いつかは自己自身の肉体自体に死を迎える。それでは今をたのしむとはどんな事か。手腕をのばすまうこと | mmfjtoのブログ  ~なぜなら ぼくは、どうしようもないくらい汚れ腐ってますから~

いつかは自己自身の肉体自体に死を迎える。それでは今をたのしむとはどんな事か。手腕をのばすまうこと

いきいきしている状態とは何か

 

いま

この

いま

 

いる

 

この

まなこのふたの

またたくまもない

その間合いで

 

息を吐いて

空気を吸って

呼吸をして

いまある状態を

自覚する事の

意義は

賢明そのもの

 

何もしていないのではない事

 

実際に

 

いのちと共にある事実

 

 

 

これは

いきているものこそ

体験できる

その特性そのものである事

 

まさしく

喜悦そのもの

 

 

社会階層の階級のクラスファイドされている事を

どこまでも気にしているとしても

それは

その個人を規定する事とは

一切

関係しない事

 

単純に

人々が

創作した理念

IDEA

を援用して

IMAGEした

社会制度SYSTEM

一つ事例でしかない

 

いつか

一人

ひとりは

肉体自体から

生命そのものは

過ぎ去ってしまうのです

 

それを

あーー

かなしい

死にたくないと

感じ入ることも

その個人の意向そのもの

 

憐憫の対象でもあるかもしれない

 

 

 

不憫

あわれ

 

 

死とは

自分にある強い意志で拒否などできる品物では無い

 

いやだ

死にたくないと主張しても

それは一度は過ぎ越す事になるので

 

運命などでは無い

 

予め

PROGRAMされているのですし

 

不死身な人はまずいない

 

ゴウタマシッタールタさんも

多くの人々の前で

複生はしていない事だ

 

入滅

 

 

 

仏滅

 

 

 

 

 

佛陀である事

 

死滅そのもの

 

悟りました

全ての物事

本質を

梵天は

それを

多くの人々に

報せてもらいたい

すすめたそうだから

 

北部のインドの小さな國の王子であった彼は

 

 

知り得た事を

報せた

 

 

 

佛陀

とは

目を覚ました人

アウエアネス

 

 

 

 

 

さとる

 

われはしること

 

 

神通力を習得し修得したそうだ

 

いまから2500年前の方なのですし

 

死後は

火葬されて

骨は

アショカ大王の命令で

米粒くらいに

された

 

そして

仏舎利

 

 

彼の骨を納める透明なクリスタルの御堂のような容器にしつめられる

それを

高い高い塔に

格納する

 

世界の人々に

そのブッタの知り得た意向

智慧を

光として

照らす

灯台のような機能

役目

 

役割

 

 

 

 

 

 

スメール山

 

須弥山

 

 

金色堂を観た人は理解できる

 

今在る時にこそ

浄土

 

ピュアランドを経験して

準備する

入滅の

 

浄土をしっかり

自己に

やきけて

迷いなく

その場を自分の意志で選択する事の

 

あらたえ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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今から2000年前にあった出来事

偉大なる強大な軍神の支配するマルスの大帝国

ローマ人の成立による帝国

 

オクタビアヌスは

大祭司も兼務した

 

全部の権威を彼の手に一束ねしたので

 

神々の子の一人

 

 

 

地上の支配権を

彼はその手に握る事であった

 

軍団

 

 

各方面の軍団は

海でも勝ったので

地中海の制海権を

PHOENICIAから

奪った

GREECEからも

 

 

 

CARTHAGE

との戦争

PHOENICIA

 

ポエニとか

PHOENICIAとか

 

赤紫の染料は

貝から採取した

 

真っ白に透明に輝く絹は

中原の國から

東から貿易で

 

買い取る

 

それを

さらに価値ある品物として

いわゆる

社会の高位の階層にいる人々に

売り別ける

 

舟を大きな木を伐採する技法を既に知っている

 

レバノンの大杉

 

 

地中海の交易では

PHOENICIAの人々の優先場

 

 

ガリシアの方面にも赴く

 

 

 

 

戦争とは

各分野の主導権を

奪還する主義手法方法論だから

 

兵法がある次第だ

 

 

人々には

食べ物が必要

寝る場所も

 

それに

戦争とは武器が必要だ

 

 

 

それはサイエンスで

開発は余念がないのは当然

 

もしも戦争に負けるなら

奴隷として

人では無いとなる次第だから

 

人権など無視

 

そもそも

人権とか

自由というのは

その問題

 

戦争で

拿捕されて

人質で

 

奴隷となるか

そのまま剣で処断されるか

 

 

どちらか選択する自由しか

与えられない現実であった

 

 

 

 

 

戦争とは無いでも

 

もしも

 

熊と遭遇したらどうしますか

 

 

巨大な象と遭遇したら

 

 

大きな毒蛇と遭遇したら

 

または

海で

サメ

とか

シャチとか

大きなクジラなどに遭遇したら

 

 

 

 

