雨が降っている。
昨日、「毎日暑い、暑い、と言っても、こーやってひと雨ひと雨毎に段々と涼しくなって、きっとすぐに秋めいてくるんだろうね。ホント季節が過ぎるのって早いよね。」
と何気なく夫に言った。
そしたら、「雨降っただけで"じきに秋めいてくるだろう"なんて、そんなことイチイチ思わねえって。面倒くせぇなぁ笑」
そう言われた。
風情の無い夫。口が悪く品の無い夫。
季節を愛でることを、「面倒」と言う夫。
やはり私は人を見る目が無い。
非常に残念、である。
私と夫は全く異なる人種である。
夫は
授業はキライ、だけど登下校が楽しくて小中高と学校に皆勤。過去に「源頼朝」を「誰だそれ」と言った。
イルカが肺呼吸なのを、最近知った。
娘から「憲法9条について、どう思う?」と聞かれ、「憲法って何だ?」と答える。それについて、「憲法9条は有名だよ」と反論すると、「じゃぁ憲法8条は何か知ってんのか?知らねえのに威張んな」と屁理屈を言う。
「勤勉で多感」と「無知で鈍感」、これはどちらが幸せなのか。
私は、知識と経験は財産と思ってきた。色々知ることは面白く、それについて自分なりに考えるのも好き。何かに息詰まったとき視野が広ければ、それがスタンダードでは無い世界もあるだろうと思えるからこそ、必要以上に悲観しなくて済む。そして感受性は、人を思いやったり人生をより良く彩る大切なものと思っている。
ところが夫を見ていると、そもそも鈍感だからあまり悲観することが無い。こだわりがそれ程無いから、その場その場で臨機応変に生きている。向上心なんて要らない、今の自分で勝負。なぜそんなに自信があるのかバカなのかわからないが、そういう点ではかなり器用に生きているように見える。
一生懸命勉強してイイコできた私と、自由に楽しくバカやってハチャメチャに生きてきた彼と、果たしてどちらが青春を謳歌できたのだろう。
就職氷河期に毎晩何枚も履歴書を書いて先の見えない不安の中にいた自分と、高校時代のバイトも顔パスで、就職口も高校であっせんしてもらい、今だかつて履歴書を書いたことが無い夫、どちらが良かったのだろう。
夢に見た大学時代をそれなりに謳歌し社会性を身に付け就職し、職場で「大卒の仕事」を期待され負担に感じるのと、バカやりながら処世術を磨き、上司に「オレには無理っスねー」と軽く言えて、上司も「しょーがねーなぁ」と笑って言ってもらえる位のモチベーションで仕事ができるのと、どちらが良い毎日をおくれているのだろう。
知識をつけ、視野を広げて、選択肢を増やす
これが正しいと思ってた頭のかたい自分を振り返り、こんなこと端から考えもしなかっただろう何だかんだ幸せそうなな夫を横目で見つつ、時に隣の芝生が青く見えたりするのも事実。
私の知らない世界を生きてきた夫。
まぁ、今だに新しく私に知らなかった世界を見せてくれる彼は、面白いし、勉強になるし、パートナーに選んで退屈しないだろうし、まぁまぁ良かったんじゃないかとも思っている。
けれど、無知をひけらかし耳を疑う言葉を聞くと、その衝撃は大きく「これでも一家の主なんだょね」と心の中で多少のディスりが入ってしまう。
「人間」としての成熟を目指すなら、苦労は買ってでもするべきなのだろうが、夫を見ていると、大変な思いをしてまで成熟したいなど思わないだろうな、そもそも「成熟して何になる?そんなのオレには必要ない」、きっとそう言うはずだ。
成熟とは何だ?
私は私の人生、「ただ、何となく生きてきました」と終わりたくはない。だからこそあれこれ貪欲になるのだが、夫はどうであろう。
欲張らず、それなりの世界でそれなりに生きて、多くを感じず、それに対して何とも思わず「まぁ、こんなもんじゃない?」とだけ思う、そんな人生を送りそう。
まぁ、そもそも人それぞれ性格も、価値観も、心の有り様も、違って当たり前なんだけども。
私と夫、これはどちらが幸せなのか。ただ単に性格の問題とも言えるが…
答えは出そうにないな。
異色な2人を見て、どちらの生き方を参考にするか、子供達には両極端な良い手本となろう。