愛子(桜雪)             
    
                            カメ太郎 
   
   
     僕は愛子の手紙をほとんどすべて捨てちまったこと、胸元が張り裂けるほど後悔している。僕はあの頃狂っていたんだ。自分の過去を塗り変えようと躍起になっていて狂っていたんだ。
     でも愛子とのあの頃が僕にとって最高の青春だったんだなあとばかり思ってため息ばかりついています。今の僕は死にかけています。死神にとり憑かれていて明日にも死にそうなほど元気がありません。
     あの頃の愛子との元気いっぱいな明るい日々に戻りたい気持ちでいっぱいです。そしてまた僕は“愛子と結婚しようかな?”とこの頃本気で考えています。再生のためには、生き続けるためには愛子と結婚するしか方法がないような気もします。
   
     
   
     僕はまったく生きる意欲をなくしかけています。3度目の留年は僕を強く強く叩きのめし僕を確実に死へと導いているようです。もしも進級できてたら僕は吃りの人たちなどのために研究と治療に没頭する決意で毎日を燃える決意で送っていたのにちがいありません。でもこれから一年間の暇な日々を考えると僕はいたたまれません。
     明日にでも柔道場へ行って柔道の帯で首を吊って死のうかな、とも考えています。
   
     
   
     
   
     
   
     
   
     愛子、僕たちが始めてデートしたとき待ち合わせていたあの商業高校の裏の護国神社のこと憶えているかい。あれは6月終わりのことだったね。愛子は明日から試験っていう日だったのにね。呼び出してごめんね。
     あの夕暮れのとき、僕は愛子が始め解らなかった。綺麗な女子高校生が護国神社の坂を登ってきて誰かを待っているようだったので、僕らのほかにもここをデートの待ち合わせの場所にしているのがいるんだな、と始め思っていてそれで愛子を10分近くも待たせておいてごめんね。僕が柔道の合宿のとき見てた愛子と違うようだったから。やっぱり体操服のときと学生服のときはちがうんだね。
    (なぜ今ごろ愛子とのことがこんなにも思い出されてくるのかな。僕の魂はすでに急降下を始めていて過去の記憶が走馬燈のように蘇るという現象がすでに起こりつつあるのかな。そして愛子の手紙をほとんど捨ててしまったという罪悪感と悔やみが僕を朝から何かに憑かれたようにしてこんなに夢中になって書かせているのかな)
     僕たちが始めて出会ったのは合宿第一日目の夕暮れだった。その日ボクは留年の通知が家に行っているかも、と思って夕方の練習が終わってすぐ愛車のセルボで家に帰ったんだ。夕方だから混んでいて行って帰ってくるのに一時間半以上もかかった。そうして当然夕食に遅れてもうあと片づけをしているところだった。
     僕はその頃ようやく衣服に目覚めかけ……4ヶ月ほど前のクリスマスイブの夜からの手痛い失恋が今もまだつづいていたから。そして僕は今まで母の着せる自分の店の服ばかり着てたのを町の若者向きの店で買うようになったばかりの頃だった。僕は5800円したズボンと2800円の長袖のシャツとそして水害のあとに友だちと浜ノ町に出かけて買ったたしか2000円ぐらいの丸っこいメガネを掛けていた。靴は母が知り合いから買ってきた以前からの靴のままだった。
     食堂は2階だったけど調理室は1階で愛子たちそこで食事をしていた。入口に立ちつくしていた僕に愛子は駆け寄ってきてそうして中のみんなに叫んだ。何と叫んだっけ。愛子の声はかん高くて大きくて叫んだように僕には聞こえた)
 僕は愛子に促されるまま中に入り、そしてみそ汁などをついで貰って食べ始めた。僕は始終うつむいていた。
   
     
   
     
   
     
   
     
   
    ※(あの頃、愛子たちと出会った春休みの合宿のときクルマの中で書いたもの。まだ残っていた)
     ボクは明るいあなたたちを見ていて、生きよう、と思いました。
     ボクはあなたたちを見て自分の少年の頃を思い出しました。そうしてとても懐かしくなりました。ボクの少年時代は暗かったけど、でもボクもあの頃はあなたたちのように純粋でした。美しく生きようと思いました。
   
     
   
     
   
     
   
     
   
