻いてもらうのが好きだったなあと

長女の背中をかきながら

思い出したり


車で寝てしまって家に着いて

もう本当は起きてるんだけど

寝てるふりして抱っこで

家に入るのが好きだったなと

寝たふりをして膝で寝転んでる

次女を見ながら思い出したり


子供たちのいいところを

どうやってほめようと考えながら

母は私が勉強出来る、

するのが早い、可愛いと

褒めてくれたから


小学校の間は

自分は出来るんだ!と

自信を持ってたんだなあと

今さら気付いたり。


末っ子だったので

お母さんにいつも

くっついていっていたなあと

思いだしたり。


思えば、うちの母は

愛情をかけて

たくさん褒めて伸ばして

来てくれたんです。


孫への接し方を見ていても

そう思うんです。


でも、そう思えたのは最近で

私の記憶には

勉強しなさい、

何よりも勉強を優先しなさいで、


泣きやむまで話は聞いてくれない

機嫌が悪い時は怒られる、

何かをこぼすと怒られる、

いじめて帰ってきて甘えると

怒られてショックだった、


落ち込むのは自分が

弱いせいだと言われるような

教育ママで厳しい母親の

イメージが大きかったんです。


そして、真ん中の姉の事ばかり

褒めるイメージでした。


それでも今は母親が

大切で大好きですけどねニコニコ

反抗期は長かったです。


でも最近は、

甘えさせてもらった記憶

褒めてもらった記憶を多く思いだし

私はこんなに愛情を受けて

育ててもらったのに


どうして悪い記憶の方が

心に残っていたんだろうと

最近考えます。


母親も人間なので

完璧ではないので

精一杯育ててもらって

感謝していますが


私と同じように悪い記憶の方が

強烈に残ってほしくないと思い

どうしたらいいのかなあと

考えているのですが、


母に足りなかったのは、

そして今もですが、

途中で口を出さずに

子供の話に耳を傾ける事、

そしてその後の共感、

だったような気がします。


今も吃音の悩みや

子育ての悩み、

義母の方が話しやすいんです。


母は、男性的な感じで

明確に答えを聞きたい時は

スパッと答えてくれるし、

アドバイスは明確で

あたっているのですが、


話を聞いて共感して

聞いてもらってすっきりした

って感じはしないです。


共感されずズバッと

結論を言われるから

いじめられても

誰にも相談することも出来ず

なかなか自信が

回復しなかったのかな。



そして、もう一つ

足りなかったのは

怒った後のフォローかなと

いう気がします。


怒られっぱなしだったから

その後自己肯定感が

低いままだった


怒った後のフォロー、

大丈夫だよと抱きしめたり

笑わせたり、安心させる、

それって大事だなと思うのですが


それがなかったので、

怒られてから心を閉ざしてしまった。


そんな気がします。


あと、勉強以外で

褒められた記憶があまりないので、

勉強以外の性格的なものを

もっと褒めて欲しいと

今も思います。


決して母親を

責めているわけではなく

知らないうちに同じような

育児をしてしまうので、


私も気を付けていかないと

いけないなあと思います。


でも、最近昔の

些細な幸せな記憶が

よみがえってきて

私もなんか幸せですニコニコ


今日も最後まで読んでくださって

ありがとうございました音譜