鉄の意志とかその意向とか意思 意欲 思考 あったとしても 単純に物理的な現象の結果でしかない
霊とは全く違う事
なぜか
人体は
その物理として成立している
霊とは
存在自体を云う事で
その存在自体は
正に
自ら意思は働かせて生成されたのではない事ですから
精子と卵子の素材は
結合し
融合した時に
何かその存在自体の意思は生成されていないのです
一つ
0.1mmの玉のある事
その人自身のその種子としての
はじまり
始末
その受精卵こそ
その人自身である受精卵の一つであり
人とは
自分で決断して
存在しているのではまず無い事のあけらかな証左そのもの
胎児
母という存在は
女性という事だ
そもそも
そういう体の構造を
誰かの意思で
創造したのではないから
物理現象のその結果です
形態としては
小さな魚のよな形態も発生と発育の発達の過程で
人にはある
脊椎
背骨
いろいろな分化が生命現象のその個体の成長の過程として発見できる次第
そのよな形態を設計など人自身していないしね
あるものを
そのまま
受け止め
預かっているだけです
生命そのもの
いのち
それは
それも
ヒューマンビーイングの作為の結果では無い
既に
予め用意されているのですし
そこで
自分という存在を認識する過程もあるし
やっと
3才頃に
目覚める時が到来するかもしれない
もっと年齢の早い子もある
遅い子もある
もしも
頭脳神経細胞システムの発育過程で
なんらかの支障がある時は
頭脳神経細胞システムの機能に支障をかかえて
機能不全となることもある
それも
単純に物理現象だから
実際に
脳性の全身の機能のマヒを
保持して
成長する方もあるのです
何かはっきりとした原因要素というものは
特定できないとしても
その個人は
唯一無二だからこそ
その子の成長を
いつくしむ
と云う事も
可能だし
そうしている方もあるし
中にはそのような人は
不幸に違いないと
決めつけてしまう方もいます
自分は幸福だけど
この子は身体の機能が不全だから不幸だと
そんな意見をどこまでも主張するので
それは
自由の基本を知らない者である事を
その方自身の存在として
自己証明した
お金の投資の基準価値をもっても
そのような断定を出来ない事は
知識のある者なら直ぐに理解できる
でも
それを自覚していながら
政策論的な発言を優位にして
目立つものがあり
なんとも演技的な性格もあるかもしれない
それは
自分自身を世の多くの人々の知らせる意図があるからであるし
普遍の価値に
一事
抗う事をパフォーマンスで
実践する事で
反抗的な子というイメージを照らす事で
目立つ事こそ
狙いの人物もいている
そこは
表現の自由
という
ヒューマンライツ
いわゆる
人の附帯している権能の行使する分量としての権利
なんでも
主張して
討議し
対話するための
一つの刺し針なのかもしれない
討論
対話
激論
論壇
コトバ
とは
人にあるその無数の言があるからこそ
幾分の混乱を呈しても
正当に対話することの貴重は
野生の動物群との大いなる違いだ
和合とは
むきあうことのそれ
態度を形成する事の
誠の結実であって
あいてを
そもそも
いいまかす
ではない
対話ということは
正に
コミュニケーションで
最高善は一体
何か
善そのものとは
何かと
事
を確認する作業なのですから
DEMOCRACY
とは
そうして
多くの人々が
情報を共有できることの仕組みを予め用意されている事
決定された事としても
真にそれは
善を保持しているか
詳しく検証する必要もあること
なんでも
権威でその私的な主観判断での決定の事を
みな
歓声をもって
歓迎しても
いかんせん
間違い
過失の事案も余計ある
ようけ
ある次第
事例
caseを読み解く
まだ
事実認定されていない
からんだ
要素があるかもしれない
必要十二分の条件を
先に計算して
試算している必然があるからです
0→1
に成る
必要十二分のpeaceの複数を
全部
理解している事
推定と確証
南山堂