娘が不登校になった事で、私自身学校のボランティアを控えなければならないと勝手に思っていた。

しかし先生たちの見解は違っていた。

むしろ、どんどんボランティアに来て下さいとの事だった。

私が学校に来る事で、娘の様子を知ったり連絡が取りやすくなり助かると言っていた。

ボランティアは私の大切な居場所の一つだったので、ありがたかった。


週末の金曜日の午後、低学年主催の『お芋フェスティバル』というサツマイモの収穫祭に呼ばれていた。

例年2・3人来るのだが、この年はみんな都合がつかず、私一人の参加となった。

少し冷え込む体育館の中で、子供たちの楽しそうな声が響きわたる…。

「あぁ~こんな時もあったな~」と思いながら、子供たちと一緒にゲームに参加し、たくさんの元気をもらった照れ


フェスティバルが終わり、一度家に電話を入れた。

娘は少し目眩がするというので、寝た方が良いと助言し、放課後の娘のクラスに行った。

担任のH先生がいたので、

「今家に電話したら、具合が悪くなったので寝たいと言っていました」と伝え、予定していた家庭訪問をお断りした。

学期終わりの月だったので、来たついでに娘の荷物を殆ど持ち帰った。


一方息子はこの週2日しか登校できず、この日も昼過ぎまで頭痛が酷く顔色も悪いため欠席した。

明日、部活動(陸上部)の記録大会に申込みをしていたのだが、この大会の出場も断念したショボーン

夕方には頭痛も治まり、元気を取り戻していた。

ODの疑惑が深まる…真顔