     愛子たちの明るさはクリスマスイブの夜以来、意枯地になっていた僕の魂を大きく大きく揺り動かした。僕は揺れた。夕食を食べながら。僕は大きく揺れた。僕の胸の中は揺れてた。生きようと思いながら。
     僕があの頃口癖にしていた言葉、愛子、知ってるかい。僕はそのころ『ダメダ、ダメダ』とばかり口にしていた。本学での合宿のときもずっとその言葉ばかり口にしていて先輩たちからあきれられていたっけ。合宿所のなかに真夜中2時3時頃から目覚めたボクが『ダメダ、ダメダ』とばかりブツブツ言うものだからほかのみんなよく眠れなくてとても迷惑していた。
     僕の『ダメダ、ダメダ』という独り言が止まったのはあの夕暮れ、愛子たちの明るさにボクが触れたからだ。それ以来ボクは『ダメダ、ダメダ』という口癖をほとんど口にしなくなった。僕は元気になった。そして生き返ったような気分になった。
    (世の中にこんな明るい元気のいい生命っていうか女のコがいることを知って、そしてそのコとお友だちになれそうで、僕は急に生きる意欲が湧いてきたのだろう。僕は生きようと思った。クリスマスイブの夜以来、奈落の底に落ちかけていた僕の魂は愛子たちの元気さによって救い出された。ボクが陥っていた奈落の底から)
     愛子たちは天使さまだったんだ。僕が陥りかけていた地獄の底から僕を救い出してくれる天使さまだったんだ。ちょっぴりポッチャリとしたでもとても元気のいい天使さまだったんだ。
   
     
   
     
   
     
   
     
   
                (一回目の手紙)
     僕は毎晩毎晩父と母の会話に階段のところからソッと聞き耳をたてている。僕は僕が留年したことを親に内緒にしているから。でもそれが何時何処から親に知れるか解らない。僕は毎晩恐怖に脅えている。早く芥川賞を取りたいなあ、と思っています。芥川賞取ったら留年したことを親に言おうと思っています。
     愛子。僕は寂しい留年生活を送りながらつくづく“自分は果たして生きる価値のある人間なのだろうか?”ととっさに不安に駆られてしまいます。そして愛子の所に走っていきたくなります。250ccのバイクに乗って愛子の住んでる香焼の夜の闇を突き破るようにして。
     僕は高校の頃からよく“ピストルが闇の中に浮かんでいてそれが僕のこめかみを突き破る”幻想に悩まされてきました。でも僕の手元にはピストルはありません。そんなに簡単に死ねる道具があったらどんなにいいでしょう。それに死んだら親が可哀相です。
   
     
   
     
   
     
   
     カメ太郎さんへ
     お手紙どうもありがとう。でも私びっくりしています。カメ太郎さん、死ぬのだけはやめて下さい。私、とってもびっくりしています。
     私も今までとっても辛い経験をしてきました。私の母は私が4歳のときに死にました。それからずっと2つ下の弟と生まれたばかりの妹の面倒を私が見てきました。小学校の頃は友だちと遊べなくてとても辛かったです。中学になると下の妹がどうにか家事をやれるようになってそれでテニス部に入ったんですけど。
     小学校の頃は本当にきつくって私何度母と一緒に死んでたら良かったのに、と思ったことでしょう。
     それに私が中学二年のとき継母が来たし。
     話は変わって今私たちはクラスマッチの練習で大忙しです。放課後遅くまで練習したりしています。私はテニスにでるんですよ。そうしてダブルスでは優勝候補に挙げられています。私、中学の頃2年のときからレギュラーで私たちの中学(香焼中学)は2年連続で県大会で優勝したんです。そして私、3年のときはキャプテンしていました。
   
     
   
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    テニスしている少女の絵
   
     
   
     
   
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            ※(二度目の手紙だろうか)
   
     愛子へ
     僕はこの頃、愛子の手紙に元気づけられて毎日をなかなか元気いっぱいに生きてきたつもりです。しかし僕はやはり落ち込んでしまいます。とくに夕暮れから夜になる頃。
     僕はもうほとんど沈んでしまっている山の端の太陽のところまで走っていってそこで(※消去されている)という衝動にやはり駆られてしまいます。まるで狂気でしょう。僕は発狂寸前の男です。アルバイトをできない留年を繰り返しているそしてそれを親に言えないでいます。
   
     
   
     
   
     僕はその頃愛子と僕との恋が成り立つことが世の中のためみんなのためにプラスになることかマイナスになることかと考え込んでは悩んでいた。愛子と僕とがつき合うようになると恋人の居ない者が減り恋人の居ない者たちが余計焦るようになる(マイナス)。そのマイナスと僕たち二人だけの幸福(プラス)とどちらが大きいだろう。
     つき合わざるべきかそれともつき合おうかと迷った。
     僕と愛子が犠牲になるべきか、それとも二人の幸せを悪魔のように追求してゆくか。僕は迷った。しかも二人だけの幸せにもそこへ行きつくまで多大の困難が待ち構えていて他の人たちにはマイナスとなるところをそれらの困難を克服してまでも突き進むべきか僕は迷いに迷った。それとも友だちを紹介してほかの人たちへの幸せになるのかもしれない。
   
     
   
     
   
     
   
