(突然湧いてきたけど思い出せない愛子の手紙)
私、カメ太郎さんの家に何回も何回も電話したんですけどいつも留守だったから。
だからそのうち電話するのが億劫になってきて。ずっと電話しないでいましたけどごめんなさい。
でも私、10月24日の日には必ず電話します。学校帰りに必ず電話します。
カメ太郎さん、本当に勉強頑張って下さいね。本当にもう留年なんかしないで早くお医者さんになって下さいね。
話は変わりますが私このまえ長大祭に友だちと4人で行ってきました。『スティング』を見てきました。私、カメ太郎さんが居ないかなあといろいろ辺りを見ていたんですがカメ太郎さん居なかったみたい。
愛子、ゴメンネ。僕はあの日、むさ苦しい頭のままで会うのはダメだなあと思って床屋に行ったんだ。東邦生命ビルの地下にある『モグラの床屋』っていうシャレた床屋に。
そうして意外と時間がかかってしまった。それにそのまえに愛子とのデートのコースの下見をしたからそれでますます遅くなった。
ゴメンネ、愛子。散髪には一時間10分もかかった。僕は始めそわそわしていて早く終わってもらおうかな、と思っていたけど途中で眠ってしまっていた。そ して気がついたらそこの床屋のちっちゃな女の子が僕の肩をもんでくれていた。僕は『そんなことしないでいいのに。』と言おう言おうとしたが、もうそのとき 一時間が過ぎていた。
いつもは散髪が済んだあとコーヒーを出されてシャレたカウンターで『ポパイ』などファッション雑誌を10分から15分くらい読むのだが僕はその日コーヒーを出されるのももどかしくコーヒーが出されたらすぐにグイッと飲んで料金(2500円)を払って外へ出た。
そうして僕は夕暮れの街角に出た。愛子との約束の時間はもうとっくに過ぎていた。11月の夕陽が僕を哀しく照らしていた。
まるで風が孤独のように吹いていた。この風は僕の胴腔をかすめてゆく秋の肌寒い木枯らしを含んだ風のようだった。そうだ。孤独のように吹いていた。すぐ 帰って愛子からのTELを待つべきかカルチャーセンターへ行って天使さまのような木村さんと会うか僕は街角に立ちつくし木枯らしに吹かれながら考えつづけ ていた。
帰るにしてはもう遅すぎた。そして木村さんの美しさは愛子の存在をはかないものにするほど輝いていた。
でも愛子にはひたむきな純な心で僕を慕ってくれている。でも時間はあまりにも遅かった。
そして僕も統一教会に行ってみようかと思った。赤レンガのクリエーター長崎ビルの中にあるカルチャーセンターに行くといつもいるそのお姉さんを僕は好きだった。
せっかく散髪されて綺麗にセットされた頭だった。このままヘルメットを被って家に帰るのはもったいなかった。それに愛子は6時に電話すると言ってたけどもう6時10分近くだった。もう間に合わなかった。
このまえ午後の授業が面白くなくて昼過ぎ頃カルチャーセンターへ行った。夕方は多いが昼は人が少ない。それで僕と木村さん二人っきりになった。二人で 座っているとき木村さんは目を潰った。90°の位置関係だった。なぜ潰ったのかあまりよく解らなかった。眠いのかな、と思った。また、僕と喋るのが退屈な のかな、と思った。
それで僕は『ビデオ見てきます』と言って立ち上がった。すると木村さんはさっきまで潰っていたデメキンみたいな大きな目をパチパチと開けて『あっ、そう、そうね』とびっくりしたように言った。何日かしてから気付いたけどあれは僕を誘っていたんだ。
くの時型のソファーに僕の斜め横に座っていた木村さん。木村さん、もしかしたら僕を誘惑していたんだ。教義では男女関係を厳しすぎるくらい戒めているけれど。
僕は愛子からの電話にはもう間に合わないと思って木村さんのいるクリエーター長崎ビルの方へ歩き始めた。僕は背中で夕陽に向かって手を振っていた。紅い 夕陽の中に愛子の顔が見えた。でも僕は愛子に手を振って年上の統一教会のお姉さんのところに向かって歩いていた。愛子、ごめんね。遅れてごめんね。もう間 に合わないから僕は今日カルチャーセンターへ行くよ。愛子、今度またね。そのうちきっとまたデートしようね。僕は今日時間の配分を甘く考えすぎて愛子との 約束の時間をすでにオーバーしてしまっている。ごめんね、愛子。また、会おうね。ごめんね、愛子。
カメ太郎さんへ
寒さも厳しくなってきましたがどうお過ごしですか。
さて、私このまえカメ太郎さんを見たように思います。たぶんカメ太郎さんだったと思います。
私たちがバスを待ってたら銀色のヘルメットを被ってバイクに乗ってる人がカメ太郎さんにそっくりだったから私、手を振ったのだけど。カメ太郎さん、気付かなくて信号が青になるとそのまま行きました。
『見て、あのオッサン、肩悪いんやろか。ぜんぜん小石も投げきれんね』
『私、弱いの好き。たとえばあなたのように』
(そう言って愛子は僕を見た。雪の降る12月の寒い夕暮れだった。僕らの2度目のデートのときだった)
君に無理難題を押しつけて君を困らせたボクの気持ち解ってくれるかい?
