何かを求めて
自死遺族の方のブログを読み漁っている。

そこには、私とは違う受け止め方がたくさんあった。

どれが正しいとか、間違っているとかではなくて。
本当に様々だなと感じる。


その中で、私はある記事に立ち止まった。

「娘の死も、自分が引き寄せた。」

そういう世界観だった。

その方はその世界観でラクになっているようだった。


わたしも真理というものに深く触れてきた。
でも。


私は読んでいて苦しくなった。

もし、それを今の私に向けて言われたら。

「あなたが引き寄せたんですよ。」

そう言われたら。

私は崩れ落ちる。



だって私は、本当に息子に生きていてほしかったし。

病気の症状は軽くなっていく。

ゆっくりでいい。
焦らなくていい。

ご飯を食べて、「美味しい」と笑ってくれたら、それだけで安心していた。



息子にも無理はさせなかった。



息子は亡くなる前日も、自分で今日の分と明日の分の煮卵を作っていた。

「こっちのレシピの方が全然よかったわ。」

「一個食べていいよ。」

そう言ってくれた。

私は、その姿を見て安心していた。

明日もある。

そう思っていた。



家の中も明るかった。



前の記事に

「いつか 辛い日々が笑い話になると、そんな思いであった」と書いたけれど、それは。



息子の辛い日々のことで。





わたし自身は。

その昔は盛大にわたしなんか…って自己卑下で生きていたし、

親との確執もあったけれど、



親への気持ちも変わり、

ほんの数年前から

わたしだからいい♡

わたしだからなw

それになっていた。



だからこそ

息子の病気を知って、支えつつ

どこかで 

わたしの世界の息子だもの。

良くなるに決まってる✨✨



本気でそう思ってた。





だから。

そんな私に、

「あなたの無意識が引き寄せた。」

と言われたら。

私の希望まで、わたしの道のりまで、嘘だったことになってしまう。







真理とは何だろう。

人を縛るためのものだろうか。

それとも、人を自由にするためのものだろうか。

私はまだ答えを知らない。

でも一つだけ思う。

どんな真理も、苦しみの中にいる人の尊厳を失わせるなら、私は立ち止まって考えたい。



難しいね。