小さな蚊が

とまって

肌から血を吸われた

それもほんの少し

それで

もっと小さなウイルスが体内に入り込んでしまうと

そのウイルスが

吐き出す物質で

人体の機能は支障を抱える

最期は

死を迎える事を誘発するかもしれない

 

とか

 

 

大小の素因

 

もとになる要因は

無数に世界にはある

 

ある預言者の自称者は

いつか

アステロイド

彗星

など

地球に衝突するぞ

 

神の言だ

 

そして

警告を発しているが

 

 

それでも

 

その個人

個人の内実の事を

変化する事など出来る事では無い

 

そのような権能は

人自身には保有されることはまずないのです

 

 

誘導したり

誘発したり

いさない

いさなう

 

とは

一体

何か

 

 

 

 

御互いのNEEDSが

マッチした時こそ

そういう行為としの

結果があるので

 

 

何の言であるのか

識別する能力を予め貰っている事こそ

賢明だと云う事は

言える

 

 

云える

 

 

 

 

 

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死んで三日目に復生

また

いきかえったのは

 

Nazarethのイエシュアです

 

 

 

 

 

 

 

霊はためしなさい

とは

一体

何か

 

 

その存在自体の事を

詳しく検分せ

と云う事

 

試験して

 

 

ためすこと

 

 

 

 

信じ込む事をどこまでも美徳にしていると

安易に騙されてしまう

 

 

 

 

 

 

 

死というのは

 

肉体から生命の過ぎ去る時

 

 

そして

人自身なら

まるで

枯れ木の倒木の状態と似ているのです

 

 

 

両膝をかがめる事だ

 

 

 

 

 

 

 

 

自分から

そして

二度と

自力では

起きる事が

出来ない状態だ

 

意識も失う

 

真っ暗な視界か

真っ白な視界かは

その個人の状態によるだろうし

 

 

その者は

 

受精卵としての

結合した瞬間から

 

生きている事だから

 

いつまで永続するのか

その肉体と生命との協働は

ともにある

そのいのち

 

すっと

またたくまもないその間に

 

 

 

 

過ぎ去られる

 

 

それは

いつのことかは

知らない

誰も

 

 

 

 

予測も

予見も

無理だ

 

 

 

 

 

ある者は

あなたは

悪者だ

地獄に落ちろ!!

なんて

云う者もいたけども

 

さあてね

そのような思惑を

ほんとに意志として意図していたなら

その者は

やはり

汚れた心を保持していたんだという証明を

その者は

自分から

立証した事になる

その一つの証拠品なのです

 

 

殺意とは

その人の思惑

誰にも知らない小箱の中に

生成された意思だから

 

おもい

ことば

おこない

の事です

 

 

 

 

 

殺すな

 

生命を殺すなですね

 

 

 

 

いのちを

ころすな

侵害を与えるな

 

 

存在自体に

マルトリートすな

 

 

 

です

 

染みのある世話を提供すな

 

いつも

いつくしを知って

いつくしみそのものを

相手にも

自らにも

贈る事

 

善きすゝめ

としてる

 

 

 

どうして

 

せいめい

 

いのちそのものは

 

人が失ったら

再生などできるその値する能力など

保持できる事はまずないから

です

 

 

 

 

どんなに偉い研究者

サイエンチアであっても

 

未だに

それを

実現できたものなどいないし

 

 

人類や地球の歴史の

長期があっても

なを

 

全能で

全善で

全部完全に善い事を

あらゆる存在に供養できうる者など

人には無い

 

 

 

 

 

また

他の動物とか

生き物とか

 

小さな生命体などにも

ましてや

地球自体にも

 

 

そして

ことわり

 

たしなめてみること

 

ある人は

全能者になりたくてなりたくて仕方ない

 

その衝動欲求は

はんぱない

 

それは

誰かを

ぎゃふんと

云わせたい

欲望

執念から

である

 

とは言える

 

もしや

その人の父親かもしれない

 

 

というのは

 

フロイドさんの知識の御蔭さまかもしれないが

 

 

そうだ

精神分析とは

 

一応の参考にしかならないので

 

人の心を掌握して

操作する事を

目的にするのは

そもそも

人自らを侵害してしまいますから

 

それは

行使しない事が

賢明だ

 

 

当事者としての

御互いとしての

存在自体を

いつまでも

尊重し

対話する事こそ

 

健全であるので

 

 

その人の

思う事の

打ち明けを

静かにして

傾聴する事

 

ACCEPTANCE

 

受け止める事なのです

 

 

 

こうしなさい

とか

あーしなさい

と云う事では無い

 

操作しない事

 

自分で

自分の内にある

小部屋にあるそれを

 

打ち明ける事の

支援の提供に徹する事こそ

賢明で

 

その時点で

 

少し少し

信頼とは

構築する作業の

PROCESSなので

 

 

事実を

確かめる

作業の

一つ

一つの

meritの積み重ね

それこそ

peace

なので

 

 

 

 

 

 

 

南山堂