君が好きだから。
君を困らせて、君の困った顔を見たいと思った僕の気持ち。
君の可愛いあどけない笑顔が見たかったから
君を困らせて眠ったふりをするボク。
僕は
『なんだ。これではダメだ』と吐き捨てるようにボールを愛子のグラブへ力まかせに投げたのですけど__するとその白球は公園の片隅の階段に腰かけていた老 人に激しく当たりました。僕も駆けて行って『すみません』と謝ったのですけどその老人は目も見えず耳もとても遠いらしく口をもがもがさせながら亡霊のよう に立ち上がると、僕たちに深々と礼をして夕暮れの住宅街の方へ消え去るように歩いてゆきました。
ボクと愛子はそしてポカンとして護国神社の中でボールとグラブを手にしてその老人の夕陽に紅く染まった後ろ姿を見つめていました。
その老人は誰だったのだろう、と僕たちはそのあと不思議そうに語り合ったのだが、あれは僕らの守護霊ではなかったんだろうか、とこの頃再び宗教関係の本を読み漁るようになった僕には思われた。
その日はものすごく暑い11月の終わり頃だった。まるでその頃の僕の胸の中のように(その頃どんな真冬の日でも250ccのバイクに乗って駆け回っていた元気だった僕の胸の中のように)夕陽がもう暗くなり始めた護国神社の中を赫赫と照らしていた。
夢の中の亡霊のようにその老人は夕陽に紅く染まらされながら揺れるように歩いていた。それがもう何年もたったこの正月に急に思い出されて来るのは何故だ ろう。まるでその老人の記憶は夢か幻のように人生の終鴛を告げるかのように、暮れてゆこうとしている。僕の人生の終鴛はかかって来ない愛子からの電話とと もに静かに僕に近寄って来ているらしい。そして僕はとても不安だ。足音を忍ばせながら布団の上にずっと朝から(一度、愛子からの手紙がまだないかな、と 思って400ccの赤いバイクに乗って戸石のゴミ焼却場まで行ったけど、そしてそこでその森で首を括って死のう、という誘惑に猛烈に襲われたけど)横たわ り続けている僕のところに近づいてきているその死神の影が、とても心配だ。
カメ太郎~ カメ太郎~ と鳴いている声が聞こえてくる。これは主に母の声だ。なぜか江戸時代末期の島原の農村地帯で叫ばれている光景だ。
それが今こうしてバイクに乗ってペロポネソスの丘へと山の中を通っているときに湧いてきていた。周囲は吹きすさぶ寒風。ススキやカキの木の葉が寒風に揺 れ湧き水をたたえている円形の石器が冷たい湧き水を少しづつ溢れさせている。『カメ太郎~ カメ太郎~』その悲しい響きがバイクのマフラーから発せられる 爆音に混じって何故聞こえてくるんだろう。あまりにも悲しい響きで僕は谷底があればそこからバイクもろとも突っ込んでしまいたくなるような響きだ。
坂をすでにかなり登りつめており視界の下方にカキの木がその茶色の木を使い女を傷ぶって服を脱がせるように無惨なふうに脱がせ鈍色に光るその鉱石のような肌のところどころに木片がまだ付いておりそれが傷ぶられ辱められた女の衣服の切れ端のように見える。
あれは寒い冬の日だった。僕が愛子を待っていたのは。雪がコンコンと降っている12月の寒い日だった。ボクはFTに乗って愛子が来るはずの本屋の前を行ったり来たりした。でも来たのは愛子と同じクラスの女の子らしい2人連れだったようだった。
愛子、なぜ来なかったのかい? 僕、待ってたよ。生徒会の仕事があってたのかい? 僕待ってたよ。FTに乗って本屋の前を行ったり来たりしながら。
(小雪の降るなかボクは愛子を待った)
やがてバイクのスタンドをカタッ、と音をたてて立てて、僕は本屋から道一つ隔たった通りの上に立った。愛子は寒がりやだから、それにコートを持たないか ら、寒いから来ないのかな、と思った。道一つ隔てた本屋には依然として愛子から送られてきた愛子のクラスメートたちの写った写真の中にいたと思われる可愛 い女の子が2人、ちょうど待ち合わせの6時5分前に来ていた。僕は彼女たちに話しかけるべきだ、とも思ったけど、僕は恥ずかしかったので、僕は茫然とかか しのように、そして地縛霊のように道一つ隔てた通路の上に小雪に顔を凍らせながら立ちつくしていた。