     愛子とボクの連絡が途切れたとき、ボクはNBCの夜11時15分からあるプレゼントアワーにボク出しただろう。そうしてすぐ愛子から手紙が来た。でもボクその手紙、どうせ『迷惑しました。もうあんなことしないで下さい』とか書かれた手紙だと思って怖くて怖くて読み切れなかった。
     そしてそれから一ヶ月ほどしてまた手紙が来た。そして僕はやっと読んだ。2つ連続して来るのなら迷惑なため断りの手紙だと思っていたのは僕の邪推だと解った。
     でもその手紙を読んだときもう遅かった。一回目の手紙のとき愛子は県外就職にしようか県内就職にしようかとても迷っていた。○○○○のため愛子は県外就職するつもりでいたけど僕のためになら○○○○だけど県内就職に変えるつもりだった。そして『できるだけ急いで返事を下さい』と愛子は書いていた。
     でも2回目の手紙には『私、もう県外就職に決めました』と書いてあった。僕からの返事がないので愛子はあきらめて県外就職にしたんだ。あのとき愛子はせっぱつまっていたのに、僕はその手紙が『迷惑です』などと書かれているものとばかり思って怖くて読みきれなかったんだ。
     やっぱり僕らの間には悪魔が働いていたんだ。僕らをひっつかせまいとする悪魔が。
     そして愛子は福岡へ行った。僕が浪人の頃2ヶ月ほど住んだことのある福岡市に。 そしてそれから3年が経とうとしている。僕には寂しい3年間だった。
     でもまだ3年経つには3ヶ月ある。
     まだ3カ月。そして今12月30日だ。愛子、帰って来るのではないのかな。そして帰ってきたら僕に電話をくれないかな。そして浜ノ町で会おうよ。僕は愛子と結婚するつもりだよ。ボク、死にたくないから。死の代わりに愛子と結婚しようか、と考えているんだ。
     リンリーン、リンリーン、と電話のベルが鳴っていた。僕が福岡の愛子の寮に電話したのだった。
    『あの、○○愛子さん呼んでください』
     僕はそう言った。タバコを吹かせて気分を落ちつかせたあと。
    『愛子ちゃんは今日帰るそうですよ』
     少しの沈黙が流れた。
『あの、○○愛子さんは今居ないんでしょうか?』
    『はい、いま会社に行っています。今日帰るそうですよ』
     明日だ、明日だなあ、と思った。僕が久しぶりに愛子に会える日は。3年ぶりになるだろう。愛子が高校3年生のとき雪の降る寒い12月に本屋で待ち合わせてデートしてから。どんなに変わっているだろうかなあ、と思った。綺麗になってるかな?、それともブスくなってるかな?
     たぶん明日か明後日、浜ノ町で待ち合わせて3年ぶりのデートをしよう。そして良かったら結婚の申し込みをしよう、と思った。
     僕のノイローゼ状態はいっぺんに吹き飛んでいた。力が湧いてきたのを感じとっていた。僕は死なないゾ。僕は決して死なないゾ、と思い始めてきた。そして隣りの隣りの千恵子の部屋にいた喜文に『今から浜ノ町に行くゾ。やっぱり一日じゅう家にいたら頭が変になってくるな。俺、さっきまで欝状態だったけど急に元気が出てきた。今から浜ノ町に行くゾ』
     僕はいつの間にか死ぬことを考えなくなっていました。3年前の元気だったあの頃を思い出したからでしょうか。僕は元気になっていました。愛子の明るさや元気さを思い出したからでしょうか。
   
     
   
     
   
     
   
     
   
     僕は今でも忘れられない。合宿最後の前の日のことだった。僕はこの日もいつものように夕方の練習が終わるとセルボに乗って家に帰りまた留年の通知が来てないことを知るとすぐに商業高校へと引き返した。そしていつもの通り一階の愛子たち四人のマネージャーのいる調理室で遅い夕食をとった。
     その日最後の夕食で先生が特別にビフテキを御馳走することになっていた。僕の心はそれを聞き重くなった。今日は夕食に遅れずにちゃんと合宿所にいなければならないかな。また先輩も僕に『今日は○○先生が特別にビフテキを御馳走するそうだから帰るなよ』と言われた。僕はそれで煩悶した。
     僕は黙々と考えた結果、昼食が終わって愛子たちが後片づけをしているとき、調理室に入っていってたぶんリーダー格である(愛子は柔道部のマネージャーでなくて香焼中出身の仲間が3人柔道部のマネージャーなため合宿のときお手伝いをしていただけだった)窪田さんに『あの、今日も遅れます』と吃り吃りもじもじと言った。僕はもう4日連続で夕食に遅れ愛子たちやあるときは野球部の奴ら、またあるときは女子高生とばかり思っていた女性の教師と一緒に夕食を食べていた。僕はいつもうつむき続け無口な僕だった。
    ……僕はそう言うとうつむきながら調理室を出ていき始めた。すると僕のうしろに愛子たち3人が入口で手を振って僕を見送っていた。何気なく振り返った僕の目に映ったその光景はとても美しく、僕は久しぶりにこんなに美しい光景を見た。僕はこの冬自殺を決意してセルボで雪の降り積もる雲仙岳に登りそこで見た霧に包まれた打ち続く樹氷の光景、あああれよりも美しかった。彼女たちの手のひらは春の花びらのようだった。
     入口のドアから3人の女子高校生がうつむき歩き去っていこうとしていた僕に手を振ってくれている。無口でいつもうつむいている僕に対する彼女たちのいじらしい意思表示のようだった。ああ僕は好かれてるんだなあと思った。でも口を開けばきっと幻滅される。
     僕は彼女たちに微笑み返しながら立ち去っていった。僕は久しぶりに本当の微笑みをしたようだった。いつも『ダメダ、ダメダ』とばかり言っていた傷つき果てていた僕の心は彼女たちの笑顔ときらめく手のひらによって魔法のように癒された。
   
