駅
それを知ってから、西武線で老母の家に通う日々の中で、東急の車両を目にするたびに、「駅」が私の脳内でリフレインし続けています。
たくさんの人がこの「駅」を歌っているんですね。
私は最初にオリジナルで歌われた中森明菜と竹内まりやのセルフカバーの二つしか知りませんでしたが…。
甲斐よしひろと徳永英明の歌のうまさが際立つカバーだなと感じます。
特に甲斐よしひろは(元々好きなヴォーカリストでしたけど)こんな風に歌うんだなとびっくりしました。
実は、私自身は渋谷より小田急新宿駅を思い出す歌でした。
青春時代のほろ苦い思い出とともに…。
チェッカーズ
「ギザギザハートの子守唄」
懐かしすぎ。
チェッカーズのデビュー曲なんですよね。
途中でフミヤがスタンドマイクのスタンドをポイって放るとこ ろがあって、私はそのシーンが凄く好きだったんです。
チェッカーズって、私は最初からアイドルとは思っていなかったんですけど(アイドルにしては、音楽的なセンスやテクニックが高すぎて)彼らはずっとアイドルを標榜していたし、最後までアイドルという自分たちに課せられたテーマを守り抜いて駆け抜けていったなーという感じ。
でも昔の映像見てるとドラムのクロベエが若くて元気で…泣きそうになっちゃうんだよな…。
クロベエ、天国でドラム叩いてますか?
日本のバラード王
そういう意味で、さだまさしさんの歌は、バラードだな、と昔から思っていました。
恋愛、特に失恋の歌が多いですが、この「療養所(サナトリウム)」という歌などは、現在高齢の母のことで頭を悩ませていた私には、考えさせられることしきりです。
けっこう古い歌なんですけどね。
若い頃聴いて、そして年齢を経た今再び聴いて、何度も感動させてもらいました。
若い人たちの恋愛や失恋だけでなく、重い人生の歌も多いさだまさしさんは、「日本のバラードの帝王」と呼んでも差し支えないんじゃないかと思います。
さださんには、軽い恋物語の歌もたくさんありまして、歌と歌がいくつも有機的なつながりをもっていたりもするので、アルバムで聴くほうがお薦めかな。
Waltzing Matildaの物語
その昔、キャンプソングやフォークソングばかりを、いろいろな歌集から集めて自分のための歌集を作って、歌っていたことがありました。
そのとき集めた歌集の中にあった歌の1つに「Waltzing Matilda」という歌がありました。
解説ではオーストラリアの盗賊を歌った歌と紹介されていましたが、翻訳の歌詞では、その盗賊のことは削られていて、たんなる自由な放浪の旅の若者の歌に変えられていました。
最近になって、なぜか「Waltzing Matilda」のメロディが頭から離れないもので、思い立って歌詞を調べてみて、びっくり。
オーストラリアでは国民的愛唱歌で第二の国歌とまで呼ばれている歌だったのですね。
原詩の内容も初めてわかりました。
一人の放浪者が古い頭陀袋1つ担いで旅をしていました。
放浪者は頭陀袋にマチルダという女性の名前をつけて、ともに旅をしていたのですが、あるとき、湖沼地帯を旅していたとき、泉に水を飲みにやってきた羊を一頭殺します。
彼は羊の肉を頭陀袋に入れ、ともに旅をしようと歌いますが、警察がやってきて、彼を羊泥棒として捉えようとしました。
彼は警官の手から逃れるために、近くの沼に身を投げて死んでしまいます。
今も湖沼地帯には、彼の亡霊が、マチルダとともに旅をしようと歌っているのが、聞こえてくるのだそうです。
英語圏の古い歌、とりわけ19世紀から20世紀初頭にかけて流行った歌には、けっこう放浪者や盗賊、ガンマンの伝説などを歌った歌が多いです。
実在の人や事件をモデルにした物語が、新聞や雑誌などにたくさん連載されていて、子どもや主婦の楽しみになっていたからでしょうか。
有名なところではマーク・トゥエインの「トム・ソーヤの冒険」や「ハックルベリ・フィンの冒険」がありますけど、もっと無名な書き手の物語もたくさん生まれていたのです。
そういう得体の知れない人物たちを主人公にした放浪の物語は、開拓時代の記憶を呼び起こすだけでなく、安定して平和な暮らしに慣れた人たちの中に、ある種のロマンを感じさせたのでしょうね。
だから、こういうアウト・ローを主人公にした映画や物語はたくさん生まれたし、歌にも歌われて、愛されたのでしょうか。