僕は喋れなかったので_吃って_吃ってしまうので。彼女たちに笑われてしまう。変な人だと思われてしまう。
僕は茫然と立つくし続けた。そして彼女たち2人は美しくて(とくにそのうちの一人はとても美しくて)僕は愛子が僕にその子たちと僕をつき合わせよう、私のようなブスとつき合うのはボクに似合わないとかそんなことを思ってそうしたのかな、とも思った。
愛子へ
家へ帰ると孤独感に猛烈に襲われて、まるで今外で舞ってる吹雪のように孤独感に襲われて、いたたまれなくて、そして大げさに言えば死にたくなるから、だ から僕はいつも帰りは夜10時ぐらいになって、愛子に手紙を出すのがこんなにも遅くなってしまったけどごめんね。
僕は今日も夜の吹雪の中を僕のあの黒いカワサキの250のバイクで駆け抜けてきました。母は『とても寒かったろ』と言っていました。
でも僕には自殺した人たちの死後の世界の方が何倍も何十倍も寒いんだ、そして寒くて辛いんだ、っていうことを知ってるから我慢していたというか。
実は今夜も統一教会の所に9時半までいました。もちろん僕が信仰しているのは高橋信二という人のGLAですけれど。でも統一教会は明るくて楽しいから。
学一・二月
冬も終わりに近いある午後のことだった。度の強そうな完全にまんまるいメガネをかけた青年が浜ノ町をユラユラと歩いていた。つい最近2500円で買ったUOMOのトックリセーターとラングラーのスリムジーパンと黒のコンバースを身に付けていた。
昨日留年の発表があり、今朝そのことを知ったのであった。進級できるんじゃないかなという考えがあったのでやはりショックだった。
ボクはアーケード街をフラフラと歩きながら、国家上級の試験を受けることを考えていた。泥沼だった。耐えられないほどの心の渇きと言おうか焦りに苛まれ ていた。国家上級の試験に受かって国立考古学研究所にでも入ろうと考えていた。それは東京にあるだろうから試験に合格すると東京に住むことになるだろう。 ああ、淋しいなあ。とっさに僕の頭に愛子のことが浮かんできて愛しさと言おうか淋しさと言おうかそんなものに耐えられなくなった。愛子のボクへの思慕が急 に思い浮かんできたのだ。ああやっぱり思われれば思われた人はその人を恋しくなるのだろうなあと思った。このように木村さんもボクが思慕していることを知 ればボクを愛しくてたまらなくなるんだろうなあと思った。
でもボクが東京に出れば親も淋しいだろうなあと思った。親にとってはこのまま長大の医学部に通ってそして卒業したあとも長崎に居てもらいたいのだろうなあと思った。
ホントに東京に出れば淋しいなあと思った。一人ぼっちになったボクはいったいどうしたらいいのだろうと思った。東京で彼女をつくろうかなあ。でも愛子が淋しいだろうなあ。愛子を東京に呼んで一緒に生活しようかなあ。
東京に住むことを考えたらなぜこんなに愛子が愛しくなるのかなあと思った。なぜ木村さんのことが思い浮かんでこないのだろう。木村さんは適当にボクを 思っているだけだけど、愛子は18才の純な心でひたむきに思うからだろうなあと思った。(木村さんは29才だから)
愛子に誕生日のプレゼントをやらなければならないなあと思った。4月3日まで日日が迫っているので急がなければならないなあと思った。
愛子へ
僕はまた落第してしまいました。これで2度目です。愛子に会いたいなあと思います。愛子は福岡へ行ってしまったんですか。それとも長崎なのですか。長崎のどこに行ったら愛子に会えるのですか。
僕はちょっぴり愛子の人生を狂わせてしまった後悔とそして淋しさに包まれながらこれを書いています。長崎の新地店に宛ててこの手紙を出そうと思っていま す。今日浜ノ町を一人でぶらぶらしているとき何度かベスト電器へ行ってみようとも思いましたけど恥ずかしくて行けませんでした。それで家に帰ってきてから これを書いています。