     
   
     
   
     
   
     
   
     愛子のあの手紙、もう永久に戻って来ないのか。愛子のあの手紙、もう永久に消えてしまった。ただ僕の胸のなかに残っている。愛子の胸のなかにも残っていることを願っているけれど。
     正月明けの戸石のゴミ棄て場で山のように積もったゴミの山を前にして僕と愛子の文通の手紙の束を捜すのは不可能だった。僕たちの愛は消えてしまった。僕のちょっとした気まぐれのために消えてしまった。僕たちの青春を刻んだ手紙の束。僕たちの青春の苦悩を刻んだ手紙の束。もう戻って来ないのか。思い出としてだけでも残しておきたかった。
     愛子のあの手紙、いつもいつも落ち込みがちの僕の心を明るくランプのように照らしてくれて僕をいつもいつも自殺の一歩手前のところで救ってくれていた。それなのに、それなのに僕は自分の虚栄心のため、醜い醜い虚栄心のために捨ててしまった。
     愛子の手紙はもう2ヶ月まえ、僕の醜い想念とともに黒いゴミ袋の中に入れられて清掃車の中にギリギリッと押し潰されて戸石の清掃場に持っていかれてもう焼かれてしまった。いや、もしかしたらまだあるかもしれない。あの山のようなゴミの山のなかに。
     僕は捜そうとした。でも清掃場の人から止められた。無理だ、と。それにもう焼いてしまっている、と言われて。
     夜、僕は捜しに来ようかと思った。外は真冬の冷たい風が吹いていたけど、捜しに来よう。僕はそう思った。   
     ゴミの山のなかを真冬の真夜中の大気のなかで探し回っている狂人に僕はなってもいい。また浮遊霊のようにゴミの山の中に愛子の手紙の束、僕が迎えに来るのを待っているかもしれない。
     でもあの巨大なゴミの山のなかから愛子の手紙の束を捜し出すのは大変だ。不可能だ。だから僕、必死に書くつもりだ。愛子のあの優しさと真心を無にしないためにも必死に書くつもりだ。僕の魂はあの頃の愛子の魂となって愛子の手紙を必死に再生するんだ。僕は純粋だった愛子の心に成りきって、立派に愛子の手紙を再生してみせる。
   
     
   
     
   
     
   
     
   
     愛子。僕らの手紙の中継点となっていた中川町の○○さんのアパート、取り壊されて新しくビルが建とうとしていただろう。だから僕、それだから愛子からの返事が来ないのかなあと、とも思ってラジオのプレゼントアワーに出したんだ。僕は2度目の手紙で本当にメチャクチャなことを書いていたのにごめんね。『結婚して下さい』とか、初恋の話など書いたりして、本当にメチャクチャなことばかり書いてごめんね。
     僕は本当にバカでした。○○さんの住所がちょうど中川一丁目でしかもそこは今取り壊されている最中なのをFTでドッドッと振動を受けながら学校への行き帰り見て知っていたから。
     一年間の空白が流れた。僕もちょっと愛子のことあきらめかけていた。僕は今思う。僕はすでにあの頃自分の青春をあきらめかけていたのではないのかと。僕はすでにあの頃死霊のとりこになっていて死の道へ死の道へとまっしぐらに落ちていたのではないのかと。
     僕には今見えてくる。近いうちに僕が平和公園の平和記念像の前でソビエトの核実験に抗議するために焼身自殺する光景が。でも苦しいだろうな。焼身自殺なんて。やっぱり首吊りじゃないと苦しいだろうな。それに焼身自殺のような苦しい死に方をしたら親をますます悲しませてしまう。やっぱりひっそりとした所で静かに眠るように柔道の帯で首吊り自殺をしようと思う。
     それに僕はいま哲学的にも行き詰まっている。2日前、民医連の奨学生の書類を柴田さんに手渡したけど、僕は創価学会に戻ろうかとも思っている。宗教がアヘンなら共産主義もアヘンだろ。経済的にいくら救われても魂は救われない。共産主義はちょっと不十分だ。間違っている所がある。もっと宗教を重視した共産主義でないとダメだと思う。
   
     
   
     
   
     
   
     
   
