そんな私も中学生になり
部活を始める

がしかし

ここでもやはり
いじめというのはなくならず


不登校時の主犯格グループの1人と
同じ部活になってしまったことで

居場所がなくなってしまう

練習に行くのも辛くて
部活はすぐに辞めた

そこから
勉強も宿題もせず
とりあえずちょいワル的な先輩たちと
つるむようになり

少しだけグレた
本当に少しだけ

当時の担任が母との面談で
『あの子は発達障害かもしれません』
『一度、精神科受診を』
なんて言い出し

余計に人間が嫌いになった
もうこんなに辛いなら
◯んでもいいなんて思うくらい

どうして私は
普通になれないの?

どうして私は
普通じゃないの?

そう思っていた時
ヤンキーをそのまま先生にしたような
当時の学年主任に呼ばれた

『変わりたいのか?変わりたくないのか?』

『変わりたい』

『そのためにはまず何しないといけない?』

『分からない』

『周りを見返すことや』
『俺はお前に発達障害なんてないと思ってる』
『それもお前の個性や』

初めてだった
この人は信用できる
親よりも信用できる
そう思った人だった


見返すためには
どうしたらいいのか
私は考えるようになった




さて
ここまで私はいじめられたことを
書いてきましたが

とうとう不登校になります

原因は4つ

『ふじょし』という言葉に
耐えられなくなった

ひどい言葉を
たくさん言われた
『でぶ』『ブス』『汚い』
『M子菌』『バイ菌』
など

誕生日の日に
クラスのみんなが
みんながメッセージを
書いてくれるみたいなことがあって
私のカードの裏に
『お前なんか◯ね』って
書かれたこと

クラスの男子に頭を強く叩かれ
そこから肩が痺れてひどい目にあったこと


半年以上学校に行けず
最後らへんは保健室登校をしていた

主犯格グループは
7人の男女

私は完全に『人』が怖くなってしまう














そして
この頃の私にはもう一つ

母との関係がギクシャクする
出来事があります

今の時代で言えば
完全に虐待とも捉えられる

まぁまぁ気性の荒い母でしたので

ブログには書けないこと
たくさんありました


書けることとしたら
そうだなぁ

片付けができなかった私は
学校の引き出しとかも
散らかりまくってて
母が参観日に来ると
みんなの前でそれを引っ張り出す
みたいな

おかげで余計に
『ふじょし』に拍車がかかって
いじめがエスカレート

それだけでなく
母自身
(これはまたずっと後で書くけど)
未熟だったというのもあって

自分の感情をコントロールできなかったと


あともう一つトラウマになっている
ことがあって

私はカッターナイフのチキチキって
音がすごく不愉快に聞こえる

というのも
母とのこのギクシャクした時期に
原因はあるんだけど

宿題すらせず
遊びまくっていた
学校に何度も母親が呼ばれた私

母もそれがストレスで
私を◯して、自分も◯ぬと
真夜中にカッターナイフを向けられ
◯されかけたことがあって

父が起きてきてから
母と私を1発ずつ叩き
終わったんだけど


その後に
母は暗闇の中で
私の近くでカッターナイフを
チキチキチキチキ
ずっとならしてるのね

あの時の恐怖
時々夢に出てきてたくらい
怖かったね


それに加えてもう一つ
私の母のストレスは
弟の手癖の悪さ
両親のお財布からお金をとって
知らないとしらばっくれる


それを見た私は
自分の手柄にしたいから
褒められたいから
弟が取ったよとチクる

でもまぁ
弟が同じように
怒られたかというと
そうでもなかったけどねぇ








 

 

 

そんな気が強い私も

「私って弱いんだ」

そう思う時が来ます

 

同じクラスの男子に喧嘩を売られ

歯向かっていきます

 

見事にこてんぱんにやられ

それがきっかけで

いじめられるようになりました

 

この時から私の人生は少しずつ少しずつ

落ちていくものになります

 

この頃の女の子というのは

早ければおしゃれが気になったりする子も増えて

 

がさつで男勝りの私は

不潔な女子という意味で

「ふじょし」というあだ名を

付けられました

 

でもそんな私にも友達は少しだけいて

その子たちがいるから学校に行く

そんな感覚でした

 

 

 

 

 

 

 

 

私は小学生になりました

 

まあ性格がよろしくないまま

小学生になったもので

人が傷つく言葉を平気で言ったりしたり

 

今思うと本当に性格の悪い

クソガキだったなと思います

 

そのくせ正義感だけは一丁前にあって

 

 

本当に恥ずかしい限りです

 

 

小学生になったタイミングで

柔道を始めました

 

それがきっかけでなのか

余計に気の強い子供に育ちます

 

私は誰にも負けない

馬鹿にするなよ

 

 

そう思うようになります

 

 

 

 

 

1996年に生まれた私の記憶が

あるのはこの辺から

 

父と母と2歳下の弟

これが私の家族構成

 

この時期の私は

一言で言うと

 

「我の強いわがままな娘」

「でも、親の前ではおりこうさん」

 

ずる賢い子供だったと思います

 

保育園でも自分が1番じゃないと嫌だ

人を泣かせるなんて日常茶飯事

 

今思うだけでも

恥ずかしいくらいひどい性格だったと

思う

 

でもそんな

私を

家族はみんなかわいがってくれました

 

 

 

 

 

私は九州出身、九州育ちの女です。

 

この世に生まれて

ふとした時に

「この世から消えたい」

「この世からいなくなりたい」

「自分はなんてかわいそうなんだ」

 

そう思って生きてきた私が

気が付いたら

「生きているって素敵なこと」

そう思った私の本当のお話

 

今、生きているのがつらい人

「この世から消え去りたい」

なんて思っている人

 

一度、落ちるところまで落ちたら

次は上に上がるだけ

 

大丈夫

 

私はそれで這い上がってきた人間です