春の風が吹いてきたのに、僕は淋しさに打ちひしがれ、愛子に手紙を書いたり、留年の通知が来ていないかと毎日ポストの中を確かめたり、淋しさに打ちひし がれて浜ノ町を一人で歩いてきたりしているけど、僕の心のなかにポッカリと空いている淋しい空洞には何も満たされない。そして僕は淋しさをこらえたまま、 ただ黙々と毎日を送っている。ビデオを見たり何をすることもないまま。
愛子へ
愛子。僕は今たまらない不安に襲われている。また留年した。また学一をやり直さなければならないようになった。
まるで僕と愛子の恋のようだね、桜雪
(桜の散る絵と、散る桜の下にいる僕の絵)
昭和60年4月4日記す
待ってます。でもボクは愛子を束縛したくありません。ボクは愛子に楽しいOL生活をしてもらいたいのです。
待ってます。楽しいOL生活をしてもらいたいのです。でも、最後には、ボクの元に帰ってきて下さい。
(愛子との電話。4月5日のことだ。)
元、元、元気、ん、元、元気かな?
うん。
うん。また留年してしもうたもんね。
いや、ま、また、また、りゅ、留年したけん、やっぱい落ち込んではおったけど、うん
うん。
うん。
うん。
うん。
いや、いや(いやや)
うん。
うん。
えっと深夜料金は8時からやったかな。8時やったかな。9時かな。
うん。
うん。
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_
_
うん。あれ、3日誕生日やったやろ。いや、4月3日
うん。
うん。
あっ、あっ、うん、うん、(チャリン)
(結局出されなかった手紙)
愛子へ
僕が日に日に廃人になりつつあること知ってるかい?
2度目の留年は僕の不眠を更にひどくし、僕はもうお酒なしでは眠れなくなった。そして中二の頃のように夜の2時半ぐらいになると驚いて起き出すようになってしまった。
もし愛子が長崎に残っていてくれたのなら僕は今こんなに苦しまなければならないようにはならなかったのにと思うと残念でたまりません。僕は今、愛子が恨めしい気持ちでいっぱいです。
夜眠れない辛さは僕を発狂の渦の中へと巻き込んでしまいそうです。夜いつも2時半ごろ目が醒め、それから4時半または5時半ごろまで眠れません。きっと そのころ愛子は気持ち良く福岡の寮のなかで眠っているのだろうなあ、と思うと、長崎は地獄で福岡は天国のような錯覚も湧いてきます。そして現役のとき、ま た浪人のとき、九医に入っていたならという口惜しさとともに。
そして僕は空が白々と明けてきた頃ふたたび眠りに就いています。悔しさと淋しさで心をもみくちゃにしながら。
あの日、僕が愛子への誕生日のプレゼントを手に持って、浜ノ町のベスト電器へと行ったとき、僕は愛子に似たちょっとポッチャリしたまだ高校を卒業したば かりのような女の子に尋ねた。するとその女の子は愛子が福岡勤務になったことを悲しげに伝えた。そしてその女の子が福岡の愛子にすぐ電話したのだろう。2 日後の4月5日の夜、愛子から寂しげな電話が掛かってきた。僕は吃り吃り喋ってほとんど話をできなかった。
愛子のその寂しげな電話ののち僕は受話器を握りしめながら立ちつくした。黙ったまま立ちつくした。悲しみに耐えながら、いつもいつもの悲しみに耐えながら。
心をいつものように打ち震わせながら耐えていた。悲しみに耐えるのには強い僕だった。
夜はだんだんと更けてゆき僕は親子電話になっている僕の部屋の黒電話の前でずっと畳に手をついて俯き続けた。
(春だから)
春だから、君の所へ飛んでゆこう。春だから愛子の所へ飛んでゆこう。
(汽車の中で、愛子は)
春なのに、悲しみの風が吹いてきて、長崎から博多発の急行列車の上に、桜の花びらが、僕の涙のように落ちていっていた。そして愛子は、いつも明るすぎるほど元気な愛子は、泣いていた。しくしくと春なのに、泣いていた。明るすぎる春なのに。
そして僕は博多へ向けて走ってゆく愛子を乗せた汽車を、護国神社の丘からずっと見送っていた。
愛子を乗せた電車はもう帰って来ない。