     僕は中学3年から高校1年にかけていろんな理想境を夢見ていた。そしてそれはブラジルのアマゾンの奥地にしかないと思っていた。それが女子高校生の胸の中にあるなんて。僕は知らなかった。
     理想境はすぐ近くにあった。それなのに僕は遠くばかりを見つめていた。そして僕は最近、理想境のことなど忘れていた。理想境なんてあってたまるかって、少しやけっぱちになっていた。 
   
     
   
     
   
     
   
     
   
             3月21日
     僕はその日朝からずっと家に居た。途中昼寝を2回ほどしたりしてずっと自分の部屋でいろいろな本を読んでいた。オナニーも二回した。夕方5時50分ぐらいの時だった。僕は相対性理論の本を読んでいた。頭は本の読みすぎで疲れていた。すると電話のベルが鳴り始めた。
     僕はどうせ松尾徹さんかケーシーだろうと思い、出るまいかと思った。しかし僕は少々退屈でもあった。僕は機械的にただ電話の所まで歩いていって受話器を取った。電話のベルが鳴っているからだから受話器を取ったのだという衝動的行為だった。
     ベルの8回目で受話器をとった。切れるか切れないか危ないところだったろう。僕は機械的に受話器を耳に当てた。ものうい動作で。
     すると若い女性の声が聞こえてきた。『_商業の_です。カメ太郎さんですか? 憶えてますか?』
     僕はドサッとうしろへ倒れた。
   
     
   
     
   
     
   
     
   
     愛子。半年近くの空白が流れた。僕がめちゃくちゃな2回目の手紙を出してから。10月11月12月1月2月と完全に僕ら空白だった。秋と冬のあいだ僕ら完全に空白だった。
     すると電話がかかってきた。僕は驚いた。ちょっとカン高い声で僕は始め愛子のことが解らなくて鎌田さんかなって思った。始め『00__』っていうのが僕気が動転していてあまり良く聞き取れなかったから。でも『商業の__』っていうことはよく聞き取れたから。
     僕は吃り吃り喋ったろ。ものすごく吃り吃り喋ったろ。
     僕は電話を切ったあと電話機の前の廊下にずーっと寝転び続けた。夕暮れの暗い廊下に。
     でも愛子、ものすごく吃って話にもならない僕とよく15分ぐらいも喋ってくれてありがとう。僕はとても嬉しかった。愛子が僕の2回目の手紙のことを許してくれて再び僕を懐かしく思ってくれて電話してきてくれてありがとう。
   
     
   
     
   
     
   
     
   
     カメ太郎さんへ
     私には二つの顔があります。カメ太郎さんの前や学校での明るい私と、家に帰ってからの暗い私が。
     どっちが本当の私なのでしょうか。私、つくづくこの頃考え込んでしまいます。どっちが本当の私なのだろうかなって。
   
     
   
     
   
     
   
     
   
     太陽を見つめていると、毎日の生活の苦しさと言おうか、クルマのこと、バイクのこと、学校のこと、父や母に対すること、などのことが僕の頭の中を駆け巡ってゆく。そして悲しくなってくる。
     そして僕はバイクで学校へと走りながら深いもの思いに沈んでしまう。生きること。生き抜くこと。
   
     
   
     
   
     
   
     
   
    (5月18日消印)
     カメ太郎さんへ
     今やっと英語の勉強が終わったばかりです。今中間試験で明日国語と英語の試験があります。
     今夜の12時です。明日6時に起きなくっちゃならないからもう寝ないといけないけどどうしてもカメ太郎さんに手紙を書きたくなって。
     私、今、県外就職にしようか、県内就職にしようかとても迷っています。このまえまで絶対に県外就職にするつもりだったけど。
     なるべく早く返事を下さい。こんなこと言っていいのか解らないけど。すみません。
   
     
   
     
   
     
   
     
   
    (6月1日消印)
     カメ太郎さん。お元気ですか。返事が来ないから私とっても心配しています。私の手紙、着かなかったのかなあ。もしカメ太郎さんからの返事が来ないのなら私はこのまま県外就職に決めようと思っています。でもカメ太郎さんの返事が早く来たら、私、県内就職に変えるつもりです。
     毎日、カメ太郎さんからの手紙が来ないかなあと考えています。
   
     
   
     
   
     
   
     
   
     こんにちは。手紙が遅れてすみません。今は13日の午後10時17分です。今、風呂からあがりました。愛子の手紙は先週の土曜日に来ました。それから僕の心はなにか夢でも見ているようにボーッとなっています。
     でもその手紙が愛子のものだったのを知ってとてもびっくりしました。実はボクはこのまえの愛子の手紙をまだ読んでいませんでした。今もまだ読んでいません。読むのが恐くて読めないのです。恥ずかしくて恥ずかしくてとても読めません。それにこのまえの手紙は別れの手紙なのだろうと思っていました。あの電話以来電話がかかってこなかったし、そしてボクが伝言板のコーナーを使ったことを迷惑がって『これ以上つきまとわないで下さい』という手紙なのだろうと思っていました。それに裏から透かしたりしてチラッと見たところ『手紙が遅れてすみません』や『__を大事にして下さい』『これが最後だと__』というのが見えたし、いやに丁寧に書いてあったようだったから、間違いなく“別れの手紙”だと思いました。そのためますます読むのが恐くなりそれに傷つくのが厭でもあったので読まないでおいたらもう一ヶ月半近くも過ぎてしまいました。愛子のことを忘れるんだ、と思って努力してこのごろとても学校が忙しくもあったので正直いって忘れかけていました。
   