「Waltzing Matilda」はメロディも覚えやすく、親しみやすい歌ですけれど、元は、スコットランド民謡のような歌だったらしいです。それが巡り巡って、20世紀に入り、オーストラリアの紅茶のCMソングとして広まったのが愛唱歌となったきっかけらしいです。
うかつもの
いろいろなことがあって、神話のミヌのファンサイトを立ち上げたのは、もうかれこれ何年前のことなんだろうと思うのです。
なんとかかんとか、のったらのったら、いろんな失敗を繰り返しながら、細々とやってきたサイトでしたが、なんと、半年以上も前に、インフォシークにデリられていたのでした。
残ったのは、別ページにして、細々とやってきた、このブログだけ(ノ_・。)
インフォシークの無料HPは、もともと、まったく別の音楽サイトのために、まったく別の無料サーバーを借りて始めたものでした。
そのサーバーが、いつのまにか、インフォシークに吸収されて、いつのまに、Iswebになり、いつのまにか楽天の一部になって、そして、いつのまにか、サービスが終了していたのでした。
時代がHPからブログ、そしてMixiのようなソーシャルネットワークやツイッターにとってかわっていく時間の経過の中で、サイト運営も、いつのまにか変遷してしまったようです。
このブログも、最初はExiteで始めて、いろいろと試しているうちに、文字表記がUTF-8で作れるこのアメブロに移行し、細々と書き続けてきました。
アメブロも最初の頃は、そんなに有名じゃなくて、有名人ブログなんかもほとんどなくて、利用者は、相互にいろいろと情報を提供しあいながら、ブログデザインなんかをいじる術を覚えて、利用しているような感じでした。
いつのまにか、有名人ブログの利用者数では日本のトップクラスになっていて、サイバーエージェントは、日本のIT企業のトップクラスまで躍り出て今日にいたっています。
でも、私は、このブログもいつか、なくなっちゃうんだろうな…と思ってるんですよね。
いろんな思いを書き続けてきたので、なくなるときは寂しいでしょうけど、もともとネット上の情報なんて、そんな浮き草のようなものなのかもしれません。
ところで、アミューズの主要ミュージシャン…桑田君と福山君が中心になって作られた震災支援ソング「Let's Try Again」、いいですね!!
めっちゃ楽しくて、ああ、音楽っていいなって思いました。
マイケル・ジャクソンが中心になって作られたエイズエイドソング「We Are the World」、それから、台湾でリーホンとデビッド・タオが中心になって作ったSARS支援ソングの「掌対掌」をなんとなく思い出しました。
ミュージシャンたちの思いが伝わってくるような歌に、たくさんの力をもらえるような気がして、音楽の力を信じさせてくれる歌だなーと…。
松本さん
友人がB'zのアルバムをまとめて送りつけてきたのは、もう何年前のことだったでしょうか。
1991年か1992年ごろかなー。
よく覚えてないんですけど。
はまり狂うと、見境なく友人知人に自分のはまっているものを送りつけるのが趣味な人でありまして、彼女がたまたまそのときはまっていたのがB'zの稲葉さん。
「めっちゃいいから、とにかく聴いて!!」
というわけでCDプレイヤーに放り込んで最初に聴いたのが「ZERO」。
イントロのギターリフで、心臓が鷲づかみにされましたね。
で、私にとってのB'zは稲葉さんのヴォーカルではなく、最初から最後まで松本さんのギター。
今はあんまり聴かなくなっちゃったけど、松本さんのギターの音色は、どこにいても、どんな状況でもわかります。
それくらい聴きこみましたから。
インストゥルメンタルのアルバムでグラミー賞とは、まさかまさかの快挙だと思いました。
もともと海外でも評価高いギタリストだったと聞きましたけど、それにしてもやりましたね。
おめでとうございます!!
それにしても、ここにきて、アメリカの芸能シーンでは東洋人の名前をかなり目にします。
アメリカは今、日本以上にCDも本も売れないし、映画もけっして売れ行きがいいとは言えないと聞きます。
大手のブックチェーンやCDショップが潰れたりもしています。
そんな中、一定の売り上げや資本投下が期待できるアジアは、アメリカ人にとって、魅力的なマーケットになっていて、それが、東洋人の活躍の場を広げる要因にもなっているのかな、とチラホラ考えてしまうのですけどね。