僕は護国神社のベンチに座って俯きながら愛子と出会ってからのこの2年間の日々をとてももの哀しく振り返っていた。2年間、僕らはいつもすれ違ってばか りでろくにつき合えなかったけれど、愛子が卒業してからは僕らは毎日のように会ったりすることができるよう_ノなれるような気がしていたのに。
でも、愛子は福岡で僕と離れて楽しいOL生活を送ってくれればいいなあ、と思っていた。愛子が幸せになってくれるなら、そうしたら僕の心も軽くなり罪悪感も薄れてゆくのだけれど。
愛子が幸せに福岡でOL生活を送ってくれるなら僕は心配しないのだけど。きっと明るく活発な愛子のことだからきっと楽しく福岡でOL生活を送るだろうと思っていた。
帰っておいで、愛子。桜の花びらと一緒に福岡に行ってしまった愛子。帰っておいで。帰っておいで。そうして僕を慰めてくれ。愛子の元気いっぱいの明るさで、落ち込んでいる僕を慰めてくれ。
(第2章終わり)
愛子へ
桜の花とともに福岡に行ってしまった愛子。戻っておいで。戻っておいで。そして淋しくて落ち込んでいる僕を救っておくれ。
僕は愛子が燕のように長崎に舞い戻って来てくれないかなと、または僕の家が以前飼ってた文鳥のように戻ってきてくれないかなと、窓の外ばかりを見つめています。
僕の部屋の窓に愛子が小鳥になって飛び込んできてくれないかな?と夢のようなことばかり考えています。
学一留年期間中 4月 家にて
(結局出さなかった手紙)
愛子へ。僕は落ち込み果てて何もする気が湧きません。もう一回解剖実習をしなければいけないと言うし愛子は福岡へ行ったと言うし。
愛子。僕は落ち込み果ててコタツの中でずっと午前中を過ごしていました。
明日から解剖実習が始まります。僕は幽霊になって愛子の傍に、明るく福岡のベスト電器でお客と応対している愛子の傍に、居たいなあ、という気持ちでいっぱいです。そうしたら楽しいだろうなあ、と思います。
愛子の傍で何も喋らなくてもいいから時間を過ごしたいなあ、という気持ちです。
(途中、逸損)
愛子へ
僕は廃人になりました。2度目の留年をして僕はもはや廃人になりました。
愛子。
僕は灰になって長崎でひらひらと春風に吹かれて飛んでいる。愛子の居ない長崎で。淋しい空で。
僕は一人ぼっちで飛んでいる。でもやがて僕は福岡へと飛んでゆこう。途中で疲れて、疲れつきて、佐賀の辺りでおっこちてしまうような気もするけれど。
生きる。僕は生きる。愛子がいなくても。一人でも僕は生きる。
僕はそう思った。窓を開け外を見た。創価学会に戻ろうかとも思った。淋しさにやはり僕はやりきれない気がした。
愛子。愛子のいないこの長崎で生きてゆくのは辛いことです。長崎では“空を見上げても一人”という変な言葉を空を見上げるときに思い出す変な僕です。
でも本当に長崎では空を見上げても一人です。寂しい空が僕を覆っています。あまりにも寂しすぎるようです。でもこの寂しさに耐えなければいけないと思っています。
愛子は福岡に旅立ち、僕はこの長崎に一人淋しく残された。誰か愛子に代わる女の子が、この丘を飛んでいる燕のように、春になって暖かくなった空を燕となって、現れてくれないかなあ、
僕は浦上川の方を眺めながらそう思っている。
愛子はツバメと交代に長崎から去っていって、僕は思い出のこの丘にただ一人取り残されている。愛子が楽しいOL生活を送ってくれることを、僕はただそれ だけを願っている。幸せであれよ、愛子。幸せになれよ。今まで苦しかった辛かったかもしれないけど、これからは幸せであれよ。楽しい幸せなOL生活を送れ よ。
春なのに、愛子は福岡に一人、僕は長崎に一人、福岡の空も長崎の空も青く染まっていて同じようだけど、僕らはお互い別々にその空を見つめている。僕も愛子も孤独な心を胸に秘めて、4月の空を見つめている。
春なのに、悲しみの風が吹いてきて、僕と愛子を悲しみでいっぱいにしてしまう。こんなに明るい春なのに。
春なのに、悲しみの風が吹いてきて、その風に僕は包まれて、愛子、僕は発狂しそうだ。
http://sky.geocities.jp/mmm82888/2975.htm