スペシフィックとジェネラル は統合化して個別化す、、、
スペシフィックとジェネラル は統合化して個別化す、、、
人を知る事には
際限は無いので
その人自身の一生
学習
ものごとを
学
習う
まなひい
ならひい
そのための人生
いきる
その
生の事を
完全に知る事が
直ぐに
出来るでしょうか
地球の現象の物事を
全部
把握できている存在は
人の中にあるでしょうか
人智では
矮小化して
それを
誇大的に広告し
これこそ一番優秀とか
いいまくる
宣伝
広告
情報を
高大なモデルとしての数位の上位にして
優秀さをうたい文句にして
売りだしたりして
買い求める方も大勢いたり
あるカルトを構築するのはカルチベイト
ある複数の情報を
統合化して
一つの製品
作品にして
カルトを
作りますので
それを
ある人は
どこまでも
信じ込むのです
それは
宗教組織の団体の言っている宗旨だけでは無いのです
人という存在の営みでは
当然として
創作されて
作為されて
メイキングされて出来た品物を
売り出すのです
はじめは
無料ですといい
其の後
味を占めたら
お金を
価値化して
請求す
そうしないと
あなたに
不幸が訪問するぞ
とか
いままでの便利な生き方を喪うぞとか
喪失する事を
脅迫してきて
情報をますます
加増し
人が人を操作するゲームを展開している
ゲームSYSTEMは
何をその当人が
求めやまないか
止める事を知らない事
ほしくてほしくて仕方のない品物
一体
何か
自分自身にある
生が自己の肉体から
過ぎ去るというのに
なぜ
欲しがる品物が
あるか
食べる物
水の物
着る物
住う建築物
住まう場所
生きる事の支援者
常に自分を尊重してやまない者
また
自分も常に存在をそのまま尊重して
やまないその方
慈愛とは
愛着形成では無いので
ある
そのままに
いつまでも
いつくし
を
贈る事です
祝意を
贈る事
存在が
有難いからこそ
です
やわらかで
やさしい
いこころ
やすらかであるそのものですよ
永久に
安泰
という
安本なのですから
それを
必要十二分知る事
知り尽くす事は
大丈夫と云う事です
丈夫とは
いたけることと云う事だが
威丈とは
権勢を
どこまでも
侵害するために
乱用する事ではないのです
武とは
矛を
止めるための
能力の事です
戦争はしない事が
善いは
誰でも知っている
再生するために
戦争を
仕向ける存在もあるが
それは
正に
死のゲームであって
そこに
行為者として
興奮し
快感をえて
頭脳には
ドーパミンという内分泌を
醸すなら
支障は
求める事自体
に
問題があるんだと
その者こそ
実証しているのです
冷静に
沈着に
安寧のそのものは
内実にあって
秘匿し
秘密の花園の如し
城塞は堅固で
どんな侵害にも
崩落も
少しも傷がつくは無いのです
それは
IMAGEでは無い
現実の事
成果としての
花の果実なのですから
それは
自慢する品物では無い
静寂にあって
すずかぜの中にある草原と
大樹の森と
果実の事です
しずがって
その水は
きよく
清浄を保持するためにと
生命の生を
そのまま
保持するための
祝いのそのものですから
全ての
けかれは
その果実で水で
糧として
いただけるし
汚いタールのような真っ黒な臭う臭い
刺激する
物体は
真っ白な羊毛で
拭い去るのです
それを
燃やしますね
火で
傷には
オリブのオイルを
塗布し
リカバリーを期待するし
そうなるのです
いつでも
善い方はあって共にいるのは
常によろこび
そのもの
それは
汚れ無い皿にあるのです
常に
それは
2000年前に
全部必要十二分
120%
全部
顕示されているのでね
知らないとは言えないのですよ
誰でも
知っているなら
明確な印がある
そもそも
幼児の内に
サクラメントを
賦与されている者は
あまり
理解をしていない
人もいるのです
貴重な
無限に価値ある宝を
しらないまま
成長し
オトナになって
確実に
自己実現にしか
興味をしめさない
Catholicの人もいますのでね
そした人の中では
自分こそ
聖なる司祭とか
いって
金品を支払って
やっと
司祭だとか
叙階叙品のサクラメントを
授与されたとか
いっているが
しかして
その組織は
正統の価値を自分から意図して欠如する組織ですので
まったく
司教を叙品した
大司教が自分に抱えていた問題を
放置して
怠惰であったからこそ
大罪として
未だに
大きな問題を
遺恨を
エクレジアに
残居しているのです
それを
バチカンの関係者は
無視しますしね
特に
日本の公教会の偉い司教さんらは
完全に無視してきて
1988年から
数えてもね
36年くらい経過してしまった
正に
マルトリートです
虐待と云う意味
NEGLECTは
虐待なのです
その事をくわしく理解しましょう
司教さんらは
ローマカトリック使徒継承といいたいなら
自分から
再度
学する必要がある
もろもろの
税実な
確実な
善徳を
しることこそ
その人にとって
賢明だ
サクラメントはあっても
それを
有益成るために
活用しないのは
怠惰であって
大罪ですね
そのつみかさねが
どうなっているか
燃える炭火を
自分の頭に載せているのです
から
正に
恐怖
とはそのこと
偉いとは
一体
何か
いつも忙しい
忙しいと
いう
その根源は
一体
何でしょう
怠惰であったからこそ
忙しいという結論があるという事を
知る事です
賢明にして
謙遜にし
最も小さい者の最も最小者にならう必然があるという事だ
南山堂