     
   
     
   
     
   
     
   
     カメ太郎さん、写真ありがとう。とっても大事に学生手帳のなかに入れてます。
     でもその写真、大事な写真だったのではありませんか。
   
     
   
     
   
     
   
     
   
     愛子へ
     僕は生きる価値のない人間かもしれません。しかし僕は卒業したらドイツの吃りを研究している研究所に入ろうかな、と考えたりこの頃しています。そのためには英語ができなければならないそうです。ドイツ語はできなくてもいいそうですけど。
     だから僕は現在は生きている価値のない学生ですけど卒業したら吃りで苦しんでいる人たちを救うために頑張るつもりです。そうして僕の生きる価値がそのとき始めて生まれるのだと思います。
     だから今は苦しさに耐えて何の楽しいことがなくても生きています。毎日毎日苦しいことみじめなこと口惜しいことばかりです。でも卒業したら僕は吃りの研究のためにドイツへ渡って世界中のたくさんの吃りで苦しんでいる人たちを救うんだ。だから僕はいま根性で生きているんだと思います。
     朝方は僕は憂欝です。でもバイクに乗って外に出ると気分も晴れて生きる勇気が湧いてきます。
     バイクに乗ってそよ風に打たれながら太陽の光を浴びてると、そのうち愛子をバイクのうしろに乗せて海へ活きたいな、と思ってきます。今度、良かったら電話して下さい。僕はいつでもOKだと思います。
   
     
   
     
   
     
   
     
   
     眠れなかった。愛子との痛恨のデート故に僕は昨夜ぐっすりとは眠れなかった。そして悪夢ばかりを見ていた。それは主に過去の失敗に関しての(大学入試失敗などの)悪夢ばかりだった。
     ああ、これから毎夜、ふたたび僕を悪夢が襲い始めるのだろうか。今から一年半前の日々のように。悪夢にうなされる日々が続くのだろうか。
     ああ、僕はいいとしても愛子が可哀相だ。僕はいいんだ。僕はどうでもいいんだ。ただ、愛子が可哀相なだけなんだ。
     愛子。やっぱり僕らの間には悪魔が暗躍していて僕と愛子の恋が成り立つことを阻もうとしているんだ。きっと僕らの間には悪魔が暗躍し続けているんだ。僕らが出会ったときからずっと。でもその悪魔の正体は何だろう。
     僕らはまた再び会わなくなるだろう。そして再び空白の月日が、僕らの青春の大事な大事なときに、白いページが次々と造られてゆくだろう。僕らの青春のページに。
     僕らの大事な青春のノートはそうして何も書かれずにめくられてゆくのだろうか。僕らは再び虚しく大事な青春のときを送ってゆくのだろうか。
     僕らの金箔の青春のページはそうして薄っぺらなノートとなって初夏のそよ風に舞っていって消えてしまうのだろうか。僕は厚い厚いノートにしたかった。僕と愛子の恋のノートを。
                      S59・7・2
   
     
   
     
   
     
   
     
   
     愛子が泣いていた。夢のなかで愛子が泣いていた。愛子を傷つけた僕は、そうして夜空を見上げて自分の病気をとても呪った。僕の病気のために愛子を傷つけて、そして僕まで淋しい思いをしている。今ごろ愛子はちゃんと眠れてるだろうか。愛子は泣いていないだろうか。僕も星空を見つめながら泣こうとしている。愛子のことを思って僕も泣こうとしている。
   
     
   
     
   
     
   
     
   
     僕には生きることへの怖しい懐疑感がある。僕はまったくお酒なしには眠れない。そして朝、いつも二日酔いでぼんやりとして起き上がる。そしてコトコトとカワサキの250ccのバイクに揺られて学校へ行く。
     僕は怖しく孤独だ。学校へ行けば緊張して先生の講義を理解できない。
     教室に座っていて何故そんなに集中できないのかというと、これは“自我漏影現象”と言って分裂病の一つの徴候であるのかもしれません。僕は極度に緊張し、顔はこわばり、周囲に迷惑をかけているようです。そして僕は人の居る処を避けて一人ひっそりと座るのです。
     僕は淋しい。僕は6月、愛子と会ったときも顔がのけぞっていたろ。どうか気にしないで下さい。あれは口臭のためでも何でもありません。ただ癖として僕の場合ああなってしまうのです。
   
     
   
