テレビは直してもらえた!無料で。
一つ解決。
懸念すべき兄との話し合い。
いや、揉めているわけではない。
ただ、入院中の母について今後
のことを話し合わねばならない。
明後日、と指定され気が重かったが
やはりその日は都合がつかない、と
連絡があった。早く済ませて
しまいたいが何もかも自分の思う
通りになんて行くわけはない!
…と自分に言い聞かせる。
テレビが直っただけでも、まず、
良し。昨日のブログを心配してか
ラインをくれた人がいた。
人に励まして貰った以上はまた
頑張らねばというのがモットー。
自分の価値は他人が決めるものでは
ないよ、なんて、もしかしたら
他人には言うかもしれない。
自分こそが全て他者からの評価や
段階、立場などに振り回さられる
人間だというのに。
翼を下さいでも歌えば自分の本音に
気づくのか?
ポッカリ空いてしまった水曜には
ランニングでもしてみるか。
歌よりランの方が気づくことが
あるかもしれない。もしくは
自転車だ!自転車禅だ。
感覚が違う。今に始まった
ことではないから驚かない。
そんな風に言われたら?
事実なら仕方ない。
でも何故自分の感覚が正しくて
こちらが間違っているという体
なのだろうか。
違うから仕方ない、ではなく、
違うのは問題、ということ。
50人くらいの一般の人に
聞いてみたい。果たしてどちらが
正しいのか?
それともどこまで行ってもそんな
ざらざらとした感触の中で
自分を奮い立たせねばならない
のだろうか。それが嫌なら
もうその場を去ってもいいの
ではないだろうか。
憧れは幻想?だったのかも
しれない。それに、そんな
風に言われてしまった自分は
可哀想でしょ?と同情して欲しい
感じが満載だ!落ち込むほど
鍛錬してきたわけではない!
自分を憐れんだり誰かを責めたり。
人格の完成に努めていないよな。
あれもこれも欲しがっては
ならない。
そろそろかもしれない。