高市総理の今回の判断は、「暴頭怪散」若しくは「暴投怪散」。

民主主義・政治を遂行していく上で「多数決」は、一つの優れた

手法ではあるが、民主主義にとって最も大切なことは「多数決」

ではなく、その前段での「大いなる議論」であり、それが基本で

ある。

 

 選挙は票による多数決であるが、その前段で議論が無いのは、

高市総理が民主主義の基本に無知であるが故なのか、議論からの

逃避なのか、いずれかであろう。

 

 更に言えば、その基本を大上段に構え叫ぶ者も無く、いきなり

目先の一本(面・小手・胴)を求める発言ばかりだ。

 やはり、そこには「今だけ、自分だけ」、更に加えるなら「金だけ」

が透けて見える。