     愛子。僕は生きれるか心配だ。毎日襲ってくる譬えようもない不安感と孤独感。愛子。僕は生きれるか心配だ。
     愛子の胸の中に抱かれて過ごしたいという気持ちでいっぱいです。
   
     
   
     
   
     
   
     
   
     もう夏になった護国神社で、僕は一人佇みつづける。愛子の居る商業高校を眺めながら、僕は一人淋しく佇み続ける。
   
     
   
     
   
     
   
     
   
      (夢での会話)
    ※(これは現実のことではない。僕らは_僕らは手を握り合ったことさえないのだから。これは現実のことではない)
    『解けるかい? 愛子、僕の呪いを』
    『いいえ、カメ太郎さんの強すぎて解けないみたい。少なくとも私には無理みたい』
    (僕はそして俯く愛子の肩をそっと抱いた。愛子は無力な自分を責めているようだったから。でも僕も苦しんでいた。治らぬ病気に僕はずっと苦しんできた。もうずっと前から。愛子と出会う十年以上も前から)
                    学一・八月
   
     
   
     
   
     
   
     
   
    『愛子。僕らを出会わせた赤い糸は、僕らはお互いあまり恵まれてなかったけど、でもそれ故にこれから僕らは幸せな家庭を築いてゆけると思うんだ。僕ら今までちょっぴり不幸だったけど、僕の場合はちょっぴりどころでなくて大変不幸だったけど、今から僕らは二人で幸せな世界を築いてゆけるんだ。これから僕らは。
    (愛子はちらっと僕に視線を遣った。愛子は僕の今までの苦しみをよく理解していないようだった。僕の幼い頃からのとても辛かった毎日のことを。でも僕も愛子のこと理解していないのかもしれない。愛子は僕以上に本当は辛い毎日を送っていたのかもしれない。愛子も幼い頃からの辛い毎日を_
   
     
   
     
   
     
   
     
   
            (幸せの黄色いヘルメット)
     僕が愛子に被せるのは幸せの黄色いヘルメット。ナバの黄色いヘルメット。僕たち、カワサキのFTに乗ってそれで野母崎まで『ダッ、ダッ』と音をたてながら進む。潮の香りをいっぱいに浴びながら。
     そうして僕ら、野母崎の岸壁に寄り添って座っていろんなことを語り合うんだ。人生のこと。高校のこと。将来のことなど。
     僕ら、潮風を頬に受けながら幸せいっぱいに語り合うだろう。愛子はとても明るくていつも沈みがちになる僕を励ましてくれる。
   
     
   
     
   
     
   
     
   
             (夕陽を見つめながら) パート2
     愛子。僕には中学・高校時代、激しい恋をしたことがある。遂に一度も生きているときは手をつなぎもしなかったのだけど、あれは少年の頃の燃えるような激しい恋だった。今、夕陽が照ってるだろ。あの夕陽のような紅い燃えるような恋だった。
     でもその女の子、この野母崎の港をちょっとちっちゃくしたような網場の青い海の中に、僕に長い遺書を書いて、そして最後に僕にお別れの電話をくれて、沈んでいった。僕が夜の闇の中を必死に走っていって、そのコを救おうと必死にそのコが身投げをするはずの網場の桟橋まで必死に走っていったけど、もうそのコ、夜のまっ暗い海面にプカプカ浮いて死んでいた。一度きっと沈んで海藻の生えてる海底に『ゴンッ』と当たってそれから再浮上したのだろうけど(だから最初5分間ほどは何も見えなかったのだろうけど)浮かび上がってきた杏子さんを見て僕は5月の凍てつく夜の海の中に無我夢中で飛び込んだ。その日は5月の始めだったけど寒の戻りというのかとても寒い夜だった。僕の飛び込んだ夜の黒い海はまるでオホーツク海のような海だった。僕は海中を泳ぎながらそう思った。『僕はオホーツク海を泳いでいるんだ。そして月の光に照らされてポッカリと浮かび出た杏子さんはアザラシのようだった。まるで水の上で孤独に吠え続けるアザラシのようだった。黒い黒いまだ幼いアザラシのようだった』
   
     
   
    (第1章終わり) 
   
     
   
     
   
            (夕陽を見つめながら  パート3)
     生きているのは何故。カメ太郎さん、生きているのは何故なのかしら。私たち何故生きているのかしら。私たちの存在って何なの。
     私、カメ太郎さんの思想にかぶれたのかしら。私、以前、カメ太郎さんと文通し出す以前はこんなことこれっぽっちも考えたことなかったのに。毎日毎日をなるべく楽しそうにノホホンと過ごしていたわ。カメ太郎さん、手紙に書いてたでしょ。『毎日をノホホンと過ごすようにしなくっちゃいけない。毎日をノホホンと過ごせるようにならなくっちゃならない』って。
     私、今までノホホンと過ごしてきたつもりよ。でもカメ太郎さんと出会ってから私、もうノホホンと過ごせなくなっちゃった。私の胸はいつも心配で潰れそうになるようになっちゃった。そして自分の存在は何なのかって。私って何のためにいきているのかって私、この頃本気で考えるようになってきちゃった。きっとカメ太郎さんの影響だと思います。
     愛子はそう言って僕の肩に頭をもたげた。高校三年生の愛子の体ははち切れそうで僕は思いきり抱きしめたくなった。紅い夕陽に照らされながら。
   
