初盆が過ぎ


まだ引きこもりのわたしだけど。



ブログを開くのも久しぶり。



いま


実はとても難しいところに居る。


…らしい。




あの朝を思い出すと

苦しくなる。


母としてのわたしは むちゃくちゃに悲しくなる。


でも。


生きるより死を選ぶ方がラクだったと。


それほどまでに苦しかったのをいま

知ってる…  


わかってしまう…  



だから  


わかってるよ。

わかってるよ。

わかってるよ。

kazu…  わかってる…


精一杯生きたね。


そう言いながら泣く。



それが母としてのわたし。





一方で  

イーロンわたし…

(すみません。源とか モナドとか 根源の視点になった時の自分のことを イーロンマスクになぞらえてイーロン◯◯と称するのがある方との会話の中で普通になってしまってるのでここでもそれを使ってます)


イーロンわたしになると

穏やかになってしまう。




母と息子。

生と死。  

残された側と逝った側。


そう言うところからもう少し離れて、

「シナリオ」

「kazuはkazuの決めた生をやりきった」

「これもブループリントの中」


そっちから全体を見る。

だから穏やかになる。




…つまり、わたしの中に

二つがすでにある。



「kazuが居ない。悲しい。会いたい」

「それほどまでに苦しかったkazuの決めたことをわたしは理解したい」  



その両方の思いはものすごく

人間、母としての思い。



で…  その母わたしを含む出来事全体を、

もっと外側から眺めているのがイーロンわたし。




…スピやってる多くの人…



魂が〜  シナリオが〜

これ普通に配信してたりするね。



でも。



どれくらいの人が

本当にこの境地をわかってるんだろう…

そんなことも思う。



それから。


“自死は成仏できない“問題。


シナリオの世界観なら

それはとても矛盾する。


え。

自死は悪いことだから、成仏できない。

てことは。


本当ならもっと長く生きたはずのkazu。



だったら、

わたしは?


自死遺族にはならなかったはずだ。


え。

わたしのシナリオは…?




ここまで ちゃんと深く考えたとき


自死は悪いことだから成仏できない。

という思想が破綻する。



ただ、

どうやら反省部屋のようなものが存在するという考え方もあると聞いた。



どういう風に捉えると腑に落ちるのか

めちゃくちゃ考えた。



そしてわたしなりに

辿り着いた結論がある。



kazuとの魂のやり取り。



魂レベルのkazuが。

生まれる前に決めたこと。



「僕これこれ、こんなことやるわ。

27年くらいでいいっしょ。 

んで,滅多にない反省部屋の体験もやってみるわ。

最後はちっと母泣かすけど。

まあ、母ならいけるっしょw」



これくらい、軽かったんじゃないかな。



…ちっとどころじゃないぞ、kazu。


母は毎日泣きよるがな…。



自死は悪いことだから、成仏できない。


ではなくて


ちょっと反省部屋まで込みで選んだだけだ…💧



そう考えると


シナリオというのは

すんなり意味が通る。






傲慢なことを言えば

「全ては最善♡」という、その世界観に


愛する人の死とか

災害に巻き込まれるとか

そういうものも常に込みで考えられないのであれば   


それはまだ小手先というか、

浅い理解なのかもよ。

なんてことまで思っちゃうよ。



乱文になるけれど。



子を亡くして

悲しんでいる人に


全ては最善です。


なんて言うのは かなりな「暴力」になると

わたしは思う。

到底、そんな言葉で納得なんかできるわけはない。


そうも思う。



だから


人に軽々しく適応させる言葉ではないのかもしれない。



けど。



だけどね。



本当に 


最悪の時に


この理解が 「無理なく」落ちれば。



本当は


それは救いにもなるんだ。





全ては最善  と言う言葉は


キラキラスピの希望の言葉なんかではなく。



深い覚悟の話なんだと


知ってしまった…




…これは


浅い理解では無理だと思う。



でもだからこそ

イーロンわたしになると


とても静かになってしまうわけだ…





人間わたしとしては、

到底受け入れたくない。

毎日涙は流れる。



でも別の瞬間に

もっと外側では、それすら「全て」から

外さない。   




両方が

ものすごく深いところにある。  





…だから、イーロンわたしは

「ポジティブ」ではない。

希望に満ちてもいない。

きっといいことあるよ✨でもない。



ただ


ただ


ただ


静か。




…そりゃそうだ。  


「全て」の意味がここまで広がったら。

もう、「これは最善?これは違う?」

なんて選別する必要そのものがなくなる。





少し前に


魂ってものすごく軽いんじゃないか、

そう思ったことがあるけれど。 




母わたしには、耐え難いほど重い。


イーロンわたしでは、静かで軽い。  




kazuを愛している自分の中に

その両方がある。



ずいぶん、深いところに来てしまった。





ただ


この感覚を

娘は理解できないと思う。


少し話してみようとしてみたこともあるけれど。

理解は難しそうだ。




だから


娘は わたしのことを心配する。


わたしが後を追うんじゃないかと心配する。



わたしとしては

(明日死んでもたぶん大丈夫なんだけど。)


自ら、その行動はとらない。

そう決めている。



だから

括弧書きの中の言葉は省いて、

大丈夫だよ、と言っても


どうしても心配してくれてしまう。

それが

母として不憫でもある。



早く娘のことは 

安心させてあげたいのだけどな。