047 平成29年度トレッキング 1.橘紋の阿蘇神社

                   平成30年1月19日宮原秀範

 

大宰府地名研究会では、月に1回のトレッキングが有ります。毎回参加していますが今回橘氏に関係が有る神社を訪問しましたのでご紹介いたします。

 

2017.9.30この日は、7箇所の神社を訪問した中の1箇所をご紹介します。

場所は、久留米市田主丸地徳という所です。耳納連山の麓には立派な神社が沢山ありました。

その中に、遥か昔の橘家の足跡を見つけ大変感動いたしました。神社名が阿蘇神社とあり、橘の紋章がありました。

何故、この場所に鎮座されたのかは不明ですが、写真だけでも紹介いたします。

 

阿蘇 ナマズと検索したら。阿蘇の伝説にナマズの事がのっていました。

 

 阿蘇一の宮町手野の国造神社に「鯰社」があり。県下には二十以上の鯰に関する神話や伝説があります。「乙姫様と鯰」(旭志村姫井の乙姫神社)や、「白鯰」(西原村お池さん)、「白旗の大鯰」(甲佐町)、「赤飯と鯰」(御船町)、「御坊山と鯰」(熊本市)等がその例であります。また、県下には阿蘇神社系の神社が約460社あるが、その中に「ナマズ神社」と呼ばれるものが幾つもあります。国造神社を筆頭に、遥拝神社や日奈久阿蘇神社、鯰三神社、大池神社(菊池郡西合志町)などがその例です。そのいくつかは、今では皮膚病「なまずはげ」の神サマになっていますが、発祥はすべて阿蘇と考えていいです。また、鯰の石像や絵馬が奉ってある神社も多い。ではなぜ、阿蘇と鯰はそんなにも因縁が深いのか。

 

肥後の伝説(牛島盛光編より)

1.阿蘇の大鯰(おおなまず)

 阿蘇は世界最大の二重式火山で有名だが。

 昔、阿蘇郡一の宮町古城(こじょう)()(ごもり)大鯰(おおなまず)がいた。(たけ)(いわ)(たつの)(みこと)(神武天皇御孫)が高千穂より阿蘇に来られ、開拓のため外輪山の()軽山(がるやま)()鹿流(がる))を()破って湖の水を外に出された。その時湖の主の大鯰は尾竜に鼻をかけ水と一緒に流れ出ないようにしていた。そのうち、阿蘇谷の水は引いたが大きい胴体だけが残り、それが邪魔になって田畑を開くこともできずみんなが困っていた。そこで、(みこと)は大きな(かずら)を牛の鼻ぐりのように鯰の鼻に通したので、くすぐったくて出ていったのだという。その時葛をつないだのが一の宮町中通(なかどおり)にある「鼻ぐり岩」といわれ、また大鯰が阿蘇から出ていく時川が真黒く濁ったので、黒川(くろかわ)といい、阿蘇谷に横たわっていた時に、尾が熊本市の南にまで六か村にわたって延びていたので六嘉村(現在嘉島町)の地名になり、そこには(なまず)という地名も残っている。
 


2.御坊山(おぼうさん)と鯰

熊本市小島町に、高さ23m、周囲約1.5kmの小さい山があるが、かつては有明海に浮かぶ小島であった。ところが、阿蘇に源を発する白川の土砂の堆積によって、いつともなく海岸とつながってしまった。小島町の地名もこの島からつけられたという。この小島山には、阿蘇大明神の妃神阿蘇都媛(つひめの)(みこと)を祀る小島阿蘇神社かある。昔、大洪水があって阿蘇の方から御輿(みこし)が流れてきたので、部落の人が開けてみると阿蘇都媛命だったので社殿を建てて祀ったという。また御輿が流れる時、鯰が御神体を守っていたといい、この部落では鯰を食わないといわれてきた。