     
   
     
   
     
   
     
   
                           学一・八月
     全く、死の谷のようだった。僕はここへ商業高校の愛子と来たかった。ちょっとブスだけどとても明るいあの愛子と。沈みがちな僕の心にランプの火を灯してくれるような明るいあの愛子と。
     でも現実には僕はたった一人で、この谷間の青い草叢の中を歩いていた。僕は朝から誰とも口をきいてなかった。そしてカワサキの250ccのFTの鼓動だけが僕の友達だった。
   
     
   
     
   
     
   
     
   
     マリンブルーの真夏の海が僕の目を幻惑し出し、もし隣りに愛子がいたらなあ、という後悔とも悔恨ともつかないものを僕に抱かせた。
     僕はただ一人、岸壁に腰掛けていた。僕はそっと横を振り向いた。でも誰もいない。ただ僕の視界の端に僕のカワサキの黒塗りのFT250が寂しげに見えるだけだった。僕は孤独だった。
     僕は孤独に座っている。潮風が僕の胸腔をわびしげにわびしげに通り過ぎていっているようだった。
                          学一・八月
   
     
   
     
   
     
   
     
   
     愛子。僕は寂しくってたまらない。この夏はとても淋しい夏だった。こんな虚しい夏は始めてみたいだ。海には一回友だちとチョロッと行っただけだった。なんにも思い出になるようなことがない夏だった。
     ボクはこの夏、愛子の胸に抱かれて過ごしたかった。愛子のふっくらとした胸に抱かれていたかった。
   
     
   
     
   
     
   
     
   
               (10月23日消印)
    (一枚目)
     カメ太郎さん。元気にしてますか? 永く手紙を書かなくてすみません。私、このまえの期末テストで社会で赤点を取ってしまいました。テストを返してもらうとき先生は私に『どうしたの?』ととても心配そうに声をかけてくださいました。今度のテスト、就職に一番響くテストだったのですけど。
     私それで希望していた福岡の会社に入れないかもしれません。でも私それでもいいわ、と思っています。長崎の会社に勤めようかな、とも考えています。
     カメ太郎さん、今ごろどうしていますか? このまえもこのまえも電話したけど居なかったから。何回も何回も電話したけど居なかったからもう電話するのが億劫になって。
     私、明日、福岡のその会社に面接に行きます。たぶん駄目だろうとは思うけど先生は大丈夫だって。でも私、行っても駄目だろうからわざわざ福岡まで行くのがもったいないような気がしています。
     私、そしてこのまえ長大祭に友だちと3人で行って『スティング』を見て来ました。カメ太郎さんが居ないかな、と私カメ太郎さんの姿を捜していましたけどカメ太郎さんの学部坂本町にあるからやっぱり違うのね。
   
   
                            (二枚目)
     カメ太郎さんへ
     長く手紙ほったらかしにしていてすみません。私、県外就職に決めました。そしておととい試験を受けて帰ってきたばかりです。先生は、きっとあがってるよ、と仰るけど私には自信ありません。
     私昨日から、自動車学校に通っています。私あんまり行きたくなかったけれど、家の人が行け行けって言うから。本原自動車学校です。カメ太郎さんもたしかそこに行ってたのではありませんか。
     私、今度こそは絶対電話します。24日の6時頃になると思います。家に帰ったら電話しにくいから帰りがけ公衆電話から電話します。電話をする、するって言いながら今までしなくてすみません。
     でも私、福岡に就職することになったらカメ太郎さんと滅多に会えなくなる訳だから落ちてればいいな、と思っています。本当に落ちてればいいな。でもそれもカメ太郎さんの気持ちしだいなんですけど。
   
     
   
     
   
     
   
     
   
        (突然湧いてきたけど思い出せない愛子の手紙)
     私、カメ太郎さんの家に何回も何回も電話したんですけどいつも留守だったから。
     だからそのうち電話するのが億劫になってきて。ずっと電話しないでいましたけどごめんなさい。
     でも私、10月24日の日には必ず電話します。学校帰りに必ず電話します。
     カメ太郎さん、本当に勉強頑張って下さいね。本当にもう留年なんかしないで早くお医者さんになって下さいね。
     話は変わりますが私このまえ長大祭に友だちと4人で行ってきました。『スティング』を見てきました。私、カメ太郎さんが居ないかなあといろいろ辺りを見ていたんですがカメ太郎さん居なかったみたい。
   
     
   
     

     
http://sky.geocities.jp/mmm82888/2975.htm